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老人 「 最初はまず、ラーメンをよく見ます。
丼の全容を、ラーメンの湯気を吸い込みながら、
しみじみ鑑賞して下さい。
スープの表面にキラキラ浮かぶ無数の油の玉を。
油にぬれて光るシナチク、
はやくも黒々と湿りはじめたノリ、
浮きつ沈みつしているネギたち。
そしてなによりも、これらの具の主役でありながら、ひっそりとひかえめにその身を沈めている3枚の焼き豚 」
老人 「 ではまず、箸の先でですね、
ラーメンの表面をならすというか、なでるというか、
そういう動作をして下さい 」
男 「 これはどういう意味でしょう」
老人 「 ラーメンに対する愛情の表現です 」
老人 「 つぎに、箸の先を焼き豚の方に向けて下さい」
男 「 ははー。いきなり焼き豚から食べるわけですか?」
老人 「 いやいや、この段階では、さわるだけです。
箸の先で焼き豚をいとおしむようにつつき、
おもむろにつまみあげ、
丼の右上方の位置に沈ませ加減に安置するのです。
そして、これが大切なところですが、
このとき、心の中で、わびるがごとくつぶやいてほしいのです。
『 後でね 』 」
老人 「 さて、それでは、いよいよ麺から食べ始めます。
あ、この時ですね、麺をすすりつつも、
眼はあくまでも、しっかりと右上方の焼き豚にそそいでおいて下さい。
これも愛情のこもった視線を」
やがて老人は、シナチクを一本口中に投じて、しばし味わい、それをのみ込むと、今度は麺を一口。
そして、その麺がまだ口中にあるうちに、またシナチクを一本口中に投ずる。ここで、はじめて老人はスープをすする。
立て続けに合計3回。
それからおもむろに身体を起こし、
「ふー」とため息をついた。
意を決したかのごとく、1枚目の焼き豚をつまみあげ、
丼の内壁に、とーん、とーん、と軽く叩き付けた。
男 「 先生、今の動作の意味は?」
老人 「 なに、おつゆをきっただけです」