幼女戦記
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ああ
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番外編9 『総力戦問題1』:農務省、人手を求める
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:bbe81540 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/03/10 21:47
あの大戦時、誰もがまさかアレほど戦争が長引くとは考えていなかった。
長期戦を想定し得ないでいたがために、各国は戦争の長期化に伴う深刻な資源・原料の不足にのた打ち回るに至っている。
海運網に支えられた連合王国や、そもそも圧倒的な生産力を誇る合州国に比較して帝国は人口過剰な大陸中央部に位置するのだ。
あまつさえ各国海軍の封鎖を封鎖突破船で強行突破するのは余りにも犠牲が高すぎた。
が、さりながら帝国の食料自給率は約80%。
肉類、取り分け豚肉の消費を押さえ込めばその分の飼料を耕作していた土地で食糧生産が叶うだろうと官民を問わずに帝国の有識者はさしてこの問題を憂慮してはいなかった。
…憂慮してはいなかったのだ。
「ウーガ少佐、つまり…今期の食糧生産は、辛うじて現状維持という程度に留まるというのかね?」
朝一番に農務省に送り出した連絡将校が、昼時に報告のために帰営したと知らされたゼートゥーア少将はウーガ少佐を巻き添えにするべく食事でも取りながら、報告を聞こう、と一人で食べるには少々以上に味気ない参謀本部の食堂へ足を運んでいた。
歩きながら、簡潔に纏められたウーガ少佐の報告を聞く限りにおいて農務省が伝えてきたのはあまり希望の持てる知らせではないようだ、とゼートゥーア少将は幾ばくか暗澹たる思いを抱かざるを得ない。
「はい、ゼートゥーア閣下。農務省の報告によれば、今期の平均的な国民一人当たりのカロリーは1800程度が上限になるだろう、と」
1800キロカロリー!まったく、たいした栄養量だ。全面的な配給制度を施行し、全国民に最低限度の栄養を行き渡らせようとして、それだ。
「目下の学術調査によりますと、平均的な…」
そこまで上申し、ハタと言葉が足りないことに気が付いたと思しきウーガ少佐が言葉をつなぎかけたところでゼートゥーアは口を挿む。幸か不幸か、ゼートゥーアにとって、その1800キロカロリーという数字の意味は理解できてしまうのだ。
「その説明は結構だ、少佐。以前、栄養学の本をデグレチャフから贈られたことがある」
以前、栄養学の本を部下からいかがですか、と渡されたが…デグレチャフ少佐はある意味で本気で総力戦を志向しているのだなと最近になってゼートゥーアはいやというほど痛感している。
その意味では、ヤツが、デグレチャフがこの食堂のことを最前線のことを思い出すと形容したあたり、前線の食糧事情はこれが一般的な味となっているのだろうか…などとゼートゥーアとしても思わないでもない。
とはいえ、今は受け取った報告の方が重要だった。
「備蓄は、3か月分。そして、将兵には最低でも一日あたり3000キロカロリー以上は取らせなければ塹壕戦など戦えない。数ヶ月前には自信満々に増産を確約した農務省から連絡将校を寄越せといってきたときは、何事かと思ったが…」
「それで、農務省が対策を求めていますが」
「少佐、はっきりと言っておくがこれは内政問題だぞ。軍務ならばいざ知らず、我々が介入する権限があるとは到底思えない」
良くも悪くも、ゼートゥーアは参謀本部戦務というある意味では軍隊の後方業務や部隊の装備、編制を管轄する上で食糧問題もまた補給業務の一環としては重視しないでもない。
だが、農業生産に口を出すべきか、といわれれば彼は違うだろうと断言する。
それは、軍人が介入すべき軍務ではなく、内政問題に軍人が口を出すべきではないだろう、と。
「ですが、その、農務省に言わせると…参謀本部が人手を持っていくために耕作人口が足りておらず、あまつさえ各種資源を軍需に取られるために戦争遂行に重大な支障をきたす…と」
「ふむ、では人手を手放し、資源を民需に宛がえというのが農務省の言い分かね」
しかし、ウーガ少佐が重い口で告げてくるのは、農務省が軍隊に出来る協力を望んでいるという知らせだ。戦争の長期化にともない、対応策を立案しなければならないとすればゼートゥーアは軍務としてそれを行わざるを得ない。
「最近、この類の相談が多いが…ふむ、つまり、農務省から戦務への要請か」
ゼートゥーア自身には自覚がないものの、彼は他の官公庁からしてみれば、軍人然としてないだけに話が通じる相手であると認識されていることもあり…この手の軍隊に対する要望を何故か彼が受理することが増えている。実際のところ、官公庁側の先入観と、前線に混乱が生じては目も当てられないために緊密な調整というものの必要性を認識したゼートゥーアという組み合わせは悪くないのだ。
実際、それを嫌がる軍人が多い中では官公庁との調整に長けたゼートゥーアの存在は参謀本部でも重宝されている。特に、作戦のルーデルドルフ少将などはそれらを粗方戦務が処理してくれると手放しで賞賛しているほどだ。
「小官が聞いた限りでは、そのように要望を受けました。取り分け、後方要員にはあきらかに冗員が多すぎるだろう、と」
それだけ、各部署との調整とは重要なのだ。
だからこそ、ゼートゥーア自身もある程度の処理ならば出来る限りの協力を惜しまずに手配りしている。しかし、だ。
「後方要員に冗員?後方幕僚要員や各軍機構はむしろ人手不足で民間から急募したいほどだと戦務としては悩んでいるほどだが…」
思わず、呟いてしまう。
ゼートゥーアとしても、関係機関同士の協力を否定する意志はない。
が、とはいえ、だ。
人手が余っているどころか猫の手も借りたいほどの状況ではいかんともしがたいところであった。
「それが、その、前線付近の後方要員が多すぎるのではないかとのことですが」
「ああ、なるほど。…確かに、塹壕線に展開する部隊は交代要員を大量に必要とするからな、冗員と誤解された、ということか。農務省の人間からすれば遊んでいるように見えているというのであれば、一度、誤解を解くほうがよいな」
いわれてみて、ようやくゼートゥーア少将が思い至るのは前線の将兵らのローテーション勤務という言葉だった、前線付近には休暇や療養中の将兵などのローテーションは、いまでさえ破綻寸前であるとはいえ、一応、交代、休暇、療養などの手配はできている。
逆に言えば、それは部外者から見た場合、何も任務についていないように見える部隊の要員がたむろしているともいえるのだろう、とゼートゥーアは外部の視点ということにようやく理解を示すに至る。
聞いてみれば、なるほど、確かに、そのように誤解されることもありえるな、と。
それだけに、誤解を招いているのであれば関係機関の円滑な協調体制のためにも、躓く要素を早めに取り除く調整が必要だな、と彼は判じていた。
「よろしい、私の権限で農務省のご一行に最前線の視察ツアーを組んでおく。一度、前線付近の現場を見ていただきたいと先方に、と伝えてくれ」
面倒ではあるし、前線からもあまり歓迎されない類の視察団になるだろうとは承知している。それでも、やはり各部門が対策を練る上で現状把握に資するならばやむをえないだろう、と。
「はっ、かしこまりました」
「そうだな、急な話だが…デグレチャフ少佐の第二〇三航空魔導大隊などがいいだろう。あそこならば、参謀本部からの横槍で現地軍司令部をあまり煩わせずにすむだろう」
それだけ急な案件であるだけに、ゼートゥーア少将は細やかな気配りを行うことも忘れなかった。
参謀本部が管轄する第二〇三航空魔導大隊ならば、あまり西方司令部の手を煩わせずに受け入れは参謀本部の管轄業務として処理できるだろうと考える。
そこまで考えた上で、ゼートゥーア少将は一筆を添えてデグレチャフ少佐に一通の命令書を送るようにウーガ少佐に指示を出しつつ、気の進まない食事を流し込み、午後からの執務へと戻って行った。
…その時、まさか、あれほど揉めると分かっていれば、ウーガ少佐にせよ、ゼートゥーア少将にせよ、彼らはもう少し注意深く行動していただろう。
だが、全ては彼らの軽率さとパラダイムが招いた悲劇だった。
次の日、朝一番にゼートゥーア少将からの命令文を受領したターニャは読み終えると、少し困惑しつつ、通信施設から書類を受け取ってきたヴァイス中尉に開封した封筒を渡し、読むように促していた。
「総力戦に関わる食糧総合調整のための検討・視察団、でありますか」
「ヴァイス中尉、つまるところお客様がいらっしゃるということだろう」
二人ともに、困惑しつつ、事態を理解するところでは、総力戦のために農務省の人間が前線の後方を視察、検討するので参謀本部が視察日程を組んだ、という事実だ。
ついでに、その視察団の案内役権護衛としてある程度農務省の人間と話が出来る将兵を一名、大隊運営に支障の出ない範囲で派遣せよ、とも記載されている。
それらは、よい。
いや、良くはないのだが、理解できる。
「…失礼ですが、少佐殿。ここに、でありますか」
「軍令で、参謀本部がここに寄越す、と書いている以上はそうだろう」
問題は、何故、この場に?という疑問だ。
お互いに、常識的に考えて、ライン戦線に畑は作れないだろう、と考えているのだ。
実際のところ、彼らが四六時中戦闘行動を行っているライン戦線には、塹壕や砲台のような軍隊の手によらない人工構造物はだいたい破砕されて久しい。
畑など、航空写真か偵察で捉え次第散々に砲撃されて収穫どころではないだろう。
「…食糧問題とやらのために、農務省が働くのは理解できますが此処ですよ?」
ライン戦線の広大な塹壕地帯。兵隊の誰もが手に手にシャベルを握り締め、ただひたすらに地面を穿り返すモグラもどきと化した戦場。
つまるところ、兵隊の仕事というのは、土木作業が第一であるとまで極言されたかのような極端な戦場。砲弾時々晴れといった戦場日和のこの大地は見渡す限り砲弾に耕された着弾痕と時折混じっている不発弾でとてもではないが耕作地には適しているとはいい難い。
いくら、第二〇三航空魔導大隊の魔導大隊用に割り当てられたのが後方の予備陣地であるとはいえ条件的にはやはり農耕に適しているとはいいがたかった。
「上が、寄越すというのだ。おい、セレブリャコーフ少尉、お客様用の掩蔽壕を整えて置け」
とはいえ、命令は命令だ。
後方の土地を有効に活用したいであるとか、大方後方で交代要員として待機中の人間にも畑仕事は出来るのではないかとか。
なにか、その手の安直な発想を農務省の誰かが考えたのだろうとターニャはため息交じりで命令の背後を想像している。
それに、だ。
総力戦だからと、前線の直ぐ後ろでも作れるならばジャガイモくらい植えろと上が本気になっているのだろう、と考えれば幾らか慰められないでもない。
そこまで食料政策を徹底してくれるのであれば、まあ、補給面にも配慮してくれるだろう、と。
「了解しました」
「さて、ヴァイス中尉。いいたくないが、私はジャガイモや小麦のことなどさっぱりだ。農業など、本でしか知らん。誰か、うちの分隊で農家から志願してきた連中を探してくれ」
そのうち、ラバウルの兵隊達のように畑仕事も覚えないといけないのかもしれないな、などと考えつつも。やはり、軍隊が食料を自前で確保することも総力戦の遂行上はやむをえない必要なことなのだろうとターニャは考える。
「それであれば、私の中隊のクラウツ軍曹が農家の出ですが」
「話が早くて結構だ。セレブリャコーフ少尉、すまないが、ついでにクラウツ軍曹を呼んでくれ」
そして、ターニャは極々普通の命令として、参謀本部からの依頼どおりに部下を一名護衛兼案内役として派遣する。
「クラウツ軍曹、貴官には少々戦場から離れた儀礼役を務めてもらわねばならない」
いわば、儀仗兵のような面倒事も多い仕事だ。
それに、前線のシフトから外すという風に聞こえなくもない。
「もちろん、断っておくと貴官の力量、勤務成績、戦意にたいする疑義を挿んだが為ではないことを明言し、かつ書面で保証する」
それだけに、ターニャは少々慎重な言い回しを心がけていた。
評価していないわけではないのだ、と。
「ただ、我々には…少しばかり貴官の経験を別のところで必要としているのだ」
ただ、ちょっとだけ、必要な知識を君が持っているので活用して欲しいのだ、と。
リストラするよりははるかに、気が楽で簡単な通達。
だからこそ、というべきだろうか。
「質問はあるかね」
「少佐殿、その、ヴァイス中尉殿からもお伺いしましたが…小官は、何をすればよいのでありましょうか?」
「私の見るところ、参謀本部と農務省が農業問題について最前線の実態を良く知りたいという趣旨で視察を組んだというところだ。一応、軍務なのでありとあらゆる抵抗を排除し、ご案内しろ、ということにはなるが」
ターニャは、単純に自分の思うところを述べていた。
仕事だから、きっちりやってくれ、と。
何時も通りの口調で、何時も通りの形式で、何時も通りに大隊の部下に命じるのだ。
軍務を遂行しろ、と。
農村出身の朴訥な若者、とでもいうべきだろうか。
ともかく、仕事を命じられたクラウツ軍曹は自分なりに護衛兼案内役として恥ずかしく勤めないようにと塹壕の中では一番マシな軍服を戦友から借り受け、久しく磨かなかった軍靴を鏡面のように磨き上げると何かを忘れていることに思い至り鏡の前に立ってみる。
気が付くのは、襟元に何かが必要だという違和感。
「おい、クラウツ…ネクタイは?」
「げっ!?忘れていた!」
…ネクタイだ!と戦友仲間に指摘され、青ざめる彼が懸命に支給されたネクタイをどこに締まったのかと思い出そうにも
…何処かの箱に突っ込まれているということが思い出せるだけだった。
「探せ!」
「予備の軍装ケースはどこにやった!?」
「制帽の予備と一緒に放り込んだはずだぞ!」
「第四中隊になきついて来い!」
「ありました、此れですね!」
「それは北方で使っていたマフラーだ、ネクタイだぞ、ネクタイ!」
敵襲を受けたときよりも慌てふためきながら、自分達の壕のみならず、隣の中隊まで巻き込みながらネクタイを求めて狂奔するクラウツら。
彼らの頭にあるのは、儀仗兵のようにきらきら着飾って護衛を勤めなければならない悪夢への悲嘆だ。
塹壕で儀仗兵に任命されるなど、チキンシットにもこの上がないだろう。
誰が、いつ、閲兵しても不合格なのは間違いないからだ。懲罰と、改善命令を受けて、度重なる命令不服従の末に銃殺に処されるような陰湿ないじめにそれは近い。
今回、一度だけの護衛兼案内役でなければクラウツとて世を悲観して死なばもろともで上官に発砲したかもしれないほど過酷な命令なのだ。
まあ、銃撃したところで大隊長相手ではさくっり殺される未来しか見えないので絶望でショック死したかもしれないが。
しかし、クラウツら下士官にとってみれば第二〇三航空魔導大隊は実のところ軍隊の中では珍しいくらいにチキンシットとは無縁な部隊なので彼らはその手ことを実際に案じたことはなかったりもする。
第二〇三航空魔導大は良くも悪くもチキンシットなどやらかすアホは配属を大隊長が積極的に拒絶するか、拒絶せずに即座に二階級特進の手配をかけるかであるからだ。
偉ぶる新任の小隊長という古参にとっては悪夢のような新任少尉を配属されかけたとき、彼らの大隊長は一言、ぼそりと『それは、戦場で処理せよ、というご命令でしょうか』と人事担当の将校に伝えたほどだ。
それほどに、この部隊というのは究極の実戦部隊であり、戦力発揮が万全に整えられて何時いかなるときも、いかなる任務にも対応できるのが我が部隊の誇りであると大隊長が訓示するほどにマルチロール任務に対応させられている。
だからこそ、とクラウツらは暗然たる思いでクラウツの身なりを見やって頭を抱える。
たかが、護衛役されど護衛役。
後方からのお客さんを護衛しつつ、案内するという任務の準備が出来ませんと素直に報告した日には大隊長からどう締め上げられるか分かったものではない。なにしろ、大隊長自身が必要性に迫れてぶつぶついいながらネクタイを調達しているのを副官と副長の会話で彼らは知っているのだ。
「最悪の場合、副官殿になきついて一つ、大隊長のを融通してもらえばどうか?」
「駄目だ、あれは大隊長の特注品だ。サイズで、ばれる。なにより、自分には小さすぎる!」
慌てて、どこからかギンバイして帳尻を合わせようとする彼らだが困ったことにそもそもネクタイなど最前線ではまったくお目にかからない代物である。つい先日、渋りながらも後方参謀らとの打ち合わせのために嫌々ネクタイを手配させていたデグレチャフ少佐殿を見れば、将校級でさえも禄に持ち合わせていないことぐらいは直ぐに察しえる。
後方の兵站デポにでも行けば被服部あたりに在庫があるのだとは思うが、最前線から無許可離隊は即時の銃殺刑だ。
というか、塹壕戦の基本で各所にある浸透防止用の警戒壕がぴりぴりしているだけに、敵誤認されて撃たれかねない。
さすがに、友軍に撃たれて戦死したくもないものだ、とクラウツらは心底頭を抱えてしまっていた。
「っ、ヴァイス中隊長殿に、敬礼!」
「ご苦労、いや、楽にしてくれ。そのままでいい」
「ありがとうございます!」
そんなときに、足を運んできてくれたクラウツらの中隊指揮官、ヴァイス中尉。
彼は、世慣れた人間の常で少しばかりのフォローを忘れない。
「意外に身繕いも出来るものだな。ああ、よければ、これを使ってくれ。大隊長殿に習って自分も数本用意して置いたんだ。たぶん、この辺では一番マトモだ」
ヴァイス中尉が差し出すのは普段は絶対に使わない正装用のネクタイ。
「あ、ありがとうございます!中尉殿!」
「いや、こちらこそ急な話だったのでな。役立つならば、使ってくれ」
元々は、ヴァイス中尉自身が将校として必要上に迫れて手配したもの。
今となっては使うこともなく、一応保管しておいた程度のものだ。
それでも、それは少なくとも泥にまみれているわけではなくアイロンをかければ査閲式に参加できなくもない程度には整ったものだった。
「頂戴いたします」
それだけに、助け舟を上官から出されたクラウツらがありがたいとため息を漏らすところにヴァイス中尉は一言、助言のようなものを軽率にも漏らしてしまう。
「結構、いかなる抵抗をも排除してご案内せよ、とのお言葉だ。まあ、今回は気苦労が多いだろうから明日は休暇にして置いた。すまないが、お偉いさんの相手をしてやってくれ。期待している」
「了解いたしました、中尉殿!」
だからこそ、彼は軽率にもうっかり命じてしまうのだ。
軍務だから、まあ、よろしく遣ってくれ、と。
直属の上司と、その上の大隊長から、そう励まされたクラウツ軍曹らの小隊にとって、それは心強い激励だった。
期待しているぞ、といわれただけに、なおさらに。
「はい、こちら参謀本部ウーガ少佐」
「ウーガ少佐殿、ケーラネ中尉であります。例の農務省視察団に関してですが…悪い知らせです」
「どうした、ケーラネ中尉。デグレチャフ少佐が侮辱されて発砲でもしたか?」
「いえ、そうではありませんが…」
「言い難い事か?」
「ええと、その…少々、なんと申し上げればよいのか分かりませんが」
「農務省のスタッフは、その、最前線の視察は聞いていない、と」
「いや、それはその通りだが。後方の余剰人員を帰農させたいというから後方へ視察ルートを組んだはずだ」
依頼されたのは、前線の後ろで遊んでいる人員がいないかどうかという問題だ。
だからこそ、前線の後ろをご覧いただけませんかとウーガ少佐自身が農務省と打ち合わせを行い、ではライン方面からご覧頂ければと取りまとめていた。
間違っても、第一線の最前線に放り込めと手配した記憶はないし、そのような視察箇所は危険だろうと入れてもいない。
「ケーラネ中尉、まさかとは思うが、貴官は輸送ミスで最前線に送り込んだのか?」
「いえ、そうではありません。現在、西方方面軍司令部で軍司令官付きの参謀らと遣り合っています」
では、何が問題なのだ。思わず、そう返しかけたウーガ少佐。
だが、その疑問を口にする前に俄かに受話器の向こう側で揉めるような騒動の音が沸きあがっていた。
「って、おい、何を…?」
「ケーラネ中尉、どうした?」
「実は既に第二〇三航空魔導大隊から、護衛役が到着しており、その、『いかなる抵抗をも排除しても、ご案内せよと大隊長殿より厳命されております』と」
それを耳にしたとき、ウーガはようやく理解する。
デグレチャフ少佐は、確かに、そのような命令を受けている。
そして、何か不味いことに農務省の人間は…その手の視察を承諾した覚えはないとごねている。
「それが、ウーガ少佐殿、その…」
「ケーラネ中尉、すまないが、これ以上時間を浪費したくない、はっきり言ってほしい」
デグレチャフ少佐は命令に忠実だ。
忠実であるが故に、おそらくはその部下もまた軍務として命じられていれば。
文字通り、『いかなる抵抗』をも排除して『案内』することに徹するだろう。
農務省の人間が泣こうが喚こうが、首根っこをつかんでも、だ。
だからこそ、というべきだろう。
話せば分かる人間を捕まえなければならないのだ。
ウーガ少佐にとって、幸いなことにデグレチャフ少佐は軍大学の同期で知らぬ相手ではない。
話せばやつならば、取りあえず第二〇三航空魔導大隊の大隊員を引き上げさせることにも同意するだろう。
だから、揉め事が厄介ごとになる前に。
焦りつつも、何とか収拾をつけようとウーガ少佐が頭を抱えながら、なんと説明したものかなぁと心中で唸りかけているときだった。
「デグレチャフ少佐殿は、つい先ほどライン方面軍司令部から発令された偵察命令により長距離浸透偵察に出発されました」
その一言が、ウーガ少佐の胃をキリキリと締め上げた。
「…長距離浸透偵察?」
それは、つまり?
「はい、それでその、無線封鎖状態にあられます」
つまり…デグレチャフ少佐と連絡は取れない、ということだ。
いや、正確にはこちらからは呼びかけられるが…応答は安全圏に戻ってからということになる。
だが、無線封鎖を行っている部隊が今どこで、何時頃返事を寄越すかというのは規定の時刻を過ぎるまでは確認のしようもない。
「…おい、今、何人の魔導士がそこにいるのだ?」
「護衛役と、分隊で4人です…あ、ま、まて、連れて行かせるな、止めろ!」
「中尉殿、無茶をいわんでください!憲兵の小隊で、魔導士の分隊と殺しあうわけには…」
「ふざけるな、止めるだけで良いんだぞ!」
血相を変えて誰かが反駁するのが、受話器越しにもわかるやり取り。
とはいえ、ウーガ少佐にしてみればわからない話ではない。
「ああ、うん、そのあれだ。殺されないように、止めたまえ」
一言、いいやると取りあえずウーガ少佐は受話器を下ろし、そして、そっとゼートゥーア少将閣下の執務机に繋がる番号へかけなおしていた。
すみません、何か、問題があったようです、と。
後日、ウーガ少佐を待ち受けていたのは命からがら共和国軍の大規模面制圧下を引きずりまわされた農務省視察団からの恨み言だった。曰く、鉄道や工場の労働実態の視察を依頼したのに、最前線に送られるとは、いかなる次第か、と。
後書き
ちょっと、書き方をかえました。
何気に、随分久々の外伝更新です。
(;・∀・)
そのうち、海でも更新します。もしくは、ガルス。
諸般の事情により、ルナルナは当分無期限自粛。
御容赦を( ;∀;)
あ、誤字は通例どおりZAPしておきました。
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