『 営業支援講座 − 裸のモノ作り企業 − 』

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「よい物だから買ってください」と言われて、あなたは買う気になれますか。


それだけでは買わないはずです。
「自分にとって何がよいか、なぜよいか」について納得できないと買う気になれません。たとえ買う気になったとしても、財布の中身をチェックして他の出費とのバランスを考えてから、購入するかどうかを判断するはずです。


しかし、戦後の長い間、人々はモノを買うとき、「自分にとって何がよいか、なぜよいか」という疑問を持ちませんでした。なぜならばモノがなかったからです。「何がよいか」は人様に言われなくても分かっていたし、所有することを目標にしていたのです。


テレビ、冷蔵庫、車…。メーカーに営業されたからではなく、自分達が欲しいから買ったのです。そのためにお金を貯めたり、借金したりもしたのです。さらに「なぜよいか」についてもメーカーに説明を求める人はいなかったです。誰も「この冷蔵庫はなぜよいのか」と店員さんに聞くことはありませんでした。


このような環境下で、メーカーがやるべきことはただ一つでした。それは「よいモノを作る」ことです。売れる物の品質を改善し、コストを下げることでさらに売れた時代です。メーカーの経営資源はもっばら技術改良、品質向上とコスト削減に向けられました。


営業は何をしたかというと、より多くの製品を流通に乗せることと、より多くの顧客と接触することです。乾いた砂浜により広くより大量に水をまけば、その分、多く水は吸収されます。まさに戦後の日本は、乾いた砂漠でした。流通企業もより大量の商品を店頭に並べること、より多くの店舗を増やすことを経営理念としてきました。


つまり、戦後は「モノのない時代」という言葉に象徴されるように、すべての市場が空白に近い状態でした。だからモノさえ提供すれば、顧客の得になりました。だからよいモノを安く速く作ることで、顧客に満足感を与えることができました。それで日本の企業は世界に貢献してきました。


さらに戦後は「情報のない時代」でもありました。数の少ないメディアと口コミを通してしか情報が入ってこない顧客に、営業マンたちは最新の製品情報をもたらす役割を果たしてきました。ソニーのテープレコーダーを紹介する営業マンの言葉は、市民たちにとってはまさに福音のようなものでした。営業マンたちが顧客より遥かに情報を持っていたから、モノが売れたのです。


売上が足りないと思ったら、営業活動を強化すればモノが売れたのです。1日5件回ったセールスを7件に増やせばそれに比例して売上は上がりました。営業マンの数を100人から150人に増やせば、売上も利益も拡大することができたのです。 この状況が長く続いたため、徐々に経営者のマインドに次のような習慣に近いサークルができあがりました。
1) モノがよいのに売れないのは、営業努力が足りないからだ。

2) それでも売れないなら、もっとよいモノを作ればいい。

3) さあ、よいモノができた、努力して売れ


しかし、「モノがない」、「情報がない」の二つの条件はすでに10数年前から崩れ始めました。 市場は静かにそして確実にその性質を変えてきました。この変化に気付く経営者は、実に少ないのです。
もっと遠慮せずいえば、これに気付きたくない経営者は実に多いのです。彼らの企業は「モノさえよければ売れるはず」だと堅く信じて大量な「よいゴミ」を生産しています。自ら顧客にとって「何がよいか」、「なぜよいか」を問う能力と手法を持たずに、ひたすら技術や品質などを追求するだけの、まるで「裸の王様」になっている「裸のモノ作り企業」です。


「裸のモノ作り企業」は本当の営業をしていませんでした。営業とはやる気と根性と人数だと思い込んでやってきました。結果的に伸びてきたので、それが営業だと信じ込んでいました。


しかし、今ではそれが通用しなくなりました。欲しくないモノを根性で売ると、消費者センターにクレームが殺到します。違法性があると断定されたら、企業の存続意味までが問われる時代です。しかもその方法は、コストもかかり、利益が出にくいのです。


インターネット全盛の時代には、販売側よりも顧客側が多くの情報を持つ可能性が高くなります。今後、ますます営業マンは付加価値の高い情報を提供する能力が問われます。裸のモノ作り企業の営業は顧客に笑われてしまいます。


かわいそうなことに、裸のモノ作り企業の製品企画部門と技術部門は未だにお鼻が高いのです。何かがあると必ず技術力を口にします。インターネットが普及した現在、技術交流の障壁が完全になくなりました。「技術=投資」という簡単な方程式の前に、技術者たちは「技術=無限大」という迷信に陥り、裸の王様になったのです。


モノ作り企業が日本経済を支えてきたために、発言力が強かった過去があります。モノ作り企業のカルチャーと考え方がそのまま日本企業のカルチャーであるというベースになりました。だから日本の企業は営業力が弱いのです。
ただし、私が言う営業力はモノを売る力ではありません。過去に営業力が強いと言われてきた企業は本当に強かったでしょうか。数字的によい結果を残せれば強いと考えてもよいのではないかと思う人もいるかもしれませんが、その強さが本当に我々に必要なのでしょうか。


営業の本質は「売る」ことではなく「知る」ことにあります。「今、何が起きているか」、「何を提供すれば顧客が得するか」を知ることが、営業の本質です。これを知れば営業は八割がた達成しているようなものです。


営業マンを通じてリアルタイムの情報収集がない限り、悪循環を断つことはできません。また数字にしか興味がない強引な営業を中止しない限り、本当の情報収集はできません。