The Day Before Great War 3:ノルデン北方哨戒任務

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 幼女戦記

⚔️ ああ

 

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⚔️ The Day Before Great War 3:ノルデン北方哨戒任務

Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/29 01:14


「小官の落書きを、領収書代わりに持参したいのですが。」

あの言葉は、今でも思い出す。

『リンテレン戦時回顧録:ノルデンの闇』






















人間は、パンのみにて生きるに非ずといったアホがいる。
衣食住足りて礼節を知るとでも言いたいのだろうが、食というのは断じて軽視されてはならない。
ありとあらゆる生物は、まず食わねば死ぬのだ。

パンのみで文明的な生活を営めるかという議論ではなく、パンがなければ文明がどうなるかと論じるべきだろう。
そして、その観点から見た場合パンの質は死活的な要素だ。

パンの質は、すなわち文明の質でもある。

「…疑問なのだがこの、軍用糧食を考えた奴は自分で食べたことがあると思うか?」

例えば、極寒のノルデンで食べる山岳長距離偵察隊員用(非常食)戦闘糧食というのは人間の食べ物だろうか?

高カロリー食を、栄養バランスを考慮して軽量で持ち運びに最適化したといえばカタログスペックはいいだろう。
粉末ココアを始め、一応のカロリー吸収効率に配慮しているのも評価はできる。
ただ、割り切るしかないのだが、味は壊滅的だ。

食べるだけで、塹壕食とはこういうものかと否応なく理解できる味である。
総力戦学習食とでも名付けるべきだと、個人的には強く提言したいほどの味だ。

加えて、梱包に問題がありすぎる。
防水と撥水、加えて湿度を考慮したのは良いのだろうが固すぎて銃剣でこじ開けねばならない始末。
食糧本体こそ軽量でも、缶の処理は酷く面倒となる。

だが何よりも信じがたいのは、支給されたのは山岳長距離偵察隊用であって冬季戦用でないということだろう。
開発した連中、山には四季という要素があるという事を完全に忘れているらしい。
金属製で冷たくなりやすい梱包を複数抱え、熱量が足りていない状況下での冷たい糧食だ。

消化器官が痛めつけられるうえに、痕跡隠匿のための作業にも酷く手間取る。

「おそらく、可能性の問題ですが、たぶん試食程度はしたのでは?」

低下する体温を回復させようにも、パサパサの固まったブロックを無理やりナイフと歯で削るように食べるのは苦行以外の何物でもない。
炊事の煙で発見されるわけにもいかない以上、そもそも温めることからして簡単ではないというのに。
粉末ココアでも飲めという事なのだろうが、そもそもこの雪山で体を温められるのが粉末ココアだけというのは信じがたいものだ。

しかも、その品質が代用珈琲もかくは酷くないだろうという味とくる。
こんな糧食だろうとも、食事は食事だが文明人のものではない。

「したとしても、快適な兵站部審議室の一室でだろう。連中、ノルデンで食べる耐寒戦における軍用糧食の味がどんなものか想像もつかないに違いない。」

銃剣で無理やり凍りついた缶詰をこじ開けていた部下らの表情も、似たようなものだ。
メインの肉や魚は、基本的に余程温めないと食える固さではないうえに、味も最悪。
其れが凍結しているとなれば、泣き言を漏らさないだけご立派というほかにない。
解凍せずには食べられるわけがない以上、何とか温めるしかないのだが燃料が限られている。

ここまでくれば誰だって文句の一つや二つくらい漏らしたくなるだろう。

「非常食だから、非常時以外食べたくないようにしようとでも考え付いたに違いないだろう。もしくは、作った奴は連合王国のスパイだな。」

「どちらもあり得そうなお話で困りますな。」

「全くだ。」

雪洞を構築し、外部に発見されないように設置された前進傍受拠点。
さらに、後続の山岳猟兵中隊用にいくつかの雪洞まで設置したターニャの小隊は他の部隊と同様に後方兵站部をひとまず呪う。
比較的機動性が高くかつ高カロリーが義務付けられている魔導師でこれだ。

歩兵部隊の上げる怨嗟の声は、神という存在がいるならば間違いなく救いをもたらさねばならないほど。
故に、救いをもたらさない存在Xなど所詮は不味い飯を蔓延らせる非文明的な蛮族と同類だろう。

「いっそ、自分で開発しようかと思うほどだよ。」

三食どころか、雪中行軍のために4食この味覚を殺す味だ。
ターニャとしても、絶対軍用レーションを新規開発して売り込もうと確信するほど革新的すぎる味と言える。
そんな食事を殆ど、嫌々飲み込んでいたターニャにしてみればさっさと帰りたくて仕方ない。
仕事でなければ、なにもこんな蛆虫のような食事に耐える必要はないのだ。

暖かい後方の拠点で、焼いたばかりのサーモンの炙りでのんびりやりたいところ。
ちょっとばかり冷たいのでよければ、スモークサーモンを摘んでもいい。
赤々と燃える暖炉の前で、釣ってきた魚を焼くのもありだろう。

仕事人間にとって、後方のデスクワークに専念しながらの規則正しい上記の食生活は理想である。

「まあ、将来はさておき連中の通信量は?」

「変化がありません。」

だからこそ、ターニャは半分本気でさっさと変化があればと思いながら状況の推移を監視させている。

いや、状況を注視している作戦参加者らの胸中におけるたった一つの共有されている願いと言ってもいいだろう。
誰だってこんな時期に暖かい寝床から係争地域の冬山に入り込んで歩き回るのは望んでいないのだから。

「ただ、アルゴリズムから推測するにどうも連合王国系のコマンドが捜索に従事している模様。」

「何?厄介だな。…我々の装備は協商連合系だぞ。」

一方で、敵さんも捜索に専念しているようだが敵さんはエステルハージ氏の同僚のお友達らしい。
少しばかり頭の痛いことに、ターニャにとって連合王国は馴染みのない相手。
偽装装備は協商連合系であり、ドクトリンも基本的に協商連合を想定してのものだ。

いくら、協商連合の軍事操典が共和国・連合王国から影響を受けているとはいえやはり別物。
慣熟していない領域で、新手と交戦の可能性があるというのは歓迎できないニュースだった。

「…交戦許可は下りておりませんが。」

「分かっているとも。不意の不幸な偶発的遭遇戦が勃発する危険性を検討しただけだ。」

むろん、分隊員がたしなめるように交戦は目的ではない。
実際、最大の目的は秘匿性を保ちつつの捜索活動である。
ターニャにしても、殺し合いで殺されるリスクを上げる意志はないのだ。

ただ、実際最悪を想定しなければ際限なく事態を悪化させかねない。
例えば、損切を渋って廃炉どころかlevel7をやらかした連中も世の中にはいる。
嫌なことだろうとも、想定しなければリスクとは戦えない。

これは、企業戦略にとって最低限度のルールであり経済活動から人間が学ぶべき真理だろう。
かのカエサルが言うように見たくないことを直視できない人間というのは、市場原理によって淘汰されかねないのだから。

「准尉殿もご冗談がお上手で。ところで、お手の猟銃は狼避けですか?」

「当たり前だ。狼や熊から身を守るためには必要だ。」

平均的な猟師達が好むタイプの猟銃は、基本的に護身用として非常に有益だ。
仮に発砲したとしても、地元の猟師達が使用しているタイプなので発砲音・発砲炎を拾われない限りは行動の露見を避けられる。
機密保持の観点から見た場合、足が付きにくい有用な護身具と言えるだろう。

「さあ、行動を再開しよう。そろそろ中隊本隊が来る時刻だ。飯マズ連中と間違っての誤射は避けろよ?」











気の重い作戦というのは、何時だって覚悟を決めていても慣れるものではない。
ノルデンの地図を調べながら、いつの間にか冷めていた紅茶を飲み干し嘆息。
ウォーカー少佐にしてみれば、遅々として進展しない捜索任務にはじりじりと焦燥感を覚えさせられて仕方ない。

長引けば、長引くほどリスクは高まる。
体力を消耗した部隊は、驚くほど深刻なトラブルに巻き込まれうるのだ。
いや、あるいは単純なミスで部下を失うこともあり得る。

とにかく、早く終わってほしい。

ある意味奇遇ながらも、ウォーカー少佐の心情は帝国軍らのものとほとんど似通ったようなものだった。
さっさとエステルハージ中佐を見つけて荷物を回収してほしい、と。
生きている方が望ましいことは望ましいのだが生死問わず、なるべく早く、と。

だが、ウォーカー少佐はそれでも指揮官として最低限毅然とした態度でポーカーフェイスを貫く。

「第一、第五中隊、所定の航路を走査完了。痕跡、発見できていません。」

読み上げられる通信文。

だが、少なくとも問題が起きていないだけそれはマシな知らせだろう。

「第三中隊、針路を喪失。現在、ビバーク中。天候が回復次第、天測で復帰するとのことです。」

「第二、第四中隊、現在天候悪化につき飛行計画を大幅に遅延しています。」

残りの報告は、起こるべくして起こっている問題なのだ。
その意味からみてみれば、まだマシ。
むしろ、トラブルとしては人命を失っていないだけ良い結果だと考えられる程度だろう。

「第二二六捜索救援小隊、第三中隊の捜索を申請しています。」

「捜索に行かせてやれ。それと、第一、第五中隊の中で対地走査術式に長けたものを選抜しろ。規模は小隊でいい。」

「了解です。」

結局、遅延しているスケジュールを何とか取り戻すために行程を終了した部隊を再活用。
問題の最小化と解決を願い、支援部隊を動かし指揮官としての義務をウォーカー少佐は果たす。
それでも、妙に引きつる胃は自分がここまで緊張に弱かったのかと驚くほどだ。

この任務が終われば、内勤か情報分析課にでも転属を願うべきかもしれない。

「少佐、お邪魔するよ。状況は?」

だが、そんな戸惑いにも近い感情は掴みどころのない上役の登場で強制的に閉ざされる。
飄々とした表情で、どこか皮肉気な笑みを携えた初老のミスター・ジョンソン。
あのハーバーグラム閣下に馬車馬のごとくこき使われる有能な情報部の部員。

そして、ウォーカー少佐にしてみれば捜索追跡任務を持ちこんだ人物でもある。
尤もジョンソン氏とて仕事でメッセージを運んだだけだ。
彼が発したのではなく、ホワイトホールのお偉方が根源ではあるのは間違いない。

それでも、思わず厄介ごとを持ちこんでくれたという印象がぬぐえない。
やつあたりに近い感情だとは理性では理解できているのだが。

「発見には、時間がかからざるを得ない状況です。ミスター・ジョンソン。…上はなんと?」

だが、切り替えねばならない。

「机に恨みでもあるのか、或いは我らがハーバーグラム閣下は拳を鍛えることに熱心すぎるのかのどちらかだ。」

「そんなことだろうとは思っていましたが…一体、何を我々は回収するのですか?」

少なくとも、ウォーカーという軍人は軍人としての規範と官僚的な服従性を良く保つ。
それは、組織人として許される範疇の儀礼であり同時に一つの知性故にだ。

上が焦っていることを把握するのは、現地にとって上がどのくらい圧力をかけてくるか察する助けになる。
そして、任務の詳細や目的を知ることが出来れば自分たちの損害を最小化することも叶うのだ。

「何、大した書類じゃないよ。共和国によれば暗号書と、リストだ。」

「は?」

暗号書と…なんだ?
リスト?

一体、何の?

その声なき質問に対し、分かっているとばかりに肩をすくめながらジョンソン氏は簡単に爆弾を投下する。

「共和国が持っている対共和国協力者リストだそうだ。…帝国内の。」

所謂内通者のリスト。
その重要性は論ずるまでもないレベルだろう。

いや、そもそも…それほどのものならば『自前』で回収すべきではないだろうか?

どう考えても、我々連合王国の情報部にみられるくらいならば自前でなんとしても回収するはずだが。

「我々にとっても、真否の疑わしいリストだがね。だが、焼いてほしい人間は多いという事だ。」

無論、その疑問は回収を大使館経由という正気を疑うルートで依頼された連合王国関係者共通の疑問でもある。
機密性を重視し、本来ならばヒューミットで直接伝達してくるべきものをわざわざ正規の外交ルートで寄越すだろうか?

感覚の違いか、重要度を理解していないか、いまいち理解しかねる事態だった。

「実際、ピカール君からもよろしく頼むと言われている。海軍用の相互連絡用の暗号程度ならばともかく、本物ならばリストは不味いだろう。」

だが、少なくともまだ『話ができる』と情報部が判断している人間が懸命に回収を個人的なルートまで使用して別ルートで懇願してきたのだ。
身内の防諜体制を漏らすわけにはいかないのだろうが、少なくともマトモな人間ほど苦労する状況だろうという事は察しがついている。

だからこそ、ジョンソンをはじめとした連合王国の関係者は慎重な腰を上げて動いているのだ。

「そういうわけで、頑張って回収してくれたまえ。」

「最善を尽くします。ですが、あいにくの悪天候です。最悪、雪崩などで流してしまうことをご考慮ください。」

そして、それは上の人間の立場・努力だ。
部下を這いずり回らせ、指揮する人間にしてみればおのずから違う視点も見えてくる。

回収が最善というのは、上の立場だ。
無論、ウォーカー少佐とて回収しなければならない立場なのは理解する。
しかし同時に、彼は指揮官なのだ。

情報部に所属するとはいえ、部下の命に義務を負っている軍人だ。
彼ら一人一人に家族があり、一人一人に人生がある部下を持っている軍人なのだ。
そうである以上、ウォーカー少佐にとってホワイトホールの考える最善というのは非常に飲み込みがたい部分を持つ。

「それは最悪の手段にしてほしいね。帝国のコマンドに取られるぐらいならば、そうするしかないのだろうが…。」

「楽観できる状況ではありませんが、同時に過度に悲観する必要もありません。我々は、可能な最善を尽くすのみです。」

部下の命と、与えられた命令の重さ。
そのバランスを保ちつつ、犠牲を許容するというのは果てしなく苦痛を伴う仕事でしかない。
それでも、ウォーカー少佐は最低限度の求められる最善を追求する。

「結構だよ、少佐。よろしく…」

そして、損耗を顧みず捜索を強行することこそなくとも全力を挙げての捜索活動ということは現実的な解答だ。
ジョンソンとしても、ウォーカー少佐の答えは満足できずとも納得できる範疇のもの。
現地は、最善の努力を尽くしていると上に経過報告を兼ねて保証できると彼は判断する。

そうして、ミスター・ジョンソンが立ち去ろうとしたその時。

「報告!エステルハージ中佐の装備と思しき軍刀を第四中隊が第D6捜索地点付近で発見いたしました!」

通信文を掴んで飛び込んできた若い通信士官。
彼が、叫ぶように伝えた言葉は引きつりつつあった雰囲気を一瞬で解きほぐす。

佐官クラスの軍刀

まず、自然の状態では冬山に転がっているはずのない明確な痕跡。

掴んだのだ!足跡を、痕跡を!

「良くやった!第四中隊に、好きなだけ飲ませてやると伝えろ!」

「アタリですね、少佐殿。」

「中尉、君の勝ちだな。私は、どうやら部下に身ぐるみ剥がれる運命にあるらしい。」

ガーニング中尉の進言を入れて、捜索エリアをシフトさせたのが大当たり。
近頃、トランプでは負け知らずであったもののどうやら任務では部下に負けたらしい。
だが今のウォーカーにしてみれば、喜んで部下の当たりに支払う気分だった。

なんならば、パブを借り切って労ってもいいほどに。

「だがそれも、エステルハージ氏を見つけてからだ。各隊の捜索範囲を再編する。」

「はっ!直ちに。」

無論、全ては終わってからだ。

だが終わりがようやく見えてきたのも事実。

「それと、待機中の二個中隊を遊撃と警戒に回す。即応に格上げしておけ。」

「了解!」

きびきびと動くガーニング中尉が、それでもわずかに足早に駆け出す。
それを隣で見送ると、それまで口を閉じていたジョンソン氏が笑顔を浮かべながら帽子をかぶり直していた。

「どうやら、流れが変わったようですな。」

微笑み返しながら、ウォーカー少佐は肩の荷が半分降りたとばかりに頷く。
少なくとも、確保目標の痕跡は確認できた。
まだ書類を回収する必要があるだろう。

とはいえ。

正しい方向で目標を追っているのだ。

「ええ、お聞きになった通りです、ミスター・ジョンソン。」

「ご成功をお祈りし、指を組んでいるとしましょう。では、失礼。」











思わず、ウォーカー少佐らが歓喜の声を上げたとき。
対峙している帝国軍も、情勢に変化が起きつつある兆しを捉えることに成功していた。

「通信量が急激に増加しました。部隊の移動と思しき兆候もとらえております。」

報告を、受ける中隊司令部。
その場に居並んだ各隊指揮官にとっては、ついに来るべきものが来たということになる。

「なにがしかの手がかりを見つけたようですね。」

端的に状況を言い表すデグレチャフ准尉の分析は妥当だろう。
実際、マイヤー中尉としても敵通信量の増大と我が発見された兆候のないことから同じ分析をしている。

「…だが、連合王国部隊は想定を大幅に上回る規模か。」

しかし、同時に傍受された通信の規模や地上走査波と思しき魔導術式反応から多数の捜索部隊の存在が示唆されていた。
角度でいえば、ほぼ確実に有力なる敵捜索部隊の兆候をとらえたと判断すべき状況だ。
マイヤー中尉としては、当初の想定を大幅に凌駕する敵部隊との交戦は避けるしかない。

彼の山岳猟兵中隊と、デグレチャフ准尉の小隊で増強中隊規模。

「確認されただけで、2個中隊。さらに、通信の兆候をとらえる限り最低でも他に2~3個中隊は展開中です。魔導部隊だけで、です。」

観測班の読み上げる敵戦力は、遅滞戦闘が望みえる程度の敵戦力。
言い換えれば、横合いから殴りかかって鞄を奪って離脱など望みえないほど戦力差が出ている。

率直に言ってしまえば、ここまで大規模に連合王国系の部隊がノルデンに展開しているという事がありえなかった。
情報部の事前分析でさえ、共和国・連合王国の教官や錬成関係者が派遣教官として出てきているという程度。
関係が深いとは予想されているものの、ここまで明瞭にノルデンの帰属をめぐって連合王国が協商連合に肩入れするというのは予期されていない。

「観測できない地上部隊を含めれば、増強大隊以上、下手をすれば旅団規模の捜索部隊が出張ってきています。」

まして、大隊規模以上の部隊をノルデンに投入?
協商連合に派遣した自国軍人を『人道目的の遭難救援任務』に投入しているとはいえ露骨すぎるパフォーマンスだ。
かといって、是と交戦に陥るなど外聞が悪すぎるだろう。

人道救助を妨害した帝国という見出しで、翌日には全世界にばら撒かれるに決まっている。

「…あまりに、政治的に過敏すぎる状況です。」

そして、居並ぶ士官らとしてもその程度のことは理解できていた。
国境研修とは、早い話がそういう微妙な政治的な機微を理解させるためのものでもあるのだからある意味当たり前だ。
だから、デグレチャフ准尉が『政治的に過敏すぎる』と暗に再考を促してくるのは至極もっとも。

実際、マイヤー中尉とて許されるならば退きたい状況だった。

第三国と、係争地域で本格的な武力衝突など面倒以外の何物でもない。
同時に、その地域が係争地域として外部からの干渉と介入を招きかねないだろう。
当然、そのような契機を招くべきではない。

しかしながら、では衝突を恐れて譲歩できるかといえばそれも別だ。
協商連合主張地域に展開している他国部隊に配慮して撤退したとなれば、その線を認めたと取られかねない。
当然、事実上の国境線画定だ。

それは、それだけは帝国としても受け入れがたい。

「マイヤー中尉殿、現状では強襲強奪案はとても現実的とは。せめて作戦の変更を進言いたします。」

故に、別の隊の小隊長が提言してくれた作戦の変更は必然だった。
実際のところ、何か解決策を探らざるを得ない状況なのだ。
この状況下において、最も機動性が高く戦力としても期待できるのは少数精鋭の部隊。

「同意しよう、准尉。君の隊で探ってこられるか?」

故に、マイヤー中尉は将校斥候の中で最も発見されずにやり遂げられる少数の実績ある部隊としてデグレチャフ准尉の小隊を選ぶ。
こんな子供のような外見で、一見する限りでは頼りないことこの上ないデグレチャフだが実績はあるのだ。
ノルデンを歩いたことがある将校であれば、そこで長偵資格を持つ人間を外見で判断することは至愚と判ずる。

だからこそ、マイヤー中尉はごくごく単純にデグレチャフ准尉を優秀な魔導士官と認識していた。
後方待機中とはいえ、この年齢で長距離偵察に従事できる魔導師。
はっきり言ってしまえば、マイヤー中尉の判断は常識に依拠した無難な発想だろう。

政治的に微妙な情勢下、交戦を回避しつつも情報がほしいという指揮官の葛藤。

だから、行けるかと一番有望な隊に聞く。

「一般情報に限られますが、索敵程度であれば可能かと。」

「よし、仕事に取り掛かってくれ。任意行動を許可する。」

そして、ある程度探ることならば可能だという返事は至極まとも過ぎるほどにマトモな答え。
過度に冒険心があるわけでもなく、緊張でもなくできることを行うだけだという姿勢。

デグレチャフ准尉の隊がこれまで先行して仮設拠点を構築している手際一つしても隠匿もかなりの技量だった。

…子供に頼るか、という自嘲じみた感情を除けば問題は何もない。

「は。ご命令を。」

「敵情を探れ。ただし、極力交戦を避けつつも回収が可能であれば回収を。」

故に、マイヤー中尉の命令は至極常識的な判断から下される。
無理は避けるべきだが、回収できるならば裁量権を与える、と。

「了解いたしました。」

ただ、彼はたった一つだけ、あることを知っておくべきだった。
ノルデンにおけるデグレチャフの行跡は、完全な順法精神と規律への忠実な軍人だと。
言い換えれば、ルールで奴を縛るために後に国際条約の『ガス戦規定』に追加条項が加えられるほどの劇物だという事を。

早い話が、マトモな結果を望んで派遣すべき軍人ではないと。



あとがき

やあ、あけおめ。

取りあえず、当分多忙につき更新が微妙に遅れることをご海容くださいorz

いや、遅れないかもしれないんですが・・・

取りあえず、ノルデン哨戒は後1~2話くらい。次は、ゼーさんの若いころでも。

誤字修正しました。


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