二十八糎榴弾砲





陸軍大学校などを出たところでいくさはわからんさ。

攻城砲トシテ、ニ十八サンチ榴弾砲四門ヲ送ル準備二着手セリ
…… (中略) ……
意見アレバ聞キタシ

送ルニ及バズ」

長岡は歩兵あがりだ。
ニ十八サンチ榴弾砲というものが如何に厄介な代物であるか知らんのだ。

まず砲床からつくってゆかなければならない。
ベトンが乾くまで一、二ヶ月は要るのだ。
あと組み立てにどれだけの日数がかかるか見当もつかん。
そんなことすら東京の連中は知らない。


ひとつのキーワードとして語られる 『 二十八糎榴弾砲 』、


必ずと言っていいほど、その砲床の期日までの構築の困難さが
どうやってその問題を解決したかの文献がまったく見当たりません。


わずかに、砲床構築班長の横田穣砲兵大尉が研究して9日間で据付、
その8日後の10月1日には試射が行なわれる。


一番納得の行く解決法は、

  1. 「 べトンが乾くのに、一、二ヶ月はかからかった 」
  2. 「 べトン(コンクリート)以外による砲床構築方法があった 」

だと思うのですが、
何故か、どうやって解決したかの記述は皆無である。


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