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 幼女戦記

⚔️ ああ

 

00 01  □ 26 50 51 75 76 100

⚔️  第四九話  カルロ・ゼン 2011.11.25 02:02


"AЦарю́ Небе́сный, Уте́шителю Ду́ше и́стины,
и́же везде́ сый и вся исполня́яй,
Сокро́вище благи́х и жи́зни Пода́телю!
Прииди́ и всели́ся в ны и очи́сти ны от вся́кия скве́рны,
и спаси́, Бла́же, ду́ши на́ша."


響き渡るのは、鈴の様な祈りの声。
長らく、本当に長らくこの地で弾圧されていた信徒が歌うかのような祈りの声だ。
連邦国民にその意が解されるように、敢えて連邦公用語で紡がれる祈りの声。
穢れを祓い、天の王を讃え、魂の救済を謳う声。

そして、襲撃されるモスコーだ。
この世に煉獄が生まれたのかと信心深くない人間でも思わざるを得ないほどの惨劇。

あまりといえば、あまりの光景だった。
憲兵や秘密警察程度の反撃では軍隊、特に魔導師大隊相手には一蹴されるのがオチ。
強勢を誇った大国の面子は、たった一瞬で完膚なきまでに粉砕された。
つい先刻まで、ロリヤが執務を行っていた建物には意気高らかに帝国の国旗が突き立てられる始末。

革命の指導者らが眠る廟は爆破され、同志書記長が閉じ込められているクレムリンも陥落寸前。
子飼いの軍人らが、どうにか撃退を試みているものの反撃は悉く叩き潰される始末だ。
大隊とはいえ、所詮魔導師からなる大隊。
人数で言えば歩兵中隊にも満たない規模だ。
たった、たったそれだけ。

それだけの連中に良いように暴れまわられているのが現状なのだ。
大凡統治機構の上部にいる人間ならば、我を失ってしまうのも仕方ないような状況だろう。
まして、ここは連邦だ。
並大抵の国家ですら、責任問題に発展するのは避けられないだろう。
だが、連邦では文字通りの粛清劇が幕を開けるに違いない。

「ああ!なんということだ・・・。」

それだけに、まともな視点で物事をとらえるならばロリヤが空を呆然と見据えているのは事態の深刻さを物語るものとなる。
なにしろ、粛清の実行人として恐怖を限りなく撒き散らしているのがロリヤなのだ。
ヨセフとロリヤの前で、首都を直撃されたのである。
軍人らの首がダース単位で物理的に飛ぶくらいならば、それは(連邦においてみれば)平和的な解決に分類できるだろう。
理想的な穏便策だとすらクレムノロジーの専門家ならば評するに違いない。

「・・・・素晴らしい。なんと可憐なのだ。」

だが、次にロリヤの口から零れ出た言葉は純粋な彼の真情だった。
共産主義的微笑を常に浮かべた仮面を引きはがし、彼は純粋に恍惚の極みにある。
愛くるしい表情に信念を張りつめた顔。
あれを屈服させることを思うだけで、もう限界だ。
ロリヤは形容しがたい感情に駆られる自分の精神が、形容しがたいほど変容するのを自覚する。
あれを、あの幼女を、自分の下に。
もはや、もはや、他のなど。
ロリヤにとってみれば、どうでも良い。

「・・・・・・欲しい。ぜひとも欲しい。是が非でも欲しい。」

あれを見てしまったのだ。
これからは、他のモノなど木偶の坊に見えてならないだろう。
凛とした表情。
歌うような祈りの声まで、心地よい鈴なり声だった。
忌々しい帝国の国歌であってすら、その声は見事だった。
ぜひとも、喘がせたいではないか。
いや、そのまえに端正なお顔を歪ませるのも悪くない。

ああ、たまらない。
是が非でもこの手に。なんとしてでも、手に入れたいと思った。
権力への渇望もないとは言わない。
だが、それすらもこの衝動に比べればなんと卑小かつ矮小なものか。

これは、もはや“愛”だ。

「手に入れて見せよう。ああ、そうとも、手に入れて見せるとも。」

私の理想のお人形を。
ああ、待ち遠しい。
待ち遠しくてこちらから手を伸ばしたくなるほど。

素晴らしい、これが恋だ。
年甲斐もなく、ドキドキしてしまう。
いや、そわそわだろうか?
ともかく、居ても立っても居られない気分とはこういう気分に違いない。
今ならば、どんな困難でもやり遂げようという意欲と決意に満ち溢れているようだ。

「手段は選ばない。なんとしてでもだ。そう、なんとしてでも。」

目的のためには手段をえらばない。選ぶつもりもない。 .
そのためならば、如何なる悪魔とでも手を結ぼう。
如何なる政敵とでも妥協しよう。
いかなる、不穏分子ですら活用して見せる。
シルドベリアにぶち込んだ処分予定の魔導師達を助命してでもアレが欲しい。
いや、むしろそうするべきだ。

あれをひっ立てられるならば、誰だろうと構わない。
それこそ、イデオロギー上の脅威であろうともだ。

ああ、早く。
早くあの花を手折りたい。



人の不幸は蜜の味。
少なくとも、自分の不幸は砒素の味だろう。
だが、珍しく。
本当に珍しいことだが。
連合王国の首脳陣は他国の不幸に心底喜べないでいた。

まあ、同情はしていないが。

「・・・・・・・・・・・・・間違いないのかね?」

第一海軍卿が肺腑から絞りだす声には疲労がまじまじと込められている。
開戦から急ピッチで体制を整えている海軍だが、それだけに小競り合いが散発。
加えて、通商ラインの維持は海軍卿の強靭な精神をも擦り減らせている。

そんなところに、こんな報せだ。
ワインを抱えて寝込みたくなったとしても、それは個人の責任ではない程に悪い知らせだった。

「はっ、大使館を通じて届けられた最新の記録です。」

当然、この報告を持ち込む情報部は歓迎されざる報告者とならざるを得ない。
誰だって悪い知らせよりは、良い知らせを持ち込む人間を歓迎するものだ。
それだけに、下手におどおどするよりは超然とした態度の方がまだマシ。

そう判断した対外戦略局のハーバーグラム少将は敢えて表情を殺し淡々と報告した。

モスコーに少数ながら魔導師部隊が浸透襲撃。

最初の知らせは、大使館に配属したばかりの情報将校からの緊急報告だった。
曰く、『帝国軍魔導師がモスコー上空を旋回中』。
その第一報を聞いた時は、戦略的なプロパガンダ作戦だろうと判じたものだ。
旋回飛行という事は、示威行為。
対連邦の戦果誇示と戦意高揚のプロパガンダだろうと誰もが驚嘆した。

よくぞ、交戦国の首都にアプローチできたものだというのがその理由である。

「モスコーの主要政府機関は徹底的に襲撃されたと判断いたします。」

だが、そのうちに事態が少しずつ明らかになるにつれて驚愕は恐怖と畏怖にすり替わった。
少数部隊のはずが連隊規模の魔導師に規模が変化。
それも、複数が散開して同時に突入というモノに変化し示威行動よりは本格的な襲撃と判断される。
決定的だったのは、その破壊規模だ。

モスコーの大使館員によれば、少なくとも秘密警察と革命記念広場等などが完膚なきまでに粉砕されているとのこと。
並行して、クレムリンに対して大規模な攻勢が敢行され陥落寸前まで追い詰められたとの未確認情報まで飛び込んでいる。
市内は極度の混乱状態にあるというが、そのため詳細な被害状況すら不明なのだ。

それを惹き起こしたのは帝国軍魔導部隊だというのは、確実だ。
連隊規模といえども、せいぜい100名いるかいないか。
相対的には少数部隊の浸透奇襲とも形容可能。とはいえ、破壊力は抜群だった。
そして、連邦が喰らった損害を連合王国が受けないという保証は何処にもない。

「防空体制を見直す必要があるな。」

今更ながら、閣僚らが認識したのはロンディニウム防衛の脆弱さだ。
海の防壁は今なお健在。
しかし、空からの侵入者を追い返せなければ意味がないのだ。

「最低でも、連隊規模の敵部隊を阻止できるかね?」

「・・・侵入そのものを阻止できるかは、微妙かと思われます。」

同時に、事態に対処させられる陸軍参謀らの顔面は蒼白寸前となっている。
せいぜいが、鈍重な爆撃機程度を想定していた防空体制だ。
俊敏な魔導師に大隊規模か連隊規模で襲撃されれば阻止は極めて困難となりかねない。

そうなればどうなるか?

連邦の恥を連合王国が同じように晒すということになる。
考えただけでも、恐ろしい事態になるだろう。
そして、参謀らはその可能性が排除できないことに気が付ける。
気が付けるがために、彼らの気分は果てしなく沈まざるを得ないのだ。

「では、我々が連邦の様な醜態を晒しうるというのかね?」

「現状では、その公算が必ずしも拭えないかと・・・。」

誰だって、言わずともわかる。
そんな苛立ちを込めて、首相はデスクを叩きつけて愚痴を断つ。
必要なのは、対応策だ。

「結構だ。対応策を聞きたい。」

欲しいものがあれば、聞いてやる。
だから、早く言いたまえ。
さもなくば、全責任を何かあれば貴様にとらせてやろう。

そんな視線を受ければどんな高級軍人とて観念して素直に必要な物資を口にするだろう。

「防空網の強化が最優先になります。戦闘機部隊と魔導師部隊を本国防衛軍団に配置していただきたく。」

実際、陸軍参謀総長の転身は軽やかと評すべき迅速さだった。
つい先日までは、ある程度の自信を見せていたにもかかわらず判断の切り替えだけは素早い。
いや、教訓を学ぶことにかけては才能があるというべきか。
古典に拘泥し、学ばない将官よりはよほどましかと首相はとりあえず評価した。

「しかし、そうなれば南方大陸に回せる戦力に限界が出ます!内海艦隊からは、すでに再三の要請が!」

「アレクまでは、まだ戦略的緩衝地域があります。共和国のために我々が犠牲となることもないかと。」

外務卿が慌てて抗議するが、陸軍の反応は冷淡なままだ。
まあ、連中にしてみれば外務省の面子に配慮する程度の義理はある。
だが、自分達の面子を深刻に蹂躙される危機を敢えて引き受けるまでの義理でもないという事だろう。

南方大陸でひたすら増援を求める自由共和国の要請を伝えてくる外務省への対応はいっそ見事なまでに無関心だ。

「同意しますが、限度があります。」

微妙な留保を加えたのは海軍軍令部。
連中は、内海艦隊と共和国残存艦隊の合流した戦力を評価しているのだったなと列席者は思い出す。
少なくとも、運河と植民地防衛のためにはある程度戦略的緩衝地帯を維持したいのだ。
そのためにはある程度、ある程度だが共和国の残骸に戦ってもらうに越したこともない。

・・・まあ、こんなことを考えているからいつも共和国に嫌われるのだ。お互い様だが。

「逆に、我々が同じことを試みるのはどうかね?」

少し話題を変えよう。
そう考えたのだろう。
大蔵卿が、柔軟なアイディアを提示することで取り敢えず別方向からの検討を提言する。

「・・・うむ、悪くない提案だと私は思うが。」

せっかくの助け船だ。
乗っておくことにしよう。
そう判断し、取りあえず議論に組み込む。

「難しいかと思われます。少なくとも、帝国軍は首都に3個大隊規模の魔導部隊が配置されているようです。」

だが、軍の解答は即答だった。
この様子からして、連中も一度は同じことを検討したらしい。
結論が出ていればこそ、わざわざ提案しなかったのだろう。

「・・・ずいぶんと大盤振る舞いだな。」

「教導隊、技術廠、補充大隊の様です。」

それにしても、よっぽど連中には余剰戦力があるのだろうか?
思わず呆れかけた閣僚らを代表して第一海軍卿が溜息を吐く。
一応、首都にいる理由に納得が行く部隊だとしてもどうしてこんなところにいるのかと歎きたくもなるのだろう。

「とりわけ、教導隊の実力は本物だと推測されます。要撃された場合、突破が期待できません」

加えて、情報部の駄目押しが入る。
報告書に記載されている情報から察するに、精鋭中の精鋭が集められたのが教導隊。
前線に出てくる機会そのものは少ないものの、実戦経験豊富な士官らで構成されているために現場慣れはしているらしい。
むしろ、消耗していないために下手な部隊よりも精強との分析すらあるほど。

「そのための奇襲では?」

今更ながら、話を聞いていた大蔵卿が疑念を提起。
確かに、そのための奇襲だ。
連邦に対する帝国の襲撃も奇襲に近いと大枠で判明している以上、可能性はあるのではないか。
そんな趣旨の疑念が込められた発言。

とはいえ、そうした発言が出るのは文民からだ。

「ライン戦でライン方面には警戒線が既に構築済みです。感知されずに突破するのは困難かと。」

ライン戦線を少しでも知っていれば。
つまり、軍人であれば誰でもあの戦線の防御陣地を知っているという事を勘案すれば。
誰だろうと、奇襲が困難だということはわかる話。

そもそも、帝国軍ですら奇襲ではなく強行突破を図らざるを得ないほど双方の警戒網が張り巡らされていたのだ。
ライン戦に帝国が勝利したからと言って、そこの防御陣地をいちいち帝国が放棄する義理もない。
どちらかと言えば、警戒線は堅持しているだろう。

実際、ハーバーグラム少将は再三調査させたが穴は見つかっていない。
そうである以上、警戒線に感知されずに突破するのは困難。
むしろ、警戒線に敢えて接触させるハラスメント攻撃の方が有意義だと判断せざるを得ない程だ。
海軍の支援を得て、海兵魔導師を突入させる案もなくはないが成算は乏しいという結論。

航空優勢下で敵支配領域へ艦隊を長期間さらすなど論外だった。
まして海兵魔導師の希少性を勘案すれば、リスクが高すぎる。
それを考えるまでもない話として、そもそも海軍を今前線から引き抜けるはずもなし。

「こちらから仕掛けるのは、非常に困難だというのが各軍の結論であります。」

結局、連合王国にできることは時間を稼ぐこと。
そして、貴重な時間で持って反攻のための力を付けることしかない。
いいたくはないが、連邦と帝国が潰し合ってくれねば当面好機はないかもしれない程だ。
だいぶ状況は苦しいと言える。

「・・・よろしい、連邦の対応は?」

だが、それには連邦と帝国の消耗戦が絶対に必要不可欠。
忌々しいことに、帝国は連邦の首都を突くことで大きく揺さぶりをかけている。
連邦は後方防衛のために大量の部隊を張り付ける羽目になり、対帝国主戦線はかなり制約されることが予想された。
実際のところ、連邦の不幸を素直に連合王国が喜べない最大の理由もそこにある。

「すでに、首都防衛部隊の再配置を完了した模様。」

つまり、どこからか忠誠心が高くて能力もそこそこの部隊が転用されたということだ。
当然、連合王国としてみればそれにはぜひとも帝国と主戦線で殺し合ってほしい存在である。

「襲撃に参加した帝国軍部隊は、すでに離脱済みです。」

「連邦は言を濁しましたが、追撃部隊は振り切られるか墜とされたようです。」

「こちらも、同じ見解です。コンタクトをロストしていると情報部は判断しました。」

そして、襲撃に参加した部隊が無事に離脱しているという知らせは再発の可能性を示唆することになる。
帝国軍の精鋭が、再度首都を襲撃するかもしれないという恐怖。
特に、連邦の様な専制国家では絶対に再発が許されないだろう。
それは、政治的にも軍事的にも連邦の権威を徹底的に傷つける事態だからだ。

曲がり間違っても、連邦の軍官僚は自分の首を物理的に飛ばしたいとは思わないはず。
当然、彼らが軍を運用する際にはかなりの制約が付きまとい大量の遊兵を生み出すことになる。
ついでに、帝国軍がモスコーを襲撃して悠々と帰還との報は帝国の戦意を高揚させるに違いない。
こっちは上がるはずもないことを思えば、これも軽視できない情報だ。

「情報統制は?」

「敷くだけ無駄だ。モスコーを帝国の軍靴が踏みにじったというのは既にあらゆるパブで話題の中心だよ。」

そして、情報統制を行おうにも話の衝撃力が強すぎた。
すでにパブに派遣した部下らから、ハーバーグラム少将は散々帝国が蹂躙する様を多種多様な表現で報告されている。

曰く、帝国軍は悠々とモスコー上空で国歌を歌って意気揚々と国旗を掲揚した。
曰く、帝国軍は革命の記念の地で赤旗を蹴り倒して帝国国旗を突きさした。
曰く、帝国軍は映画配給所を襲撃して赤旗をことごとく燃やす意趣返しをした。
曰く、帝国軍は偶像崇拝反対と叫んで革命指導者記念廟ごと爆破した。
曰く、帝国軍は革命的に考えた挙句に偶像崇拝と秘密警察破壊を敢行した。
曰く、帝国軍は連邦の報道声明通りしっぽを巻いて“前に向かって”撤退している。
曰く、帝国軍はクレムリンで記念撮影までした。
曰く、帝国軍は文化交流と称して記録映画『モスコーは涙を信じない』を上映予定とか。

聞けば、最後のは『泣いたところで誰も助けてはくれないのだという』連邦の格言を皮肉ったらしい。
要するに、強かにメンツを蹴っ飛ばされて泣きっ面に蜂の連邦を笑う帝国というブラックな表現とか。

さすがに、ハーバーグラム少将をして苦いモノを覚える程帝国の襲撃は見事だったらしい。
おそらく明日には、帝国軍と連邦軍のジョークが主流になっていることだろう。
当然ながら、国民はそんな間抜けな事態に自分達が巻き込まれることを断じて許さないに違いない。

誰もが、理解している。
本土防衛は、同盟者との連携よりも優先されねばならないということなのだ。

「・・・自由共和国の外務につなげ。どちらにしても、対応を検討する必要がある。」

口を開いたのは首相だった。
少なくとも、それが自分の責務であると自覚し行動する点において彼は潔い。
少なくとも責任者として、責任を取るという事をジェントリ魂が彼に求めたのだ。

「ド・ルーゴ将軍にはすまないが、本土防衛が最優先されるのは自明。いた仕方ないだろう。」

運河防衛ができるのであれば、本土防衛に部隊を転用するのもやむなし。
その決断は、当然ながら自由共和国の反発を産むだろう。
だが、それでもやらねば帝国に本土を直撃されかねない。
そうなれば、この戦争は終わりなのだ。

「ですな。誰が伝えに行くかと思うだけで気が滅入ってしまいますが。」

・・・まあ、このことを伝えに行かされる外交官の気分は最悪だろう。
少なくとも、連合王国の外交官にとってみれば災難の種は播かれた。
最も、今更両国の信頼関係はこの程度で変わらないという冷めた見方もあるにはあるが。

曰く、この程度はいつものことだ、と。






苦々しい顔の男たち。
握りしめた拳と、苦渋の表情は今なお彼らの心中が激しい苦慮に悩まされていることを如実に物語る。
誰もが、誰もがこのような事態を惹き起こした原因に激しく頭を抱えていた。

まるで、そのありさまは敗戦が告げられた愛国者らのように悲哀を誘う光景。
夢破れた兵らが、放心するかのような涙を誘うほどの哀れさすら放ちかねなかった。

そして。

その彼らの深刻さとは裏腹に、彼らが頭を突き合わせて呻いているすぐ傍では人々が熱狂的な歓呼を叫んでいるのだ。
誰もが、歴史的な偉業だと帝国軍を賛美している。
一方的な宣戦布告の報復として、敵国首都を直撃した軍の果敢な行動を支持する発言。
常日頃、軍の対応が温いと絶叫する極右が手放しで絶賛。
他方、軍に批判的な極左すら沈黙するほどの献身的偉業との評価。

“モスコーを帝国軍特殊部隊が直撃せり”

その一報に、帝国臣民は熱狂的に酔いしれている。
いや、それこそ殆どが陶酔しているのだろう。

だが、だからこそ。
だからこそ、帝国軍参謀本部はあまりの事態に思わず放心し苦慮しているのだ。

『政治的要素からの攻撃許可申請

この意味するところが、デグレチャフ少佐と参謀本部では決定的に乖離していた。
許可を出した時、参謀本部が認識したのはせいぜい首都を威圧する程度だろうという認識。
なにしろ、曲がりなりにも一国の首都だ。
陽動として襲撃行動をとるのは、一定以上の意義がある。
だから、囮としてはまあいいだろう。

それくらいの軽い気持ち、といえば語弊があるだろうか。
ともかく、事態をせいぜい示威飛行程度と誤解していた。
そもそも、参謀本部は実際に首都侵入すら半数の参謀らは実現可能性を疑っていたのである。

対する実際のデグレチャフ少佐の行動は破滅的と評するほかにない。
首都上空への侵入。
これだけでも、相当政治的問題を連邦は内部に抱えることだろう。
まあ、その程度であれば単にプロパガンダの良い材料となる程度で済む。

そう。その程度であれば。

一国の首都を襲撃。
政治中枢・秘密警察本部・政治的象徴をことごとく粉砕するか破壊し、意気揚々と国旗を掲揚。
あまつさえ、敵国首都で国歌と万歳を三唱して何処からか調達してきた機材で記録画像まで撮っている。
わざわざ、撮影用に何度か赤旗を燃やし直しましたと報告された時は意味がわからなかった。

なんでも、デグレチャフ少佐直々にカメラを構えて記録映像を撮影したという。
形だけ見れば、幼い少女がカメラを抱えている姿は微笑ましいものがあるのかもしれない。
だが、そのとき参謀本部の面々はどうしても微笑ましいと思う事ができなかった。

むしろ、カメラという武器を構えられたという形容しがたい何かを感じるほどだ。

「・・・まさか、ここまでやるとは。いや、やれてしまうとはというべきか。」

報告を受けたゼートゥーア少将の表情はすぐれない。
いや、真っ青だったと評するべきだろうか。
思い起こせば、確かに彼女は常々徹底した連邦排撃論者だった。
国家総力戦に際して、アカの排除と防諜を誰よりも強く主張している。

それどころか、二正面作戦への伝統的な警鐘を鳴らしている一派でもあった。
そのドグマは明確であり、片方を叩き潰す機会があれば残る片方も徹底的に叩こうというもの。
内線戦略とデグレチャフ少佐が呼称した誘引撃滅戦略は対共和国では実に有効だった。

だが、だからこそというべきだろう。
戦略的にフリーハンドを得た帝国が何をするべきか?
そんな命題を与えられれば、デグレチャフ少佐は徹底的に連邦を叩くに違いない。

一応、というべきか。
確認のために政治的配慮とやらを確認したのだろう。
おかげで、一切歯止めなく破壊活動を敢行し連邦の面子を完膚なきまでに粉砕し埋葬した。

一言で言えば“やりすぎた”。

「・・・間違いない大功です。ですが、同時に限りないトラブルメイカーでもあります。」

敵国首都を直撃。
同時に、帝国の旗を一時的にせよその地に掲げさせたということは間違いなく戦功第一。
わざわざ、大隊長自らカメラを手にとりその記録までする徹底ぶり。
少なくとも、戦意高揚や陽動という初期目的は完全に達成していると言える。

「連邦との和解案は?」

「・・・・・・完膚なきまでに拒絶されました。」

だが、早期終結を願う参謀本部にとっては凶報極まりなかった。
まだしも、緊密な関係を有していた連邦軍との交渉による停戦の模索。
その試みは、わずか数日で完全に途絶えたのだ。
面子を何より重んじる相手の顔を蹴り飛ばすどころか、蹂躙する行為。

帝国臣民は喝采を叫ぶが、その喝采の声すら参謀らには頭痛の種に他ならない。
講和など言い出せる雰囲気ではないし、明日にでも連邦に城下の盟を結ばせてやろうという声すらある。
こんな状況では、ただでさえ難しい交渉がほとんど現実可能性の欠如したものとなるだろう。

チェスで言えば、初めから詰んでいるようなもの。

「情報としては、当面講和可能性は皆無であると判断いたします。」

今さら、という感じで情報部がどこか諦めを漂わせる声で情勢分析を纏める。
これでは、国境防衛に終始してなんとか落とし所を探ろうという泥沼化の努力は無意味と評するようなものだ。
つい先日までは、なんとか国境を防衛せよと主張していたにも関わらずである。

「作戦としては、多少主戦線が楽になると判断します。ですが、突破後の抵抗は熾烈を極めるかと。」

「戦務としては、中立国への連邦圧力増大を懸念せざるを得ません。」

純戦術的には大成功だろう。
確かに、主戦線の援護としては十分すぎる陽動だった。
だが、戦略としてみれば帝国軍参謀本部は自らが許可した襲撃行動でのたうちまわる結果になっている。

連邦軍は面子にかけて戦争に取り組むことだろう。
いや、連邦という国家そのものが本気で戦争に取り組んでくるのだ。
ある意味では、共和国残党及び連合王国という敵を抱えていたところに第二戦線を形成されるに等しい。

「情報部も同意です。同時に、親帝国派の影響力が急激に低下しているため情報収集に支障が。」

そして、脈々と形成してきた親帝国派はこの襲撃で根こそぎ一掃されたことだろう。
連邦との融和は、もはや望むべくもない。

「・・・で、いかがします?まさか、あの連邦に攻め込みますか?」

当然、解決策は連邦を叩いて下すということになる。
だが一体どうやれというのだろうか。
連邦の国土はまともな将校なら其れだけで兵站の事を思わざるを得ないほど広大だ。
そんなところに、反帝国感情に包まれたナショナリストがうようよ。
兵站線の確保だけで帝国軍は出血死しかねない。

「論外極まる。兵站線がそれだけで崩壊するぞ。」

そこに居並ぶ参謀らの総意がこの言葉に込められている。
だからこそ、彼らは連邦とことを構えたくなかった。
挑発するような真似すら、可能な限り各方面軍に通達してまで自重させていたのだ。

「・・・だが、賽は投げられた。」

そう。
もはや、後戻りができない段階へ強制的に押し上げられてしまっている。
帝国は、その小さな勝利の対価として大きな犠牲を払うことになるだろう。

「東部でも包囲撃滅による敵出血死を狙う、これしかないでしょう。」

デグレチャフが帰還次第、奴を締め上げてやる。
そう内心で誓ったレルゲン大佐は採決を伺うようにゼートゥーア少将に視線を向けた。
どの道、他に選択肢はいくつもない。

やはり、狂犬だった。
いや、狂った獅子だ。

そう思いながら、レルゲン大佐は可決される自らの案を寒々しい思いで見つめていた。

大戦争
どこまでも、拡大してく大戦争
その第二幕を自分達がこじ開けてしまうという悪寒と共に。



あとがきの前のなにか

/人◕‿‿◕人\こんばんわ、幸福な市民諸君。
3T様が、ハートフル(hurt+ful)な運命の物語を欲されたので。
初めてながら、恋愛モノに手を出してみようと思う。

やあ(´・ω・`)
またその場の勢いなんだ。すまない。

だから、あとがき前に先にお詫びしておこうと思う。

でも、このハートフル物語を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。
そう思って、この物語を作ったんだ。

じゃあ、あとがきを始めようか。

あとがき

誤字指摘ありがとうございます・・・orz

後、うん、アンサイクロとかゲッペルスとゲッべルスとかは検討しときます。取りあえず、ゲッペルスゲッベルスは別人扱いで。


最後になりますが、コメントいつもありがとうございます。
なんか、ぐでーとなっていたのにそうだあれをやろうと思ったら書いてました。(。・ω・)ノ゙

誤字修正orz ZAPZAPZAPさらに誤字修正orz
またかorz....

・・・!

つ次回予告でお茶を濁そう。

『少佐殿、栄転。』

ターニャ・デグレチャフ少佐殿のさらなるご活躍にご期待ください。


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