幼女戦記
⚔️ ああ
01. | 02. | 03. | 04. | 05. | 06. | |||||||||||||
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⚔️ 第二一話 カルロ・ゼン 2012/04/12 01:24
帝都第14駐屯地講堂
「大隊長入室。」
すでに部隊員が集結していた講堂で、第一中隊を率いるヴァイス中尉が立ちあがり声を上げる。
部隊員の敬礼に答礼し、休むように手で促し中へ。
ターニャはゆっくりと中央の台へ上がると、兵員を一瞥し満足したように頷く。
「御苦労。すでに、聞き及んでいると思うが第203遊撃航空魔導大隊を率いることになったターニャ・デグレチャフ少佐だ。」
まったくもって、まったくもって不本意極まる辞令だ。
休養と連携訓練に4カ月。
練度向上用の基礎訓練に2カ月。
合計すれば、最低でも半年は猶予があったはずの前線送り。
だが、参謀本部という権力の中枢が命じてきたことを公然と拒めるほどの実力もない。
そのために、不本意極まることながらも喜び勇んで前線へ飛び出す羽目になってしまう。
聞きたくもない上司のカラオケに付き合わされる新入社員の方が、まだ幸せだ。
こっちは、下手をすれば無能と烙印を押されるのみならず命に関わる。
魔導医療が急激に発展しているとはいえ、死の一歩手前までからしか、生き返ることはできないのだ。
さすがに、魔導技術も魂は造れないらしい。
絶対に、マッド達が造り上げているとばかり思っていたが。
とはいえ、仕事は仕事。
給与明細が改善していることを慮れば、少なくとも給料分は働かねばならない。
「諸君は、これより第203遊撃航空魔導大隊の一員である。皇帝陛下と祖国のために尽くせ。義務を忘れるな。」
「「「はっ」」」」
見事な応答を見て取りあえずひと満足する。
部下が戦争狂の疑いもあるとはいえ、全部が全部そういうわけでもないだろう。
そんな連中は、きっと私のように不満があるに違いない。
人事管理上、彼らに対しては与えられたもの相応の義務があるという事を喚起しておく必要がある。
だが、今回の反応を見る限りは、問題なさそうだ。油断は禁物だが。
曲がりなりにも、帝国だ。
麗しく、尊敬に値するらしい皇帝陛下と祖国のために、義務を尽くしてもらおう。
・・・幸いにも部下は頑強な連中なので、最低限盾になる。
基本的には、一緒に仕事をしても良いと思える程度に優秀な魔導師達だ。
「結構。では、これより参謀本部よりの通達を告げる。ヴァイス中尉。」
さて、細かい事務連絡は副官にやらせることにしよう。
なにしろ、そのためにわざわざ副官という職制が存在するのだ。
「はっ。すでに大隊長より通達されたことではあるものの我が大隊は遊撃大隊となる。」
参謀本部の通達によれば、203は遊撃大隊だ。
つまり、規定の各方面軍割り振りとは全く異なる方式で番号が割り振られたことになる。
皇族護衛を専任とする独立した100番台とことなり、方面軍系の200番台。
まあ、203自体は、たまたま欠番だった203が割り振られたに過ぎないのだが。
ともかく、遊撃大隊として初めから編成された初めての部隊である。
当然のことながら、多くの実験的な要素と教訓を得ることが期待されている部隊だ。
なにより、参謀本部が各方面軍と調整抜きに自由自在に動かせる部隊。
つまりは、使い勝手の良い部隊という性質も有している。
言葉にはされていないが、ある意味では戦略予備に等しい。
「言い換えれば、大隊は常に内線を全力で東奔西走させられるということだ。」
何か問題があれば、即座に投入されるということである。
消防士と言い換えても良いかもしれない。
「つまり、参謀本部は我々を馬車馬につながれた、馬並みにこき使うということだ。喜べ。キャロットは用意されているらしい。」
キャロットが何かとは知らされていないのだが。
「「わっははははははは。」」
笑い始めた部隊。
まあ、笑うしかないだろう。
特別手当の一つや二つで喜び勇んで戦場に誰が行くものだろうか。
士官や将軍の給与は多少ましかもしれないが、兵卒への特別手当などたかが知れている。
むしろ、命の危険を勘案すれば、碌でもない価格だ。
もちろん自由市場制度が確立されていれば、個人の決定の範疇かもしれない。
だが、徴兵制度など全くもってけしからん制度だ。
まったく、今すぐにでも志願兵役制にしてほしい。
もしくは、今すぐにでも退役させてほしいものだ。
もちろん、恩給と将校年金は最低限の条件として。
とはいえ、これは雑念だ。
手を挙げ、ヴァイス中尉に次を促す。
「大隊、傾聴!」
彼の声で一瞬のうちに静まり返ることにわずかに満足を覚える。
少なくとも、指示を守れる程度には訓練もできた。
まあ、軍人なのだから今さらというべきでもあるが。
「だが、タダで餌が食えるほど馬という生き物も恵まれてはおらん。」
誰だって、無意味な出費は望まない。
競走馬ならば、走ることが求められる。
農耕作業用ならば、まあ耕すために力が出せればよい。
種馬ならば、遺伝子を残すため。
そして、馬車の馬だって走るために餌が与えられる。
馬という生き物とて、本質的には餌を恵まれるということは、労働力を提供するということに変わりはないのだ。
人間との違いは、望んでそうしているかどうかという点ぐらいだろう。
もちろん、一番重要な相違点であるのだが。
「当然だが、ある程度仕事ができるという事を証明する必要もある。」
別段、自分が馬になりたいと思ったことはない。
ついでに、養われたいなどということは、人間の尊厳に賭けて思ったことはないのだ。
だが、まったくもって残念なことに私にはそういう資質があると上が見込んだ時、上が養うという判断をしてしまう。
曰く、扶養してやるのだから働け、と。
自由意思が無いとは、全くひどいものだ。
「現在我々は、現在東部方面軍と中央軍の混成だが、これより所属は中央だ。」
政治的なメンツというものは、実に馬鹿馬鹿しい。
合理的に考えることができない政治判断というやつは、政治の限界だろうか。
いや、貴族や皇帝独裁という制度が破綻しているのだ。
民主政治とて集愚に支配されるのは制度上の潜在的な欠陥要素かもしれない。
全くもって、人間とは政治的な動物である。
メンツのない動物の方が、よっぽど合理的かもしれない。
まあ、メンツという概念が動物にあるかどうか未確認故の誤解かもしれないが。
「さて、東部が面白いはずもないらしい。私は恨まれる覚えはないのだが。」
おかげで、デモンストレーションをやらねばならない。
サーカス団のお猿さんとして、芸をやらされるような気分だ。
虐待と思っても良い。
唯一の違いは、おそらくそこにある。
動物たちは、動物の虐待を阻止するための無数の愛護団体が活躍している。
一方で、帝国軍人は虐待だと叫び保護してくれる保護団体はいないということだ。
人間も政治的とはいえ、動物なのだから、多少気を使ってほしいものだ。
もちろん、温情主義的な面々に憐れまれるよりはましだが。
「・・・そういう次第で、我々はピクニックにいける程度には団体行動ができるという事を示すことになった。」
だから、北方方面へ出向き、能力を示すように命じられる羽目になった。
全くもって不本意極まる命令だ。まるで、社内力学の関係で、無意味な出張を命じられるに等しい。
資源と時間の浪費も良いところだ。
自分が、人事権を持っているならば、こういう輩からリストラするのだが。
ともあれ、いらだちは表面に出しても仕方がない。
目線で、許可を求めてきたヴァイス中尉へ鷹揚に頷いて見せる。
「本日18:00より、夜間長距離機動を開始する。各中隊長は集合。飛行プランを提示する。」
詳細な打ち合わせにとりかかろうとしている面々を見やりつつ、何か言葉を吐いておくことにする。
所謂、訓示ということか。
軍人というやつは、とにかくこういう形式的なやり取りを好みがちだ。
時間の無駄という発想よりも、精神的な陶酔を優先するのは感心できない習慣だと言っておこう。
もちろん、組織人である以上行わない理由などないのだが。
「さて、中隊長らがおしゃべりを楽しむ間、短い通達事項を伝えておこう。」
中隊長クラスならば、既に察していてもおかしくない事実。
暗黙の疑念という程度だが、知っていると部隊の心構えも異なるだろう。
別に、機密指定されているというわけでもない話だ。
手短に話しておくことにする。
「大陸軍が抜けたとは言え、北方戦線は本来決着がついていねばおかしい。」
協商連合と我々が一般には呼ぶ国家。
正式名称、レガドニア協商連合は魔導師に関しては後発国だ。
それが、部分的とはいえ帝国と質的に拮抗したのは外部からの援助を示唆している。
当然というべきか、各国は国家レベルでの関与を否定したが、義勇軍の存在は沈黙を保っているままだ。
アウストリア連邦、ファリウス連合王国といったいくつかの国家の関与は確実だろう。
だが、もともと国力で帝国に大幅な遅れをとっている協商連合の魔導師だけでここまで奮戦できるはずもない。
大陸軍の衝撃と、方面軍の圧力を受けてなお、抵抗するほどの力はないはずなのだ。
にもかかわらず、私達はピクニックに赴く羽目になっている。
なにか、別の要素が絡んでこなければこの状況には説明がつかない。
「本来は、ということはだ、何かがある。」
「大隊長殿!?」
退室しかけていたヴァイス中尉が思わず血相を変える。
何を言おうとしているのか、ある程度予想が付いたのだろう。
忌々しいことだが、誰も彼も言葉にして良いことと、悪いことがある。
「ヴァイス中尉、これは私の推察だ。私見に過ぎんよ。」
だから、まあ現在のところ中立国であるアウストリア連邦については沈黙しておこう。
余計な波風を立てるのは本意ではない。
それは、出世に響くし、なにより口が軽いという致命的な誤解を招く。
信頼できないと見なされるわけにはいかぬ。
当然だが、そのくらいの配慮は持っている。
「まあ、諸君。共和国か連合王国か、はたまた何処の誰かは知らないが誰かがお節介をしているということだ。」
全くもって余計なことを行ってくれている。
まあ、国家理性上から考えれば実に合理的な対応だ。
嫌になるくらい、適切な対応と言ってしまっても良い。
国家にとってみれば、通常の国益擁護の範疇だ。
故に、相手を恨むよりもむしろその程度の計算もできずに戦争を始めた協商連合が忌々しい。
いったい、何が楽しくてわざわざ協商連合から帝国に喧嘩をふっかけてきたのだろう。
そんなに戦争が好きで好きでしょうがない首脳陣でも上に抱いていたのだろうか。
まあ、そうだとすればだからこそ帝国にぶつけるために援助されるのかもしれないが。
しかし、よくよくあんな辺境の国家に各国が注目するものである。
国家の担当者らには全く頭の下がる思いだ。
大抵は資源もない地域の利権以外には、認識が及びにくいというのに。
「つまり、我々は全世界の注目を集める部隊で、楽しくハイキングを楽しむということになる。」
そういう意味では、各国の注目を集めている戦場に投入されるということでもある。
当然、失態は参謀本部の激怒を買うことになるだろう。
失敗は、許容される範疇の損害で留まることを意味しない。おそらくは、懲罰的な報復がある。
其れを避けるためには、絶対に模範的な帝国軍魔導士官でなければならない。
故に、誠に不本意ながら、戦場に嬉々として赴かねばならないのだ。
そうしなければ、評価がマイナスになる。
「どうだね?素晴らしいとは思わんか。」
貴様らも、察するだろう?
そういう意図を込めた私の視線に、部隊員も察したらしい。
「最高でありますな。まさか、参謀本部がいきなり晴れ舞台を用意してくださるとは。」
「いやはや。この暑い時期に避暑旅行とは随分と気のきいた辞令であります。」
「参謀本部とは無理難題を言ってくるとばかり思っておりました。本当に、参謀本部からなのでありますか。」
これ幸いと、全員が乗るふりをしてくれる。
いやはや、思った以上に礼儀正しい部下だ。
上司を適切に立てるすべと、こちらの要求するところを良く理解している。
これならば、余計な心配をする必要もないやもしれん。
「よろしい。そういうわけだ諸君。せっかくだ。北方でバイキングといこう。」
せいぜい、戦闘が待ちきれないという表情を上手に浮かべられているだろうか。
微笑みを浮かべることで、吐き出しそうになる悪態を誤魔化す。
「では、解散。」
北方管区クラグガナ物資集積地点防衛前衛部
まったく、最悪の一日だ。
スクランブルで上がったヴァイパー大隊にとっては、まさにそうとしか形容しがたい。
北方で掃討を行っている方面軍の物資集積地点への襲撃。
よりにもよって、航空魔導師による拠点襲撃によって北方方面軍はすでに二度やられている。
辛うじて、前線全般の補給は維持されているがこれ以上は許容できない。
だから、なんとしても襲撃を阻止せよ。
上は簡単に言ってくれるが、まったく無理難題も良いところだ。
「糞ったれ。あれが、本当に協商連合の魔導師か?」
ヴァイパー大隊は、帝国軍の中では標準的な技量だ。
つまり、さほど弱くもないし、別段ネームドのように化け物じみているわけでもない。
だが、魔導大隊としては比較的戦歴の長いベテランだ。
そのために、わざわざ集積地点の防御に回されてしまったのは運が無かった。
「想定より早すぎる!情報部め、何が大したことはないだ!」
事前に渡されていた協商連合の平均的な魔導師の予想水準ではかなり有利なはずだった、
質的増強が行われ、統制射撃などいくつかの戦法が採用されているのは知っている。
だが、個人の技量では圧倒し、空域管制による統制を保った帝国軍に敵うはずがないのだ。
本来の見通しでは。
故に、彼らは徹底的に情報部と適当な報告を寄こした前任者らを恨みたくなる。
戦場の霧と言ってしまえばそれまでだが、苦しむのは常に第一線の部隊なのだ。
だれだって、自分の与えられている前提条件が全く違うとなれば嫌味の一つでも言いたくなる。
「っ、隊長?」
そして、迂闊な機動で敵の射線に捉えられた部下を庇った大隊長が紅い花を咲かせる。
幸い、機動が一時的に乱れたに留まり、乱数回避を取れてはいる。
ブラックアウトにならずに済んだために、命に喫緊の危険性はない、
だが、明らかに見える範囲でも重傷だ。
防殻を撃ち抜けるだけの出力は、協商連合の装備規格であっただろうか。
「・・・ぬかった。すまん、02、後は任せる。」
「了解です。隊長!07、13、貴様らも限界だ。大隊長殿と後退しろ。」
ともかく、指揮権を継承する02はその場で思考を速やかに切り替える。
隊長は継戦が困難。後退には、護衛もいるだろう。
となれば負傷の度合いと消耗の多い部下を付けるしかない。
だが、これで大隊の兵力は半減した。
すでに、一個中隊相当の魔導師が後退している。
その半数近い人数は撃墜された。
協商連合ごときにだ。
集積地襲撃へかける相手の意気込みは並々ならぬ水準らしい。
「CP聞こえるか?こちら、01。ヴァイパー大隊の指揮権変更だ。」
「CP了解。ヴァイパー02、聞こえるか?」
CPの声にもさすがに切迫感が込められている。
すでに、前方に展開していた当直の中隊はやられてしまった。
対魔導師戦闘に有効な対空陣地もほぼ抜かれている。
あとは、集積地付近の直掩防御用程度だ。
多少の迎撃ならばともかく、大規模な敵魔導師の襲撃には到底耐えられない。
「問題ない。こちら、ヴァイパー02。大隊長負傷に付き指揮権を継承した。」
まったくどうしたものか。
ゆっくりと対処方法を考えたいと思うが、神様がいるとすればそいつはあばずれに違いない。
「CP了解。北東エリアより二個中隊規模を斥候が目視。認知圏内への接近は確実。」
「増援?一体、連中にどうしてそんな余力がある!?」
思わず、無線をはずして叫ぶ。
すでに、目前には二個大隊規模の魔導師が展開しているのだ。
撃退した魔導師とて中隊どころではない。
其れを思えば、相手は連隊規模の魔導師を投入しているという事を意味する。
情報部が無能だとしても、それ以前の問題だ。
明らかに、協商連合の兵力にしては過剰すぎる。
どこぞの、列強が介入しているとしか思えない。
少なくとも、共和国は確実だろう。
「ヴァイパー02より、CPへ意見具申。」
こうなっては、ここで突出したまま迎撃を維持するのは困難だ。
損耗の拡大を甘んじて受け入れるよりは、多少の損害を覚悟しても再編が望ましい。
そう判断し、02はCPを呼び出す。
「我が大隊は損耗が激しい。これ以上の迎撃は困難。即時後退の許可を。」
後方に下がった魔導師と、集積地点付近の防御陣地。
これらと連携すれば、損耗したヴァイパー大隊でも辛うじて最大限迎撃戦は戦える。
集積地点に損害が生じる可能性は高まるが、他に迎撃できる選択肢もないのだ。
残存魔導師だけでは、各個撃破の対象でしかない。
ならば、せめて余力を残した大隊残存部隊と合流し、支援を受ける方がまし。
「CP意見具申は了解。上級司令部と検討する。5分待て」
本来であれば、5分という数字は素晴らしく効率的だ。
官僚的なCPが事態を認識している証拠でもある。
だから、喜ぶべき迅速な対応なのだろうが、前線に立つ身からすれば5分もか、と思わざるを得ない。
300秒だ。
その間に、何度敵の攻撃をかわし、応戦することになるだろう?
「なるべく早く頼む。前衛はすでに満身創痍なんだ。」
迎撃を任されているとはいえ、さすがに損耗が限界に近い。
持久防御を優先したとしても、そう長くは持たないだろう。
ともかく、何とか後退許可が出るまでしのぐしかない。
・・・その判断は、合理的ではあったが許されなかった。
「中尉殿、二時方向に機影多数。爆撃機です!」
警戒に従事していた部下からの悲鳴交じりの報告。
まったく、最悪な時に、最悪な連中が顔を見せる。
悠々と高空を飛ぶ存在。
北方戦線ではほとんど確認されていない筈だった爆撃機。
「っ、高度は!?」
「9500はあります!」
一分の望みが込められた疑問への解答は無情だった。
高度9500。
戦闘機と魔導師という天敵に追われた爆撃機は、その生存方法を高度に依存することにした。
当然ながら、その防御装甲は強靭だ。
あまりある高度差と装甲で守られた爆撃機を迎撃するのはそもそも魔導師には負担の大きい任務となる。
しかも、それは何ら他の妨害がないという奇跡的な条件下での数字だ。
二個大隊と交戦しながら、爆撃機を迎撃しろとは、不可能な命令そのもの。
「ヴァイパー02より、CP!至急だ。」
「こちらCP。ヴァ、」
「爆撃機を複数確認。高度9500と推定。迎撃は困難。直ちに集結中の友軍部隊を出撃されたし。」
いったいどうした?
そう、呑気に問いかけてきそうなCPの言葉をさえぎりまくし立てる。
爆撃機は機動性こそ鈍重だが、速度はかなりある。
戦闘機が250程度だとすれば、あれは200から、220程度。
魔導師の速度がだいたい230程度だ。
無理をすれば250にも対抗できるが、そうなればほとんど真っすぐにしか飛べない。
敵の本命は爆撃機による爆撃と、魔導師の二本立て。
全くもって忌々しいことに、対抗手段は確かに限られる。
「爆撃機?規模及び方位知らせ。」
「我々から見て、二時方向。機影は20程度。」
たった20機とはいえ、大きい。
集積地の燃料だ。焼夷弾で焼かれれば、大惨事となる。
当然、相手もそのことを見越しているのだろう。
だからこそ、魔導師どころか爆撃機まで持ち出してきた。
まったく、ご苦労なことだ。
「CP了解。迎撃は可能か。」
できるものか、と吐き捨てたくなる気持ちを抑え込む。
「難しい。高度が違いすぎる上に、敵魔導師部隊が排除できていない。長距離狙撃は困難だ。」
ようするに、無理にきまっているということだ。
通常の条件下でも、高度差3500では敵爆撃機排除を行うのは困難。
部隊が完全充足の状況で、統制射撃を行えば、或いは、という程度の可能性しかない。
まして、敵魔導師部隊と交戦しながらとなると全く不可能な領域の話となる。
「・・・クラグガナ集積地を爆撃されるのは断じて避けたい。案は無いものか。」
「我々が全滅したところで、迎撃は無理だ。」
縋るようなCPの確認だが、無理な話は無理な話なのだ。
できることと、できないことがあり、自分達はできることを最大限行っている。
これ以上は、全く別次元の要求でしかない。
さて、全滅覚悟で、抵抗しろと言ってくるだろうか?
完全に皮肉な関心すら生まれてくるが、随分と自分も達観しているらしい。
さすがに、ここは覚悟を決めるべきかもしれん。
そう思った時だ。
「了解。・・・何?本当か?」
囁かれる声と、怒号。
そして、司令部内でのざわめきの声。
なにかが、何かが司令部内で起きている。
「CP?どうした、CP?」
「CPより、ヴァイパー大隊。直ちに後退せよ。」
有無を言わさずに、CPが口にしたのは待ち望んでいた後退命令。
だが、この状況下であっさりと出されるとは。
いったい、何があったというのだろうか。
「後退許可?ありがたいが、大丈夫なのか。」
「喜べ、援軍だ。大隊規模で現在エリアB-3より急行中。合流後、援軍の指揮下に入れ。」
援軍?
まったく、いったいどこからそんなモノが湧いて出てきたというのだ。
予備部隊があるならば、そもそもここまで苦闘する羽目にもならずに済んだものを。
「援軍など初耳だ。そんな余力があるなら、最初から出せばよいものを。」
「中央軍からの急派組だな。コールサインはピクシー。」
恨み事を聞き流し、伝えられる情報。
中央軍から増派された部隊ということは、到着早々巻き込まれたということだろう。
大方、予定よりも早めに着任した部隊をこれ幸いと司令部が放り込んだに違いない。
「しかも、喜べ。増援部隊指揮官はネームドだぞ。」
思わず、口笛を吹きたい衝動に駆られる。
素晴らしい。
全く素晴らしい贈り物だ。
大隊規模の援軍にネームド。
通常ならば、拍手をして歓迎したいほど恵まれた増援だ。
「ヴァイパー02了解。随分と豪勢な援軍だ。」
確かに、後退許可も出されるだろう。
納得の増援だ。惜しむらくは、もう少し早く出て来いという事。
まあ、まったくの筋違いだとはわかるが。
とはいえ、奴らが早めに出てくればここまで苦労する事もなかったのだ。
救援への感謝と遅刻への恨み事をそれぞれ一言はいわねば気が済まない。
これで、戦闘機の増援もあれば完璧だろう。
少数とはいえ、迎撃用の戦闘機もしばらくすれば出られるはずだ。
「戦闘機隊の発進は?」
「・・・無用と判断された。」
だが、問いかけへの答えに思わず愕然とする。
戦闘機が、無用?
「は?」
一体何を言っているのかと尋ねたくなる。
「気にするな。ともかく、合流を急げ。」
「・・・了解。」
北方方面司令部
頭を抱えて戦局図を睨みこんでいた参謀らが、あまり聞きたくない知らせを耳にしたのはその時だった。
中央の参謀本部から、一片の通達。危機にひんしている補給線問題に対する中央の解答はシンプルだ。
曰く、「援軍ヲ派遣。テダシゴムヨウ」。
「参謀本部め。前線にまで、余計な口出しとは。」
まったく、人を馬鹿にしたようなせりふだった。
観測所からの報告によれば、確かに大隊規模の航空魔導師が急速接近中ではある。
なるほど、確かにすばらしい増援だ。
要請してから直ちに派遣されたところをみると、即応という概念は偽りでもないらしい。
だが、増援を出す時に手出し御無用とは、前線に対する過剰な干渉に等しいはず。
「いや、大陸軍を引き抜く代わりということは考えられませんか。」
それでも、視点を変えてみれば借りを返す機会でもある。
中央にしてみれば、完全な決着のつく前に大陸軍を引き抜いたという負い目があるだろう。
プライドの高い連中が素直に頭を下げてくるとも思えない。
だから、こちらの失態に付け込むとまではいかずとも、相殺する程度は考えているはずだ。
「・・・恩を売るつもりですかな。」
「だが、テダシゴムヨウ?いい度胸だ。」
それにしても、テダシゴムヨウとはよく言ったものだ。
こちらに恩を売りつけるにしても、そもそも北方の物資集積地点が危機にひんしているというのに。
大した自信だ。下手をすれば、北方の兵站事情が極めて追い込まれるというリスクを勘案したのだろうか。
「北方の補給線が危機に面しているというのに、大した自信だ。あやかりたいものです。」
いっそ、傲慢ともいえる中央からの通達。
本当に、大したものだと思わず口にしてしまうのは現場とすれば当然の反応に過ぎない。
だが、その彼らをさらに唖然とさせる知らせがもたらされる。
「第203遊撃航空魔導大隊より入電。ピクシー大隊です。」
接近中の増援部隊からの入電。
通例ならば、コールサイン通達などの事務的な連絡に留まる。
だが、もちこんできた通信兵が読み上げることを躊躇しているのだ。
「いいから、読みあげろ。」
不審に思った参謀が促し、ようやく通信兵は口を開く。
「援軍ゴ無用。ヴァイパー大隊ヲ直チニ後退サレタシ。」
援軍ご無用?
つまり、現在まで迎撃戦闘を展開していたヴァイパー大隊を下げろということか。
まったく大した自信というよりも、自信過剰というべきに違いない。
二個魔導大隊とさらに爆撃機を含む増援。
強行軍で進撃してきた魔導大隊の手に負えるとは到底思えない。
そんなことも理解できない大隊長旗下の部隊に任せる?
それこそ、論外としか言えない。
「・・・迎撃用の戦闘機はいつでも上がれるのだな?」
「格納庫にて待機中です。命令があり次第、いつでも出せます。」
幾人かの参謀は、咄嗟に独自の迎撃策を練り始める。
少数とはいえ、戦闘機を出せばある程度爆撃機への牽制にはなる。
もとより、魔導師で劣勢である以上魔導部隊対策は必要だ。
だが、爆撃機の侵入阻止は自前でできることをしておきたい。
「出すべきでは?いくらなんでも、不味い。」
「いや、命令だ。さすがに、これ以上は。」
“独断専行となってしまう。”
その一言は飲み込まれているが、参謀たちの懸念を一番集約している。
命令もなく、行動をするのは参謀らの権限に含まれていない。
彼らは、作戦の立案が仕事であって、決定を下す立場ではないのだ。
その苦悶を解放したのは、皮肉にもピクシーだ。
「管制機、ピクシーを確認。機影48、速度250、高度・・」
報告にあったピクシー大隊の接近を上空で警戒中の管制機が感知。
報告される速度は、実質的に限界速度と見なされている250だ。
その速度を維持しつつ、編隊飛行ができるとすれば練度は高いだろう。
「随分と早いな。うん?高度はどうした。」
わずかに、これは期待しても良いのか。
そう心が傾いた参謀らが、高度の情報を求める。
「高度、7500?いえ、なお上昇中です・・・。」
「何だと?」
「間違いないのか?戦闘機ではないんだぞ。」
高度6000という常識。
いくら、データとしては8000までの到達記録を知らされていようとも実戦で見るまでは別なのだ。
技術者の可能という数字と、現場の一線部隊が示しだす数字は全く重みが異なる。
軍人という人種は、新機構、新兵器、新技術というものをとことん疑い抜く。
それだけに、目の前で示される結果に対しては謙虚にならざるを得ないのだ。
実戦で証明された事実は、それほどに重い。
「間違いありません。ピクシー大隊は、現在高度8000へ。」
「っ、増速します!速度300!?」
さらに、信じられない数字が跳ねあがる。
実質的に、技術試験機が叩きだしたに等しい高度と速度。
それを、編隊飛行を維持したままで第一線に戦闘加入する部隊が示しているのだ。
事実であるとすれば、まったく別次元の能力を持つことを示しているデータとなる。
これが、事実だろうか?
なにしろそうだとすれば、すべての部隊が軒並み旧式化するほどの隔絶した性能差なのだ。
「管制機のデータ観測は正常なのかっ?」
「他に異常は見られません。すべて正常です。」
思わず、信じがたいという表情を浮かべた参謀ら。
何が、とは言わないが思わず言葉にしがたい衝撃だ。
「・・・参謀本部は、規格外の切り札を持っているようですな。」
「全くだ。規格外も良いところだよ。」
唯一、言えることはこれが味方であって良かった、ということだろう。
本当に、規格外の増援としか形容しがたい。
⚔️ あとがき
・ω・)今日も更新。明日も更新?
皆さまへの公約です!(`・ω・´)キリッ
公約って、守られるの?ヘ(´ー`*)
(∩゚д゚)アーアーきこえない・・。
台風次第です(-_-;)
そんな感じですが、次回にもご期待ください。
ZAPしました。
ZAP