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 幼女戦記

⚔️ ああ

 

01. 02. 03. 04. 05. 06.
00 01 02 20 21 40 41 60 61 80 81 1₀₀  □

⚔️ 第一話 学校生活        カルロ・ゼン 2012/04/22 18:35


やあ、平和な日常から、戦場報道を見て、ひどいねとつぶやき、ランチに戻る常識人諸君。
おいしく、楽しい、ランチの最中に、このように泥まみれで薄汚く、硝煙臭い軍装で誠に失礼。
時に、紛争地域の原油で、他国船舶で、飢えている国々から輸出される原材料で食べるランチとはおいしいのだろうか?

まあ、おいしいのだろうね。
飽食万歳といったところかな?
ああ、気を悪くしないでほしい。
別段、嫌味を言うつもりはなかったんだ。

いかんせん、我々のランチは、泥まみれになって演習場で食うレーションか、スパムばかりでね。
もちろん、純国産だ。多国間で輸入封鎖を喰らっている地域で、外国産のものは、まあそうない。
こちらの同盟国との貿易もあるにはあるが、食糧の優先度は果てしなく低い。
なにしろ、自給できるのだ。必然的にだ。希少資源や原油が優先されてしまうということにすぎない。
要するに、バリエーション豊かな食事とは、程遠い生活なのだよ。
唯一の利点は、風情ある大自然の中で、虫達の鳴き声を聞きながら、食べられるということくらいだ。
虻や蚊が、たくさん湧いている野戦演習場を風情というならば、だが。

まあ、そんなわけで、少しばかり羨ましいと思っただけなのだよ。
気にせずに、お食事を続けてくれれば、幸いだ。

では、始めまして。ターニャ・デグレチャフ魔導少尉候補生だ。
なんと、クソッたれの軍隊め、8歳児を、帝国軍魔導士官学校に入れやがった。
てっきり、義務教育が終了するまでの余裕が有るかと思っていた。
なんでも、戦時特例だそうで、魔導師の強制徴募対象となるのが嫌なら、士官学校しか選択肢がないと。

連中、小学生くらいの子供にすら、軍事教練を始め出した。
魔導師適正の高い子供は、子供であっても幼年学校という名目で、囲い込む気が満々である。
ちなみに、笑うほかにないのだが、幼年学校には、入学資格として年齢制限がある。

だが、士官学校にはないのだ。
ある意味では、実力主義ここに極まれりとも言うほかにないだろう。
ちなみに、軍幼年学校をでても、士官にはなれない。
つまり、兵となるか、士官となるか、この年齢で魔導師は決めろと言いやがるのか?

まあ、自分の適性の中途半端な高さを呪うことにしよう。
主よ、存在Xに呪いあれ。つまり、神が、存在Xであれば、自分を呪われたし。
違うのであれば、神を詐称する奴に災いあれ、というわけである。

今すぐにでも、何とか、この狂った世界から抜け出したいが、そうもいっていられないらしい。
そういうわけで、士官学校の試験に飛び込み、無事合格というわけだ。
曲がりなりにも、中身がそこそこにはエリート出ということもあって、さすがに、この程度は受かるよ。

なにしろ、本気でこれしか選択肢がないとわかれば、人間どんなことでもやれる。
まして、子供の頭というのは、学習機能に関して天才的なのだ。
幼児は、全員天才だと、改めて痛感せざるを得ない。言語一つとっても、幼児は、勝手に習得できるのだ。


まあ、そういうわけで、楽しい楽しい魔法のお勉強だ。
極論からいうと、生まれ持った才能依存の誤魔化しとも言うのだが。

なにしろ、個々人の魔力絶対保有量は、個人の魔力保持可能量に依存する。
まあ、タンクにどれだけ入れられるかということである。

そして、魔力の供給は、個人の魔力生成可能量による。
ようは、タンクにどれだけ給水できるかということである。

で、魔力放出量は、一時に行使できる魔法の規模を決定する。
つまり、タンクから、どれだけ最大量水を出せるかということである。

生まれ持った才能依存というのは、要するにタンクとホース、それに、給水力は、変えられないということにある。
無論、運用によって、生まれ持った差をカバーすることはできる。
だから、我々は、それを運用によって誤魔化す教育を受けるのである。
だが、適性が高い方が、有利であるのも、紛れもない事実。

故に、魔導師の戦力化に際しては、魔力による事象の発動を、効果的に行うべく、演算宝珠が重要となる。
世界に干渉し、変化を強制的に惹き起こす魔法。
その干渉力を最大化するために、最適化する演算宝珠は極めて重要な要素だ。

演算宝珠抜きでは、人体発火や、不思議パワーでテレビを騒がす程度の干渉しか世界には行えない。
逆に、適切な演算宝珠と一定以上の魔力があれば、個人で重火器並みの火力を行使し得る。
この発見は、この世界における軍事革命とも言うべき大発見であった。
当然、魔法という、これまで否定されていた概念の再評価と、魔力保持者の捜索が各国で行われるようになる。
これが、だいたい150年程前の話である。
まあ、ここら辺は、さほど重要でない魔力理論史や、魔力‐人体相関論の専門なので、促成教育に伴い省かれている。
興味があれば、図書室で漁ればよい。

それほどの、ものだ。
演算宝珠の価格は、品質による差があるにしても、極めて高価なものとなっている。
我々、魔導士官候補生に支給されている量産型一つで、我が軍の主力戦車並みの価格。
量産型でこれだ。個人向けにカスタマイズされた代物など、戦闘機並みの価格という。
まして、初期の演算宝珠は、あまりにも高価すぎた。
ゆえに、各国ともに研究にこそ取り組めども、本格的な実戦での運用となると、及び腰にならざるを得ないでいた。

例外が、列強としては新参格に相当する帝国である。
もともと、軍事大国として名高い国家であるだけに、その潜在的な可能性を高く評価。
むしろ、積極的に投資、研究に勤しんだ。
結果は、今日でも帝国が魔導戦力における優越を確保していることからも明白だ。
最も先駆的に魔導師を実戦投入した事で、投資に見合うだけの配当を手にしている。
それほどまでに、バルミラ極地事件、カラドニア半島介入戦争などの最初期における魔導師の軍事的戦果は絶大であった。

極端な例えだが、最も優秀な魔導師一人で、小隊から、中隊を一人で相手取れるのだ。
機動性は、歩兵でありながら、機械化部隊並み。
費用対効果を考慮しても、帝国の先見性は間違いなくあった。
・・・少なくとも、帝国軍魔導士官学校はそう主張している。
加えて、列強各国もそれ以来、なりふり構わず、魔導師の戦力化に励んできた。

では、そんな世界の戦争だ。
さぞかし、リリカルで、ファンタジーかというと、実に合理的にできている。
可能な限り、魔導師の能力を均質化し、戦力として、汎用性を確保しようという努力は涙目めぐましいほどである。
わざわざ、陸軍と分離した形で、空軍に続く第四軍として魔導軍があることを思えば、其の程が分かる。


だが、問題点が二点ある。
まず、個人差が大きいのだ。どうしても、個人技の範疇が大きい。
さらに、魔導師の絶対数が、少ない。
なるほど、かき集めれば、数個師団、或いは、無茶をすれば軍団程度は、編成できるかもしれない。
だが、それが限界なのだ。それでは、全面戦争はできない。
100万の予備戦力を持つ相手国がいるとして、せいぜい2~3万の魔導兵だけでは、物量に蹂躙されるのみだ。

当然、通常の質量兵器が飛び交う世界で、時たま魔法が飛び交うという何とも夢もかけらもない戦争が繰り広げられる。
そして、帝国は、戦争が大好きだが、どうも発想が私の世界で言うところの一次大戦型だ。
つまるところ、機械による生身の虐殺が、待ちかまえているか、二次大戦のようにボロボロにされるかだ。

世界中で、小競り合いが頻発し、各列強の代理戦争が前哨戦として始まっている。
一応、帝国と各列強は名目上中立関係ではあるが、情勢はいよいよ緊迫してきた。
神と、悪魔も、もうすぐ大忙しとなるような、とにかくろくでもない世界の蓋が開きかけている。

そんなご時世だ。
士官学校の教育を時間をかけて何年もと、ご丁寧にやってくれるはずもない。
情勢の悪化に伴う、短期促成というやつだ。
本来は、4年かけて行う教育を、なんと2年でやるという。
それも、魔導師としての訓練と、陸軍部隊との協同の関係上不可欠な陸戦に関する教育込みでだ。

一年目に行うべき普通学、つまり物理・数学・語学・一般教養は、なんと任意学習対象ときた。
さすがに弾道計算や魔導処理係数程度はやるにしても、公式を叩きこまれ、あとは実地だというではないか。
体力育成を兼ねて、野外演習に、魔法理論を、一年目で、徹底的に履修。
最後の、2か月ほど隊附という名目で、野外行軍の一環と称して国境付近の陸軍部隊で研修。
不幸な誤射や、偶発的な暴発事件が頻発する愉快な、国境音楽を子守唄にトーチカの薄暗いひと隅で死んだように眠る2か月。
これにて、二号生から、一号生に進級となるわけだ。

その後は、より高度な戦術的指導や、各種技術の研鑽と、二号生の指導というわけである。
ここで、部下の扱い方をまなび、あるいは、魔導師としての専門的な戦闘技術を身につけることとなる。
そして、実質的に陸軍の指揮系統に組み込まれることになるため、2ヶ月ほどは陸軍士官学校で最終課程を行う。
これで、陸軍側の試験に合格できれば、晴れて、教育が完了することになる。
この2年の教育を完了すれば、どうなるかと言えば、栄光ある帝国軍魔導少尉殿に任官できるという次第。

どういうことかと言えばだ。
9歳児の先任少尉候補生様として、英雄願望の間抜けどもを、教育しなおすという、大変ありがたい職責を賜ったのである。

そんな、時間があれば、自分が生き残るための研鑽をしたいので、正直迷惑極まりない。
しかし、微妙な問題として、私は比較的成績優秀な少尉候補生として、この任務を与えられている。
つまり、より上級の選抜将校としての、資質をテストされている身でもあるのだ。

率直に言うと、連中がいつ死のうが、私の知ったことではない。
だが、連中の統率を失敗すると、私に無能の烙印が一つ押され、その分、価値がないとみなされるわけだ。
そうなれば、生存率に良からぬ影響がもたらされることとなるだろう。

「栄光ある帝国軍魔導士官学校の狭き門を潜り抜けてきた、諸君。合格おめでとう。」

貧しくとも、ただで学べるうえに、給料さえもらえる素晴らしい環境だ。
当然、競争率は軍が小競り合いで死者が出ていようと関係ないようだ。
自殺死亡者どもか?選択肢がなくて、ここに消極的選択として入ってきた、私と同じ口は何人いる?
まあ、うん、学歴エリートの仲間入りおめでとう、と言ったところだろう。
落ちこぼれたら、相当悲惨だが。

「私は、諸君ら二号生の指導先任となるターニャ・デグレチャフ一号生である。」

本来ならば、四号から始まるべきにもかかわらず、促成教育とのこと。
ここにいるのは、わずか2期分に過ぎない。
だから、こんなにも、不慣れで、遣りたくない仕事を、気がつけば遣る羽目になっている。

しかし、教育任務に従事する私の同輩は何人くらいだろうか?
命令とあれば、即座に行動。軍の原則というだけのことはある。
先立って、私が指導先任となることを教えられたのは、つい1時間前だ。
本当に、嘆かわしいくらいドタバタしている。

「はっきりと言おう。我々は、実に困難な情勢において、常に最良の結果を求められる。」

というか、死ぬような戦場に行きたくない。
捨て駒にされたくなければ、私は、常に帝国にとって惜しむに足る価値を提示する必要がある。
人事の発想は、究極的には費用対効果だ。
軍隊の評価とは、極めてしまえばコストの発想に近いものがある。
要するに、ここで使い捨てても惜しくないか、最後まで使いたいかだ。
まあ、兵隊を使い捨てとはさすがに思いたくないが。

「だが、安堵してほしい。我々は、貴様らに期待しない。だから私としては、望む。私を絶望させるなと。」

名目上、指導する義務があるが、これは率直な意見でもある。
自分の身を守ることが最優先。諸君が、弾よけにでもなってくれるならば、大歓迎。
せいぜい、無能で無いことを期待したい。

というか、足を引っ張らないでいてくれればベターだ。
出世に役立つなら、ベストと表現してやるが。

「断わっておくと、私の使命は、帝国軍の防疫である。すなわち、無能という疫病を、帝国軍から排除することにある。」

大学の教授に偏屈なゼミ指導で有名な教授がいたが、今ならお気持ちがよくわかる。
無能な学生、それを社会に出すことで、自分の評価がどうなるかわかるのだ。
当然、間引くにきまっている。その程度も間引けないと、評価されたくはない。

「かかる情勢下において、帝国軍に無能が蔓延するを許すは、罪ですらある。」

ついでに言えば、ここで建前論を言っておくことは、保身にもつながる。
軍事国家で、国家への忠誠心を疑われるほど厄介なことはない。
さすがに、帝国に政治将校はいないとしても、面倒事は避けるべきだろう。
逆に、忠誠心が確かだと認められれば、後々生き残りやすい。
敗戦後は怖いが、だからこそ負けられないし、ついでにいうならば、そこまで生きていられるかが先だ。

「諸君は、48時間以内に、私の手を煩わせることなく、自発的に退校可能である。」

居並ぶ新入生を、何とも無しに見やりながら、できれば、有能、無能関係なく、減ってくれることを祈りたい。
有能すぎれば、競争相手になり、無能すぎれば、足を引っ張る。
まあ、有能な分には、我慢もできるが。
本当に、救い難い無能は、今後の私の評価に悪影響を及ぼしかねないので、なんとしても排除する必要がある。
早期自発的退職を募集するようなものだ。

「誠に遺憾ながら、48時間有っても、自分が無能であると判断できない間抜けは、私が間引かねばならぬ。」

誠に、遺憾ながら大半の新入生は、10代後半である。
すなわち、それほどの年月がありながら、自分が有能か、無能かの正常な判断ができないアホもいるわけである。
まあ、見た目ようじょにこれほど悪しざまに罵られているのだ。憤っている連中が多数いるのが、正常な反応。
とはいえ、馬鹿ばかりだというのがよくわかる。子供ではないか。戦争に連れて行って何が楽しいのだろうか?
つまるところ、これは愚痴に過ぎないが、それでも言いたい事として、口に出てしまう。

「まあ、ヴァルハラへ行くまでの短い付き合いではあるが、新兵諸君、地獄へようこそ。」

まあ、できれば、諸君が行くまでの間、となるのが一番理想的ではあるが。
ともかく、歓迎しよう。新しい新入生に多少愛想を振りまいておくのも重要だ。
かつては説明会の後で、少々無感情すぎると上司から注意されたものだけに、一応気を付けたい。
嫌われ過ぎると、下手なところで、足を引っ張られるのが、人間社会なのだから。

視点変更:一般

「栄光ある帝国軍魔導士官学校の狭き門を潜り抜けてきた、諸君。合格おめでとう。」

あれほど、淡々と祝われては、言祝がれている当事者達が、それと気付かないのではないか?
そう、おもわず益体もないことが、頭をよぎるほど、彼女の第一声は平坦であった。
成績だけ見るならば、優秀な生徒だ。

やや、理論よりも実践を重視する傾向から、微妙に評価が難しい。
しかし、席次こそ、第3席だが、首席との点数差はわずかに3点。
長距離非魔導依存行軍と、近接格闘演習以外の教科では、彼女が常に一つ頭飛びぬけている。
体格や、そもそもの年齢を考慮すれば、実質的に首席と言ってさえよい。

そう、評価は難しい。
9歳児として、天才であると評すべきか、9歳児にして、完成しているというべきか。
ともかく、必要な水準を満たしてはいる。

おそらく、彼女は必要とあらば、明日からでも現場に出せる。それほどまでに、完成されているのだ。

間違いなく今と同様に、唐突に小隊や分隊を与えられても、動じることなく掌握するだろう。
というか、既にした。やってのけた。

今さらながら、本当に、9歳の餓鬼かと、思わず教官達で頭を抱えるだけのことはある。

魔導師の精神は概ね早熟だとしても、これは異常だ。
普通、大多数の見ず知らずの人間の前で、前準備なしでのスピーチ。
確かに、士官ともなれば、これは当たり前に行うべきことだ。
しかし、間違っても士官学校の生徒が慣れているようなことではない。

「私は、諸君ら二号生の指導先任となるターニャ・デグレチャフ一号生である。」

彼女は、なんだろうか。
そう、我々の教え子である、一号生だ。
しかし、我々は彼女を教えているという実感がない。
まれに前線研修で人が変わるという話は聞くが、この一号生、二号生の時からなんら変わらない。
つまりは、これが地なのだ。

「はっきりと言おう。我々は、実に困難な情勢において、常に最良の結果を求められる。」

そう、情勢が悪化しているのは、周知の事実。
だが、彼女ほど、そのことを深刻に受け止めている人間は、現役でもさほど多くはない。
研修先の陸軍部隊からは、陸軍大学への推薦状が二号生の時点で送られてきている。
曰く、今すぐにでも、陸軍に欲しい。

「だが、安堵してほしい。我々は、貴様らに期待しない。だから私としては、望む。私を絶望させるなと。」

有象無象を眺めやる視線は、なにがしかの矜持をもつ新兵ならば、反発するに足るだろう。
過酷な教練を乗り越えるためには、その何くそという反発が大きな力となる。
自分達も、新兵のころは指導軍曹を鬼か悪魔かと思い大いに恨んだものだ。
それを、思えば彼女の演説は新任どもを迎える上で、最適の選択をしている。
だが、今さらであるが、自分と年が変わらないどころか、幼い少女だ。
それを為しているということを、二号生は理解できていないのだろう。

「断わっておくと、私の使命は、帝国軍の防疫である。すなわち、無能という疫病を、帝国軍から排除することにある。」

だが、これは、彼女の嘘偽りなき本心だろう。
新入りの彼女を侮った当時の指導先任である一号生は、今や使い物にならない廃物とされている。
戦略・戦術理論で、新入りに足を取られて、教官から苦言を言われた。
総合分隊対抗演習で、洗礼を浴びせるべき一号生が、二号生の分隊に打ちのめされるという最悪の記録を刻まれた。
極めつけには、魔導師として、条件的優位にありながら、教導演習で一方的に弄ばれた。

自我のつよい人間が、発狂してしまうには、十分すぎる条件だった。
なによりも、当時の指導先任生を発狂させたトリガーは、彼女が、彼をそもそも歯牙にかけないことだった。
彼女にしてみれば、彼は、無価値であり、同時に、積極的に排除するほどのものでもないという認識。

「かかる情勢下において、帝国軍に無能が蔓延するを許すは、罪ですらある。」

まさしく、彼女は有能極まりない防疫官であった。
帝国の利とならない、無能は排除し、弾よけ程度は、容認する。
無能を蔓延させるは、罪だというのも完全な本心だろう。
費用対効果の概念に、実に忠実だ。・・・忠実すぎるほどに。

「諸君は、48時間以内に、私の手を煩わせることなく、自発的に退校可能である。」

低能がいるとすれば、48時間の意味を知らない間抜けくらいだろう。
入学後、48時間に申し出れば、入校辞退と同じ扱いになる。
つまみだされるのと、辞退を申し出るのでは、全く意味合いが異なる。
覚悟なきものを、選別するという意味にいては、まあ、配慮された制度だろう。

「誠に遺憾ながら、48時間有っても、自分が無能であると判断できない間抜けは、私が間引かねばならぬ。」

遺憾と言うが、彼女は、仕事と判断して、一切情け容赦なくやりかねない。
むしろ、其の手間を惜しむかのようだ。いや、そうなのだろう。
どうも、彼女は、極端だ。
矯正できる可能性を、評価せずに、費用対効果なしと判断すれば、すぐ切る傾向がある。
教育者としては、微妙だろう。
実戦指揮官向きなのかもしれない。
確かに、前線では、無能は最悪の悪夢を味方にもたらす。

「まあ、ヴァルハラへ行くまでの短い付き合いではあるが、新兵諸君、地獄へようこそ。」


視点回帰:デグレチャフ

さて、士官学校の一日とは、清掃に始まり、野戦演習その後の用具整備で終わる。
極端な事であるが、促成教育で求められるのは、実戦的な士官である。
当然、おかざりでなく、実戦で戦える事が求められる。
どこまで、達成できるかという問題はあるにしてもだ。
だからこそ、徹底した教育が追求される。
そのため最近では、教育プログラムがより実戦的になりつつあるという。

例えば、一号生になって、最初の山場が、銃殺隊だ。
社会の屑と上層部が判断した、標的。つまりは、死刑囚を我々候補生が処刑し、二号生は楽しい見学タイムとなる。

本日私は、自分の分隊を率いての、第二回目の銃殺隊である。
といっても、前回同様、教官の指示に従って、発砲するだけであるが。
的となっているのは、連続婦女暴行殺人犯。
検察、弁護の双方が、事実認定ではなく、被告の精神状態と情状酌量で闘争したというから、真黒である。
だから、こうして、我々の下に送られてくるわけであり、私が銃殺隊を指揮している。

ちなみに、こう言ってはあれだが。
経験談として言うならば。一回目は比較的楽だ。なにしろ、死刑にふさわしい犯罪者だと自己欺瞞できる。
引き金は、随分と引きやすい。だが、そのあと、自分達で撃った人間を、殺したのだと実感させられる。

なぜ、その日に限って朝食が軽めのものになっているか、よくよくわかるというものだ。
貴重な食料を、大地に還元する間抜けどもに喰わせるのは、確かにおしい。
軍隊とは、どこまでも、合理的な発想を重んじる組織であるということが、良くよくわかる。

加えて、長距離襲撃訓練は、抜き打ちで発令されるが、夕食が、妙に豪華であると、それがシグナルだ。
最後の晩餐、というわけでもないが、さっさと飲み込まなければ、食堂にやってきた教官殿の指定する時間に間に合わない。

本題にも戻ろう。
今日は、分隊で、死刑執行という実に精神衛生上愉快になれない仕事を行うわけである。
午前中の戦術論は、上の空になるのも、無理はないと言いたい。

「おい、デグレチャフ一号生。想定条件、攻勢。この状況で半包囲下におかれた部隊の取るべき戦術を述べよ。」

「はい、中央突破、背面展開、包囲殲滅が最適であります。」

どこぞのグータラ元帥ぐらいしか、やってのけられる人間はいないと思うのだが。
ブラックホールを背水にするのは、戦術であってもやりたいものではない。
まして、敵前でやれるかと言われればノーだ。
まあ、紅茶党は趣味が悪いから、麗しき珈琲党としては、真似すべきでないのだろう。

「状況防衛、かつ敵戦力が優勢の場合。」

「はい、一点突破による離脱、もしくは遅延部隊を設け、後退を推奨致します。」

最大のロマンは、当然島津さんちのまねごと。
関ヶ原からでも敵中突破は不可能じゃなかった。イエス、ウィ―キャン。
捨て奸は、エグイよね。人間業じゃないと思う。
理論上ならば、いくらでも選択肢がある。

「貴様が、分隊指揮官であるとする。この状況下での遅延戦闘の本旨は?」

分隊指揮官?
随分と、選択肢が乏しいシチュエーションである。
たぶん、指揮官に任官するとすれば、確かに分隊指揮官から始まるから、序の口としては当然か。

「はい、狙撃戦術が最適かと判断します。」

一人の犠牲で、みんな、特に自分が逃げられるのだ。
美辞麗句を尽くしてでも、これに限ると思いたい。
もちろん、全体には、そんなことは言わないが。
部隊と命運を共にする?お断りだ。給料くれる分以上の貢献は、する気がない。

「想定を追加、撤退が許可されない場合。」

「はい、敵の損害最大化、もしくは敵拘束時間の極大化のどちらかを戦術目標に設定していただきたいと思います。」

死守するなら、理論上は、敵に損害が大きすぎて、攻略を別の方に向けさせるか、拘束戦をするかだ。
当然、最後の最後で、降伏するし、指揮官の私は最後まで生き残るつもりであるが。
言うまでもないが、敵の捕虜となるのは、敵の物資を浪費させ、補給線に負荷をかけるためだ。
ようは、生き延びたい名目だけどね?
逆に拘束するだけなら、ひたすら守ればよい。
排除したい地点に拘束するというだけで、大きな戦果なのだ。

「何れの場合も述べよ。」

「はい。敵損耗最大化を目的とする場合、伏撃より混戦に持ち込み優勢なる敵支援投射能力の無力化に努めつつ、近接にて刺し違えます」

半包囲されるということは、要するに敵の支援火器になぶられるということを警戒する必要がある。
ならば、混戦こそが最も敵にとっては望ましくない戦闘だ。
なにしろ、誤射を恐れずに発砲し、こちらもろとも優勢な敵軍が吹き飛ぶか、泥沼の消耗戦かを敵に強要できるのだ。

「そして、敵拘束時間の最大化でありますが、少数の部隊を殿軍とし、ゲリラ的に出血を強要する戦術を採用します。」

具体的には、島津@関ヶ原である。捨て奸舐めると、撃ち抜くよ?
あの戦術を魔導師がやると、敵拘束は完全に目標を達成し得るだろう。
一人で、下手をすれば一般の歩兵中隊並みの戦力が分散して、遅延防御に努めるのだ。
突破には最大限の戦力を必要とし、多方面で戦力を展開する必要があるために所定の拘束は達成し得る。
なにより、島津とて、関ヶ原から主将は生き延びている。
私も、その過去の成功にあやかりたいものだ。

「・・・大変結構である。」

しかし、微妙に気になるところがある。
生き残り、存在Xに報復するためにも念を押しておくべきことだ。

「教官殿、質問をよろしいでしょうか。」

「かまわん。なんだ?」

「はい、半包囲下におかれるという想定は、攻防戦でありえる設定であります。」

例えば、一番ポピュラーな浸透強襲における第一挺団のような例だ。
第一挺団は戦線を突破し、突破力を消耗した際、後続の到着まで耐えることが求められる。
だが、それは友軍部隊が存在する戦場で、複数の連携を前提とした過程だ。

「その通りだ。一般的に、部隊の孤立は忌むべきではあるが、ままあることである。」

突破破砕射撃で粉砕でもされない限り、突破戦において、一時的に孤立することはままある。
だから、半包囲下で持久せよという、想定は士官ならば、ごく当たり前にやらされる命題といえよう。

「はい、ですが、敵が優勢、かつ後退が許されない状況とは?」

だが、敵が優勢、かつ後退が許されない状況というのは、微妙な想定だ。
たいていの場合、殿軍やそれに準じる形式とならざるを得ない。
少なくとも、攻勢に転じるまでの遅延防御ではなく、攻勢下での耐久とは、負けている側の軍隊だ。

「なにが、言いたいのかね?」

「はい、死守命令が、下される状況は、どの程度ありえるのでありましょうか。」

できの悪くないオツムは、この子供の体故に大量のエネルギーをどうしても必要とする。
だが、解答は導き出せる。最も一般的な予測は、我が軍が不利になりつつあるということ。
しかし、未だ列強間での本格的な衝突が始まっていないこの現状で、その予測はどこからくる?

「珍しいな、怖気づいたのか?」

っ、要するに、頭でっかちであることを見破られて?

顔面が、思わず強張りそうになる。
ばれたら、発覚したら当然戦意過小との評価で、内申に響く。

「はい、いいえ。教官殿。」

声は、震えていないだろうか?
最大限、平静を装っているつもりだが、動揺を表に出すわけにはいかない。
相手の眼を、耐えがたきを耐える意志で持って睨み返し、内心の動揺を糊塗せねば。

「・・・ならば、よし。」

⚔️ あとがき


誤字ZAP
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