幼女戦記
⚔️ ああ
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⚔️ The Day Before Great War 2 : ノルデン北方哨戒任務
カルロ・ゼン 2012.12.24 11:11
冬の山には魔物がすんでいる。
そして、ノルデンのガナルダは人間の存在を拒絶する碌でもない地域だ。
疑似好天による破滅への誘い。
磁気を含んだ地表によるコンパスの狂い。
だが、最悪なのは一見するとどうという事もない高度だ。
絶対量の乏しい酸素と、急激に寒くなる山々。
何よりも、高緯度故に雪が常に絶えない地域が多い。
地図で見れば、左程の峻厳さも感じない高度だろう。
しかし一度、現地に立ってみればいい。
きっと、あなたは叫ぶだろう。
こんなところで、戦争をしたのか!?と。
WTN特派員アンドリュー
ストーブで赤々と炎が躍っていることが信じられないほど冷え込む北方の地。
母国から遠く離れ、経験したことのないような極寒の地に派遣される連合王国の情報部員とは過酷な職務だ。
レガドニア協商連合と連合王国は通商の歴史を誇るが、越冬だけは耐え難いものと船乗りが語り継ぐのは伊達ではない。
だが、船に飛び乗り祖国へ帰れる船乗りらと違い情報部員に冬もそこに居ることが義務だ。
もちろんウォーカー少佐らからなる現地駐在部にしてみれば、できればノンビリとしたい時期でもある。
しかし、願望とは裏腹に地図を調べ追跡部隊からの報告を書きこむ彼らの顔に浮かぶ感情は苦悩だ。
飛び込んできたのは、共和国のスパイ案件。
単なる共和国の失敗ならば笑ってやればいい。
だが、同盟国から自国の軍事機密が漏れかねないとなれば話は別だった。
そういうわけで、この寒いノルデンを彼らと協商連合の共同追跡部隊が散々彷徨う羽目になっている。
もちろん、元より降雪で足跡が追えなくなることは懸念されていた。
だが、このノルデンにおいても過酷と評されるガルナダを経由して帝国側へ抜けるルートだ。
コンパスすら碌に使えず、天測も困難ともなれば使用できるルートは限られると当初は予期されている。
当初の見積もりでは困難ではあっても、捕捉は可能なはずであった。
そう、当初は。
「ええい、ビバーク跡すら発見できていない!」
若いガーニング中尉が漏らした、苛立ち交じりの一言。
だが、それはウォーカー少佐にとっても極々当たり前の疑念であった。
それは、まともに考えれば見つからなければならないのだ。
自然は、過酷だ。
風から身を守るための雪洞がければ、人間などあっという間に凍死する。
ミイラの様に固まった遭難者の遺体はいつみても凄惨なもの。
仮に雪洞を構えても、火なり何なりで暖を取らねば水すら飲めないのだ。
なまじ、ビバーク中に渇きに耐え切れずに雪を口に入れた人間の末路は悲惨というしかない。
それらは、担いでいける荷物の量とルートの安全性に制約される。
吹雪の中右往左往するのは、自殺行為。
だが、ビバークし続けてもやがて手持ちの物資が尽きれば凍え死ぬのだ。
それで急いて道に迷えば、よくある遭難者の末路が待っている。
故になるべく早く、しかし迷わないで進める安全なルートを選ぶしかない。
だからこそ、この時期に山越えを行うとすれば現実的なルートはどうしても限られる。
大きく分ければ、ルートは二つ。
大回りで道こそ険しいものの、稜線が明瞭で歩ける痩せ尾根の西側ルート。
或いは、さらに大迂回しての海側ルート。
小道や、経路が複数あるとはいえどこかでビバークの痕跡を見つけだし跡を追うことは不可能ではないはずだとみられていた。
だが、捜索の結果はビバークどころか痕跡一つ残されていないという。
犬まで動員しての追跡なのだが、その痕跡すらない?
「素人か信じがたい技量のプロかのどちらかでしょうな。」
ため息とともに、ストーブの上で沸かしていたお湯でお茶を入れた別の情報将校が思わずつぶやく言葉。
いくら協商連合の山岳戦部隊が混成とはいえ、一定程度の技量は有るのだ。
加えて、くだんの共和国軍敵情分析班エステルハージ中佐は完全な山の素人。
隠匿したところで、痕跡を捉えられないというのは少々考えにくかった。
だが、それが見つからないのだ。
入山の記録すら見当たらない上に、吹雪もあって捜索は極端に難航しつつある。
この時期に、単独での山越えを考慮する時点で素人も良いところ。
だが、成算があるとすれば信じがたいプロだろう。
「当たり前だ!冬のノルデンを、それもガナルダ経由で突破しようと考える人間だぞ?余程の技量持ちか、或いは単なるアホだ。」
だが、その時。
「まさかとは思いますが…単なるアホで広い尾根へ向かったとしたらどうでしょうか?」
ガーニング中尉が呟く一言。
それは、山を少しでも知っている人間ならば恐ろしくて選択すらしない行為だ。
自らの位置を喪失しやすい地形で、コンパスが狂う恐怖はなまじ専門家だからこそ知悉していた。
無謀だと知っているからこそ、ウォーカー少佐らはそれを考慮すらしていない。
だが、専門家ならば当然度外視してしまう選択肢なのだ。
それを素人が選択肢から外すかどうかという嫌な想定が彼らの頭をよぎる。
「稜線があいまいで自分の位置すら見失うのだぞ?まして、降雪や風を考慮すれば、危険すぎるはずだが。」
「素人考えで、越えやすいと判断したとすればどうでしょうか。」
「…何てことだ。ありえなくないぞ。」
熊の様な勢いで地図へ突進し書きこまれた捜索エリアを調べたウォーカー少佐は思わず呻くような声で吐き捨てる。
最初から度外視していた危険地帯。
地図に書き込まれている捜索部隊の配置や、捜索ポイントの大半は山越えが現実的なルートへ絞られている。
だが素人が、素人であるが故の蛮勇で突破しようと試みているとすれば完全な空振りになるのも道理。
なるほど、それならば確かに見つからないわけだ。
そう納得したウォーカー少佐は、ストーブの上に置かれた薬缶からお茶を作って一服すると猛烈な頭痛を堪えながら上級司令部へつなぐ。
当たり前だが、危険だから捜索をご容赦願いたいなどと言って聞き入れられればそもそも情報部など必要ない。
予想通り、上も困惑しつつも追跡を続行せよという方針に揺らぎはない模様。
なんとしてでも回収せよというありがたいお言葉がハーバーグラム閣下から送り返されてくる始末だった。
こうなると、ウォーカー少佐としては協商連合の窓口に掛け合い捜索範囲を拡張させざるを得ない。
まあ、当然こんな吹雪の中にあんな危険地帯に行けと他国に言えるはずもないので『義勇部隊』を使わざるを得ないだろう。
そう考えただけで、彼の心は否応なく重くならざるをえなかった。
問題が、エステルハージ中佐の身柄だけならばそれこそ吹雪がやみ次第生きていればご本人の収容としゃれ込んでもよいだろう。
実際、雪中行軍の専門家ですらこの天候と地形ではビバークしてやり過ごすしか安全策はない。
彼の生死で頭を悩ませるのは、せいぜい共和国の問題なのだろう。
しかしながら、問題はエステルハージ中佐の生死ばかりではなく彼の鞄だ。
そこに入っている機密と暗号は連合王国にとってもかなり都合が悪い代物である。
いっそ、稜線に砲撃でも撃ちこんで雪崩で隠してしまえという案もないわけではない。
だが、最低限どこらへんに隠れているかを見つけない限りは全ての稜線に撃ちこむわけにもいかないだろう。
だから、犠牲が出るだろうと覚悟しつつもウォーカー少佐は命ずるしかないのだ。
「捜索範囲を拡大する。東の広い尾根を中心に捜索させるぞ。」
捜索部隊に必要な、要救助者の基本情報。
通常ならば、分厚い機密の壁が立ちふさがるであろう案件だ。
しかし、意外なことにヴァルコフ准将の要求に対し情報部は少しごねた程度ですぐに資料を開示した。
これほど、犠牲も効率も鑑みずに強行させられるのでどれほど重要な案件かと首を傾げた准将。
彼の疑問は、帝国軍人として真っ当なものながらもこの場合だけは完全な無用の長物だった。
提示された資料に乗っているのは、共和国軍の軍人が帝国に内通しているという証拠。
それだけならば、重大な案件としてヴァルコフ准将も資料を精読したことだろう。
だが、事態は実に馬鹿馬鹿しいほどの滑稽さすら伴っていた。
事の始まりは、真剣だった。
共和国の情報機関が、共和国陸軍内部に対帝国通牒者がいることを示すメモを入手。
彼らの仕事は、曲りなりにも情報機関として仕事をしていたといえるだろう。
そこまでは、まだよかった。
共和国陸軍参謀本部は漏洩した情報を知りうる立場にいた人物達の調査を開始。
筆跡鑑定によって、陸軍参謀本部付きの砲兵大尉を秘密裏に拘束した。
しかし、そこから共和国陸軍は大いに迷走し始める。
なにしろ、筆跡鑑定以外に具体的な証拠はなし。
それどころか、金銭に清廉な砲兵大尉の生活具合と状況証拠すら欠いている始末だ。
それでも、組織防衛本能に駆られ醜聞をおそれた陸軍参謀本部が無理やり砲兵大尉を有罪として始末を図ってしまう。
この措置は、幕引きを図りたがっていた陸軍参謀本部の高官らにとっては不本意なことに事態をさらに悪化させていた。
身に覚えのない冤罪なのだ。
当たり前だが、砲兵大尉は無罪を主張する。
そして、件の砲兵大尉拘束後も盛大に水漏れが起きていることを情報部が把握。
新しく就任したド・ルーゴ陸軍参事官が激怒し、再調査を厳命し参謀本部に陸軍省が干渉し始めるに至る。
軍防諜班ピルカー大佐に再捜査させた結果は砲兵大尉の無実を裏付け、参謀本部を動揺させざるをえなくなる。
だが、ここに至って共和国陸軍参謀本部は後に引けなくなってしまっていた。
あまりに多くの高官が関与していたがために、彼らは有罪の証拠は軍事機密であり開示できないと強く主張。
再審請求に対し、有罪は自明であり国防上の観点から証拠は開示できないと突っぱねることで事態の収拾を図っていた。
おかげで砲兵大尉が完全に冤罪でないかという事で共和国政界は盛大に荒れている。
その混乱度合は、北方に展開している国境警備部隊のヴァルコフ准将ですら新聞の紙面を眺めただけで伝わってくるほどだ。
そんな風に、大荒れの共和国陸軍参謀本部に所属するエステルハージ中佐こそが実は真犯人だということだ。
ちなみに、最新の報告書によれば同中佐を陸軍省は疑い査問を要求しているものの参謀本部は形式的な査問でやり過ごしたとのこと。
読み終えたヴァルコフ准将にしてみれば、怠慢と無能がダース単位で積み上げられて出来上がった理解しがたい事態だった。
ある意味で、真っ当な軍組織の一員であるヴァルコフにしてみれば理解しがたいと言い換えてもよい。
「信じがたい杜撰さです。」
「その通り。一介の将校にそこまで手を伸ばさせられるほどに共和国の防諜はずぶずぶだ。」
だからこそ、共和国と国境を接する帝国情報部は実に仕事が楽なのだ。
そういわんばかりに葉巻をふかす老紳士の顔に浮かぶのは、ヴァルコフの困惑を理解するという苦笑。
結局のところ、鉄の規律と服従を要とする帝国の組織にあっては共和国の混乱は不思議なものだった。
「新任のド・ルーゴ陸軍参事官とピルカー大佐が出張ってこなければやりたい放題だったのだがな。」
真っ当な競合相手が登場した時は、これで諜報網の一つがダメになるのかと帝国側はさすがに諦めかけた。
だが、帝国情報機関が心底驚いたことに共和国参謀本部がメンツのために揉み消しを試行。
お陰で、内通者が把握されるどころか事件を共和国が勝手にスキャンダル問題に転化してくれる始末だ。
余りに順調というか、帝国に都合がよすぎる展開で逆に疑うほど都合が良すぎる展開だろう。
帝国情報部では思わず、盛大なダブルスパイをエステルハージ中佐が演じているのではないかと真剣に危惧したほどである。
「正直なところ、順調すぎて逆に我々が罠にかかっているのではないかと危惧するほど共和国の間抜け具合は深刻だ。」
だが、いくら調査しても共和国の自爆としか帝国には分からなかった。
調べれば調べるほど、共和国の理解しがたい政争の根が深いかを帝国人が痛感するほど。
質実剛健を尊び、ある種の単純な軍人気質を持つ彼らにしてみればそれは異世界の話にすら聞こえる展開だった。
「とまれ、ばれかけたので職務を幸い資料一式ごと亡命させる取引が行われた。」
だが、それでもまだ健全な部署が付きまとっていたのでエステルハージ中佐の希望を入れ帝国は彼の亡命を支援することにした。
彼が持ち出せる機密資料一式を持ちだす代わりに、帝国は彼の合州国ないし第三国への亡命ルートと資金の提供で合意したプラン。
驚くべきことに、罷免すらされていなエステルハージ中佐は共和国同盟諸国との連絡業務で出国に成功する。
「本来ならば、海路で亡命させる予定だった。冬のノルデン踏破など想定していない。」
後は、適当な船便で亡命手続きを完了させればすむ見込みだった。
…さすがに、エステルハージ中佐が持ち出した資料の価値を帝国も見誤ったのだ。
その中に共和国が連合王国から譲り受けた機密があるとまでは、さすがに帝国も想像だにしていない。
機密の重要度からして、本当に限られた担当部署間で共有すべき情報までもが漏れているとは考えなかったのだ。
だからこそ事態を理解し、血相を変えて飛び掛かってきたハーバーグラムの狗にエステルハージ中佐が間一髪で奪われかけた。
当然、連合王国を敵にまわして海路で亡命というのは困難極まりない行為で実現性を大いに欠くことになる。
なにしろ、大半の航路はどうしても連合王国領海乃至関連水域を通行する。
本来ならば寄港地があることで補給の便がよく、かつ連合王国海軍のパトロールと支援があるので航路の安全度は高いだろう。
しかし逆に言えば、いつでも臨検をうける可能性がある以上連合王国の敵にとっては協商連合の港から出るのは非常に危険だ。
だから、せめて越冬してから陸路でと説得していたのだが。
「怖気着いた彼は、ほとんど独断で山へ向かってしまったのだ。」
「それでは、ますます生存率は絶望的な。」
状況は理解したが、まったくほとんど不毛な原因で引き起こされたのだなと理解しヴァルコフ准将の気分は重くなる。
間抜け共の国で、信じがたい失態を糊塗しそこなった挙句の愚か者らの行動が自分達に影響しているのだ。
こんな至愚のために、部下を冬のノルデンに送り込む羽目になったと知らねば良かったほどである。
同時に、衝動的に山越えを決断したエステルハージ中佐が山を越えられる公算は限りなく低いことも改めて理解。
「そうなると、実際のところ遭難者救出というよりも機密文書回収が主任務ですか?」
「理想としては彼の持っている情報と、書類の両方だ。」
「…どちらを優先すべきですか?」
「書類だ。連合王国・共和国間の軍事通信用の暗号まで含まれている。」
まあ、中佐が生きていれば運が良かったという事だろう。
一つ、負担は減ったかと判断しえた。
無理に救命する必要がないのは楽だろう。
そう判断しつつも、ヴァルコフ准将は任務がさほど楽になったわけでもないと知っている。
回収対象が人間かスーツケースに入る書類かで重量が違うのは回収時の難易度には影響するかもしれない。
だが、結局この悪天候下に捜索を命じるのだ。
あまり気休めにはならないなと判断し、ヴァルコフ准将はもう何度目になるか分からないため息を漏らす。
実際、実働部隊の反応は最悪だった。
「…つまり、増強中隊では発見は絶望的と?」
作戦室で、形だけの計画案を提出してきた山岳猟兵中隊のマイヤー中隊長は露骨に不可能だと主張し続けている。
彼の計画では、各地に前進拠点を設けつつ捜索を行うという正攻法以外に活路がないと提示。
実際、秘密裏に捜索を行おうにも行動の隠匿だけで手一杯で到底捜索など困難だという技術上の障害が列挙されている。
まあ、雪山というのは演習場とは違う。
当然ながら、兵隊も進めと言われて進むだけでも困難なのだ。
そのことにはヴァルコフとて理解がないわけではない。
「二次遭難は目に見えています!どう考えても、この状況下で発見を期待する方が間違っています!」
だから、マイヤー中尉が中隊長として部下らを無謀な捜索行動で危険にさらすことに抵抗する心理もほとほと察しがつく。
准将自身、こんな馬鹿げた事態に重要な暗号書の問題がなければ捜索を強行しようという気にはならなかっただろう。
ある意味で、常識を投げ捨てた狂気の範疇に入るような要求だ。
この雪の中で、秘密裏に敵の暗号を回収しろ?
馬鹿げているというしかないだろう。
そう考えこみかけていたヴァルコフ准将の思索を打ち切ったのは規則正しいノックの音。
「ああ、准尉か。」
きびきびとした動作で入室してくるデグレチャフ准尉。
彼女は、たまたま兵站部から潜入戦用に協商連合部隊が使用している鹵獲宝珠の受領で遅れていた。
「准将閣下、やはりご再考を!この状況下、各種支援も抜きに雪山でまともに捜索活動を行うなど不可能です!」
そして、ヴァルコフ准将は彼女がマトモでないことはつい先日の一件で知っている。
マイヤー中尉が主張するように、この状況下でまともな捜索は不可能。
だが、こいつならば狂ってはいても合理的な解決策を持ち合わせているのではと一瞬勘繰りかけてしまう。
「准尉、貴官はどうだ?」
「はっ、小官も遺憾ながら増強中隊規模程度の捜索では発見に至る公算はかなり乏しいと感じております。」
だが、帰ってくるのはある意味真っ当な解答だ。
「マイヤー中尉殿のおっしゃるように、この条件で航空・魔導制限が課せられては航空魔導師といえども単なる歩兵です。」
実際、航空魔導師も捜索任務となれば数が投入されねば意味がない。
人数分の眼と視界しかないのだ。
悪天候ともなれば、本当にごくわずかな地域を探せるだけだろう。
そういう意味で、デグレチャフ准尉はマイヤー中尉同様に至極真っ当な思考原理で答えていた。
「では、案はないと?」
「…失礼ながら、秘密裏の捜索は必須でありましょうか。」
「何?それは、情報部の要求だ。」
だが、与えられた前提の中では有望な計画を出せずとも。
「ですが、前提は“その”遭難者を隠匿せよとのことであります。」
「つまり、貴官は別の遭難者をでっち上げろと?」
「はい。悪天候故に連絡機が航法を過ち遭難するというのは尤もではないでしょうか。」
前提を、当初目的の達成に叶う形で置き換えるという荒業。
驚くべきことに、前提の変更をデグレチャフ准尉は平然と持ち出してくる。
ある意味で、下級指揮官としては異質な思考だ。
所与の条件下での最善ではなく、目的のための最善追求。
「ガナルダ地区まで航空機で侵入すれば大問題だぞ。」
「ですので、航法を誤れば…」
実際、係争地域に航空機を飛ばすというリスクは看過しえない危険性があるだろう。
仮に航法を誤った民間機だとしても、それがどういう効果を及ぼすだろうか?
その点について、議論の必要を認めかけた准将だが言葉をはさむよりも先に新たなノックによって議論は棚上げとなる。
「失礼いたします!緊急!協商連合より、遭難者の通告です!」
飛び込んでくる通信将校。
議論の気配を察し、一瞬躊躇しているが、口にした内容は重大だった。
「何?かまわん、続けてくれ。」
「はっ、大使館を通じ遊覧飛行中だったDC-45型旅客機が航法を誤りノルデンにおいて信号を断ったと通告です!」
ヴァルコフ准将に促された通信将校が読み上げる通信文。
「我が国に対し、協商連合は捜索・救難活動を行う旨を通告してきました。」
協商連合側も、部隊の投入方法に苦慮していたに違いない。
それは、ある意味においてデグレチャフが提言しようとしていたことの先取りだった。
関係ない民間人の遭難という名目があれば、大規模な部隊をある程度動かしえるにちがいない。
「あくまでも、人道救助が目的であり紛争地域における双方の衝突回避のために事前に通告するものとのこと。」
人道救助とあらかじめこちらに通告してくるところに、外交芸の細かさが感じられる。
これで遭遇戦でもやらかせば、人道救助が妨害されたと盛大に騒ぎ立てることだろう。
かといって、これからこちらも遭難するとすれば先方が展開済みだから探してやると言われかねない。
なにより確率論から言っても、偽装としては不自然極まりないだろう。
「以上の事情により、シェーリフェル協定に基づき48時間の非武装地帯への立ち入り制限を望むとのことです!」
「…先制されましたな。」
故に、理解したマイヤー中尉の呟きはヴァルコフ准将の思いを代弁してもいた。
なるほど、確かに考えてみればそのような手回しで強引に部隊を派遣する方法もなくはなかったのだ。
確か、情報部の言い分では連合王国が出張ってきているとのこと。
連中が出てきているとすれば、確かにこの手の搦め手も理解できた。
当然、こちらにとって望ましくない展開だろう。
そこまで考え、苦虫を噛み潰す表情となりかけたヴァルコフ准将。
だが、意外なことにデグレチャフ准尉は逆に楽になったと言わんばかりに凶暴な笑みすら浮かべていた。
「いえ、考えようによっては此方の数を協商連合がカバーすると考えられませんか?」
喜悦のこもった笑みは、実に攻撃的な笑みだろう。
本人としては、無意識のうちになのだろうが。
だが、実際。
「奴らが大規模捜索をこの悪天候下で強行するというのは、ある程度目処がついているという訳だな。」
確かに、この悪天候下で捜索名目によって大規模部隊を投入するという事は。
目処がついている地点に大量に投入するという事でもある。
そうでなければ、悪天候下で部隊を無意味に摩耗させ尽くすだけの愚挙だ。
相手が賢明であるならば、当然目的のある投入に違いない。
「奴らに案内してもらえば要救助者の身柄奪還乃至処分は可能か?」
「率直に申し上げれば、目的次第ですが可能かと。」
あとがき
やあ、クリスマスとかいうクリスチャンのイベントを皆さんはご存知ですかな?
ブリテン島という島でお祝いされている行事で、まあ、クリスチャンの宗教行事なのでクリスチャン以外には無縁なものなのですけどね。
さて、本日は即興で○ランスの誇る歴史的なエピソード『ド○フュス事件』を元ネタに巻き込まれて苦労する人たちのエピソードをお送りしました。
後、完全に蛇足ですがこの作品では問題解決型アプローチをお勉強いただくことも可能です。
Q:吹雪の雪山の中で回収任務は可能ですか?
①見つけられません!
データによれば、捜索任務はとても損耗率高くて大変です。誰かに代替してもらいましょう。
⇒データに基づく現状認識
②たくさん問題があります!
冷静に分析しましょう。統計上、山で捜索活動に従事している部隊の戦闘力は時間と共に加速度的に低下していきます。だから、横合いから最高のタイミングで殴りましょう。
⇒事実に基づいた提案
③回収できますか?
誘導してもらい、疲れたところで回収します!もっとも成功率が高いプランでしょう!
⇒オーダーメイドの解決策。
なにかのお役にたてば幸いです(´・ω・`)