幼女戦記
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ああ
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第四〇話(外伝追加) カルロ・ゼン 2011.11.13 23:03
追撃戦をやる時は、速度が大切。
そんなわけで、更新速度も速度が大切。
珍しく、更新速度を上げてみたりします。
長続きしませんがorz
それにしても、ここまで続くとは思っていませんでした。
ご愛読に感謝を。できれば、これからもご愛顧ください。
四〇話まで来れるとは・・・。
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第四〇話(外伝追加) カルロ・ゼン 2011.11.13 23:03
その光景は、まともな軍人にとって信じがたい光景であった。
直視に耐えないと言ってしまっても良いだろう。
血を吐くような呪詛。
胸倉をつかみあげる手は力強いが同時に酷く小さな手。
歪んだ表情と嘆願するような声色は、破滅を避けるための請願。
いや、救いを求めるような歎きの声色ですらある。
「一時間で世界を手に入れるか、全てを失うかが決まるのです!」
規律も、規範も、軍規も。
模範的と誰からも、それこそ彼女を本能的に忌み嫌うレルゲン氏ですら認める軍人がだ。
周囲の眼も憚らず、一切合財それらをかなぐり捨てて上官の胸倉をつかんでほとんど脅迫まがいに叫んでいる。
百戦錬磨の野戦指揮官。
無理難題を平然と成し遂げる練達の将校。
艦隊の防空網に気軽に突入できる恐れ知らずの魔導師。
暗い夜の帳を我が物顔で徘徊する夜戦のプロフェッショナル。
おおよそこの世で最も恐怖という感情とは程遠いであろう賞賛を一身に集める人物がだ。
誤解の余地のないほど顔を青ざめて叫んでいた。
「たった、たった500キロ!そこに、世界のカギがあるのですよ!?」
右手で指し示された地図。
つい先ほど、発見の報告があった不審な輸送船団が位置するのは共和国軍要衝のブレスト軍港。
重厚な防御陣地と残存艦艇からなる防御力は堅固を極めるだろう。
そんなところへの強襲要請。
まともな指揮官ならば、誰もが二の足を踏む。
そんなことは、彼女とて言われずとも理解していよう。
にもかかわらず、ほとんど動顛した彼女は攻撃計画を主張してやまない。
「今、今しかないのです!どうか、どうかブレストを、共和国を沈める兵力を。」
「少佐殿、デグレチャフ少佐殿!落ち着いてください、少佐殿!」
「閣下、どうか兵をお出しください。あれを、連中を取り逃せば、必ずや帝国の禍根となります。」
事態を見かねた衛兵らが恐る恐る間に入ろうとするが、激昂するデグレチャフ少佐は一切の制止を寄せ付けずに叫び続ける。
手負いの獅子ですら、これほどまでに恐ろしくはないだろう。
衛兵らとて訓練を受けて相応の腕っ節がある。
だが魔導師を相手にするのは気の乗らない任務の筆頭だ。
曲がりなりにも、軍人ならば魔導師相手の厄介さというのは体で理解している。
まして、相手は柏付銀翼突撃章保持者。
ほとんど、人間兵器とまで形容される戦功と武勲を賞するものだ。
“白銀”の二つ名は、後方においても確固たる戦果と共に響き渡っている。
敵ならば近づきたくもない相手に違いない。
「閣下、お願いです。どうか、どうかご再考を。帝国100年を思えば、今しかないのです!」
「ブレスト陥落は時間の問題だ。無為に兵力を消耗する必要はない!少佐!」
躊躇う衛兵らをよそ眼に見つつ、参謀らが制止の声を張り上げる。
彼らにしても、腕づくで説得できるとは考えていない。
だが、彼女ほどの軍人ならば言葉で説得できるのではないだろうか。
そう考えて、彼らは声を張り上げ説得を試みる。
「ああ、どうかご理解いただきたい。時間です。時間がないのです!閣下!!」
だが、普段ならば言葉を必要としない程に物分かりの良い彼女は頑として引かない。
それどころか、焦燥感もあらわに全力出撃を主張して止まずにいる。
まるで。
いや、間違いなく何かに怯えるかのような表情でデグレチャフ少佐は嘆願する。
「閣下、連中はこそこそと逃げ出すつもりです。ネズミのように祖国を捨てて!」
・・・だからどうだというのか?
思わず疑問を抱く参謀らだが、彼らは間違っていない。
およそ軍隊というのは平時においてすら大食漢である。
補給の途絶えた軍隊の末路というのは哀れなもの。
なにより、寄る辺のない軍隊など崩壊も時間の問題なのだ。
それらを考えれば、ブレスト軍港に集結している共和国軍は防衛線再編用の部隊に違いない。
多くの軍人らは、そのように分析してむしろ逆上陸を警戒するべく行動していた。
なるほど、自分達が行ったように後方に上陸されて補給線を脅かされては厄介だろう。
「ならば、奴らが自滅するだけ。其れだけではないか!」
何を恐れているのか?
孤立した軍隊を屠ることなぞ、さほども難しくはない話。
だが、一抹の不安を覚える者がいないでもない。
なにしろ眼の前でほとんど狂乱仕掛けている将校の頭脳は折り紙つき。
陸軍大学の俊英にして、参謀本部の秘蔵っ子という評価ですら過小評価とされる戦略家としても知る者は知っている。
「自滅?ありえません!奴らは、いや、奴は反攻の戦力を逃すつもりなのです!断じて逃がしてはなりません!」
それでも、目前でほとんど声も絶え絶えに叫び続けている姿からは其れが理解できない。
懸命に訴えてくる姿には、見る者全てに対して何かを訴えていることが分かっても内容が分からないのだ。
何故、そこまでこだわる?
何故、そんな結論に至る?
「根拠のない空論だ!防衛線再編か逆襲用部隊と考えるのが妥当極まる!」
「アレを、あれだけ取り逃がせば帝国の勝利が揺らぎます。何れは崩壊に至りますぞ!」
幾人かが、考えようと努める。
だが、無情にも既に遅すぎた。
“帝国の勝利が揺らぐ。何れは崩壊に至る。”
そんな叫び声に対する反応は、発言者の意図したものとは異なる結果を産んでしまう。
「っぇえい、少佐を取り押さえろ!少佐、いい加減にしたまえ!」
しびれを切らしたのか、制圧命令が下る。
しぶしぶという態で衛兵とデグレチャフ少佐の部下が彼女を引きはがしにかかる。
大の男5人がかりでありながら、彼らは渾身の力を必要としたという。
「閣下、どうか、どうか。閣下、閣下!!!」
その叫び声は、ひどく耳に残るものだった。
故に、ブレスト軍港は滅ぼさねばならないと思います。
ごきげんよう、親愛なる帝国同胞ならびに朋友の皆さま。
親愛なる帝国を脅かすものは、撃滅されるべきでありましょう。
故に、ブレスト軍港は滅ぼされるべきだと小官は信じております。
また御尊顔を拝し奉ることができた事を大変名誉に思っております。
小官こと、ターニャ・デグレチャフ少佐は現在共和国領土の残敵掃討ならびに制圧行動中であります。
当然、将来に禍根を残すような残敵を残すわけにはまいりません。
故に、ブレスト軍港を襲撃して禍根を断たねばならぬと確信しております。
皆さま、どうかご理解を頂きたく思うのであります。
小官は軍人として為すべきことを為さねばならないのだと。
これは、必ずしも小官の本意ではないと。
ただ、ブレスト軍港を滅ぼさねばならないと確信していることを。
「大隊、傾注ッ!」
急遽召集された指揮官会合。
そこに集めた将校らを一瞥しつつ、ターニャは自問自答する。
ド・ルーゴ少将、実に不吉な名前だ。
不吉極まる名前と言っても良い。
まるで、核実験やNATOからの離脱を宣言しそうな名前だ。
自由共和国とか称しそうな実に禍々しい臭いがする。
断じて、断じて逃がしてはならない。
全くふがいないことに、上級司令部はこの具申を理解してくれないのだ。
では、単独でどのように叩くか?
何もしないでいれば波風は立たないが、それでは本末転倒も甚だしい。
ルーデルを思い出せば、出撃が敵国に咎められることがないのは明白。
つまり、この行為が戦後になって軍事裁判ものでないことは大丈夫だ。
むしろ、捕虜虐待とかが怖い。
ならば、出撃するという前提で考慮しよう。
つい先ほどまで懸命にあがいてみたが、コンタクトが取れたのはV1使用時にコンタクトしていた潜水艦部隊だけだ。
やりたくはないが、単独で襲撃を敢行するほかにないだろう。
幸か不幸か、すでにあるV1を使用すればブレストまでは妨害を受けることなく突破可能。
そうなれば、最低でもド・ルーゴ少将には御退場願える。
いうなれば、これは台頭著しい新興企業に対する敵対的公開市場買い付け。
特許や資産を押さえておかねば、将来我が社にとって脅威になるものを排除しなければならないという合理的決断。
ましてや、ここで叩いておければ随分と楽になるはずなのだ。
躊躇うことなく介入するべき事態であって、それを躊躇して後世からなんと不合理なと笑われるのは我慢ならない。
「御苦労。諸君、ブレスト軍港を襲撃する。」
ヴァイス中尉が音頭を取ってこちらを見ていた将校ら。
その顔が唖然とするのは初めてみた思いである。
戦争好きの部下たちだ。
喜ばれる事はあっても、唖然とされる事があるとは思ってみないだけに少々面食らう。
人事として、部下の動向はきちんと理解できていると思っただけに私もショックである。
まさか、部下の要望と希望をマネジメントするために理解できていないとなれば自分の無能を証明することに他ならない。
・・・いや、まあ冷静になって考えよう。
今ここで決断をするのは保留。
「大隊長殿!?、それは・・・。」
「独断専行だ。そのための参謀本部直轄部隊。そのための独自行動権である。」
持っていて良かった独自行動権。
通常の指揮統制系統が大混乱する事この上ない権限だが、プロジェクトチームとして考えれば理解しやすい。
直属の上官以外には、容喙されないというのは社長特命の重要プロジェクトを任されたと考えればよいだろう。
とにかく、必要なことを最小限度行うだけで問題が解決できるとすればこれほど効率的なこともない。
医学的に考えても、悪くなる前に予防する方が楽なのは明白。
なにより、医療費も抑制できるというではないか。
予防接種一本で防止できるならば、するべきだ。
それによって社会コストがどれだけ抑制できるかと考えてみれば、実に予防医学は素晴らしい。
今回のド・ルーゴ将軍に御退場願う作戦も予防医学の概念に近いのだ。
疫病は防がねばならない。
防がねば、取り返しのつかないコストを社会が払わされる。
それだけは、それだけは避けたい。
「し、しかし、我が大隊だけでブレスト軍港を襲撃できるとは到底思えません。」
理屈の上では、ブレスト軍港の防備は厳重極まるだろう。
だが、恐れるには足らない。
なにしろ、連中の防備は対艦対地を想定しているからだ。
つまりブレスト軍港の防備は航空技術や魔導師の降下襲撃戦術といったものを想定した防備ではない。
「問題ない。連中の防備は時代錯誤の代物。まして、正面で無い以上更新も急がれたとは思えん。」
場所柄か、ブレスト軍港は天然の良港だ。
元々嵐を避けたり大型艦船の入港には最適な自然状の地形と容易に地上軍が接近しにくい地理的特性。
古代より、艦隊の根拠地として活用されてきたのは其れなりの理由がある。
だが、同時に仮想敵国である帝国から遠いという事は連中にしてみれば安全な後背地ということにもなるだろう。
一刻を争う軍備拡張競争において、正面以外の更新に使える余力は多くない。
そんなときに、安全と見なされているブレスト軍港にそれほど装備を割いているだろうか?
艦隊の防御力と火力を防衛に使えると期待していたとすれば、ブレスト軍港の防御力は言われるほどではないのだ。
なにしろ、WW2末期の防御火力に比べれば現在の対空砲火なぞ豆鉄砲も良いところ。
こちらが襲撃を徹底的に長引かせない限り損耗率は抑制可能に違いない。
なにより、なにより連中には実戦経験が不足していることだろう。
撤退する部隊というのは、温存されていた部隊だ。
ライン戦線で地獄の洗礼を潜り抜けてきた連中は、あらかた屠ってある以上訓練されていようとも付け込む余地はある。
曲がりなりにも前線で戦ったことがあるかないかという差はかなり大きい。
「加えて、ブレスト軍港近隣に展開中の友軍潜水艦とコンタクトが取れた。」
そして、ブレスト軍港近隣に友軍の潜水艦が展開していることも確認できている。
まあ、脱出阻止というよりは通報艦程度の役割が期待されているだけだが。
それでも、回収してもらえば反復攻撃も水面下での離脱も可能になる。
選択肢が大きくなるのは喜ばしいことだろう。
なにより、潜水艦隊司令部に邪魔されない限り魚雷攻撃に同調して洋上襲撃も可能だ。
「V1によってブレスト軍港を直撃、その後は潜水艦に収容してもらい反復攻撃を行うというものだ。」
もちろん、使いたくはないがシューゲル主任技師の発明品はこの作戦において重要な役割を果たす。
アレがあれば、防空網の迎撃も友軍の制止も振り切れることだろう。
なにより、満載された燃料を船舶に直撃させれば其れだけで対艦ミサイル並みの戦果は期待できた。
48本の対艦ミサイルと考えれば、相応の戦果がでるだろう。
半数が命中するとしても、24隻。
戦果としては十分すぎる。
そこに魔導師が襲撃をかけると考えれば、ド・ルーゴ少将閣下を大将閣下に特進させられるに違いない。
いや、絶対にして見せねばならない。
奴は元帥になるよりも、二階級特進を贈呈してやるべきだ。
「質問があります。」
それに対して、部下らから提示されたのは疑義だ。
わかりきってはいるが、彼らを上手く納得させなければ躓きかねない。
慎重に、それでいて何ら後ろめたいことがないという態度で鷹揚に頷く。
「何か?」
「大隊長殿、V1は何処から持ってまいられるのですか?」
厄介な質問だが、答えは用意済み。
対応は可能だ。
曲がりなりにも、軍法会議に巻き込まれないための必要最低限度の理屈だけは用意してある。
本当に、必要最低限度に過ぎないが。
いや、大義名分というものよりも時間が最低限稼げればこの際文句はない。
給料以上の仕事をするのは臓がねじれるほど苦痛だが、自分の命のためだと思えば止むを得ん。
「何を言っている。シューゲル主任技師から実戦テストの要請を受けているではないか。テストしてやるだけだ。」
こんな時に役に立つとは皮肉だが。
技術廠から実戦データの再習得と微調整が施されたV1の再試験要請を受諾している。
あんな連中だが、たまには役に立つらしい。
おかげで、少なくともブレスト軍港を襲撃するための手はずが整えられる。
「・・・独断専行を越えて、越権行為と取られかねませんが。」
「動かねば怠慢だと言われるだけだ。ともかく、行動を開始せよ。」
後世の歴史家に笑われるのも我慢ならないし、何よりこの戦争が帝国の勝利で終わる可能性もある。
ダンケルクで撤退に成功しなければ、英軍と仏軍はブリテン本土防衛線を戦い抜けたことか。
いや、それだけではない。
ブリテン本土防衛のために必要な戦力をかき集めた英軍ではヘタリア軍でもそこまでボロボロになっただろうか?
それどころか、もっと考えてみればわかる話だが。
ブリテン本土を潰せば後背地の懸念なくソ連とドイツは戦えたのではないのか。
・・・極論を言えばここで叩いておければ帝国はこの二の舞を避けることができる。
ならば、ならばこれで戦争が終わるという事もあり得るのだ。
そうすれば、これ以上の危険もなくなる。
・
・
・
行動開始命令後しばしして。
順調な出撃用意を眼で確認し、デグレチャフ少佐は満足げに部隊を見渡すことができた。
整列する大隊要員と連れてこられたV1を運用するための技術者と整備兵。
ほとんど強奪寸前ながらも技術廠の要請を盾に後方のデポから吐き出させたV1はすでに滑走路へ並べられている。
長距離襲撃を想定して燃料を積むための増槽タンク付きのV1。
加えて、破壊力を増すために250キロの爆薬を搭載している。
音速でこれが突入してくれば、大抵の船舶は轟沈するだろう。
戦艦ですら、耐えきれるかどうか。
そんな光景と予想はターニャをしてかなり気分を良くするものだった。
ド・ルーゴ少将閣下がどれを旗艦にしているかは不明でも、戦艦を全部狙えば一発くらいは当たるに違いない。
その予想だけでも、彼女にとってみればかなり愉快な予想である。
最悪、ド・ルーゴ少将閣下に御退場いただくだけでも十分な配当が期待できた。
もちろん彼が連れて行こうとする残存部隊を叩くだけでも相応の成果がでるだろうが。
「・・・大隊長殿、部隊の集結が完了いたしました。」
「結構。V1の調整は完了したな?」
そんな高配当の期待とは裏腹に、部隊の主要将校らはやや懸念を抱いているらしい。
やれやれと歎きたいところだが、彼らの懸念もある意味理由がないものではないだけに難しいところ。
とはいえ、成果がでればよいのだ。
どうも気乗りしていない調子の副官だが、彼とて結果を見れば納得するだろう。
まあ、ヴァイス中尉は基本的にこの種の独断専行を快く思わないタイプ。
裁量権の範疇でやっている以上、止められないだけましと思うことにする。
なにしろ、彼とて軍人だ。
気乗りしないという事で、手を抜くという事もない。
その点、はっきりしていて大変よろしいといえよう。
まったく、何度か派遣された業務に際して気乗りしないからという理由で何度消極的な抵抗に悩まされたことか。
給料を払っている側からしてみれば、実に腹立たしい事態に違いない。
その点、軍人というやつは状況が異なる。
気分が乗らないからと言って手を抜けば死ぬようなところで手を抜けるほど楽な仕事でもないということだが。
「はっ。・・・しかし、よろしいのでしょうか?参謀本部にモノ申すと憤慨していましたが。」
「参謀本部に?越権行為でない以上、蟷螂の斧に過ぎんよ。」
正規の手続き。
こういってはあれだが、技術廠からの要請に応じるのは指揮系統上正当性が担保された行為だ。
目的が、現地の司令官に却下されている行動だとしてもそれを制約するのは何もない。
ブレスト軍港襲撃というのは、いくつかの管区が成立しているライン戦線では絶対にできない行為だ。
しかし、いまだ平定の最中であるならば多少の裁量権の拡大解釈で可能になる。
参謀本部に抗議されたところで、参謀本部から公的には咎められることはないだろう。
もちろん、水面下で厳重な警告を受け取ることを軽視するものではない。
しかし、どちらにしてもこちらが行動を終えたころの話だ。
成功すれば、どちらにしても十分に対応できる範疇に過ぎない。
未来の事を考えるためにも、まず眼の前の病原体は排除せねばならんのだ。
「・・・大隊長殿に方面軍司令部よりです。」
だが、嫌なことに方面軍司令部よりの命令が飛び込んでくる。
不幸にも伝令を務めることになった通信兵に対して、思わず表情をしかめてしまったのは過失だった。
すまないなと詫びつつ、差し出されたものを受け取りそれへ眼を走らせる。
内容は単純に行動を諌める物。
要するに、大人しくしておけという勧告だ。
名目上、独立しているとはいえ方面軍司令部からの要請。
これに可能な限り応じなければならない立場としては介入に近い。
本来であれば、これで退くだろう。
しかし、今ばかりはこれを受けるわけにはいかない事情がターニャにはあった。
「要請を理解し、尊重すると伝えてくれ。」
短く言葉を選んで返信を指示。
要請を理解し、尊重するという旨は否定ではない以上再度の念押しが来るとは考えにくい。
理解し尊重した上で、なお行動すればよいだけの話だ。
幸いというべきだろう。
こちらの行動に相手が気がつくころにはV1がブレストに着弾している。
そうなれば、相手にできることなぞ何もない。
だが、制止しようという動きがあるのは気に入らない。
あとほんのわずかな時間だが、そのほんのわずかな間に何があるかもわからないのだ。
「邪魔が入りそうだ。出撃スケジュールを繰り上げる。」
そう考えて、出撃スケジュールの繰り上げを決断。
万全の状況を確保するよりも神速を優先する。
本来ならば、気象情報や敵情分析を行った上での出撃行程を決定するところを全て省略。
状況は直前まで無線で受信するにとどめ、最短コースでの襲撃を決断。
これは一番燃料の消費が少なく、V1を敵艦船にぶつけた時の戦果も期待できるという副次的な効果も見込めるだろう。
どちらにしても、巧緻よりも速度だ。
幸いにも、連れてきた技術者らは良くも悪くも技術者だった。
必要とされる事をテキパキと処理していく姿からは、帝国の誇る高い技術的裾野が垣間見られるだろう。
精度の高い機器をきちんと整備してくれるという事には素直に感謝したい。
もうわずか。
いや、数分後には行動が開始できる。
そろそろ、総員に搭乗を命じるべきか?
ターニャがそんなことを考えた時だった。
先ほどの通信兵が血相を変えて走り寄って来る。
勘というものを信じるわけではないが、凶報がもたらされようとしているのだと悟った。
咄嗟に部隊を見渡すが、出撃にはほんのわずかに時間がかかる。
そうなれば、伝令から言葉が伝えられるには十分すぎるだろう。
っ、もう少し早く行動を起こしておくべきだったと心底後悔。
咄嗟に、伝令を気絶させることも考えるが衆人環視の下ではできるはずもない行動。
じりじりと焦るばかりで事態が一向に改善しない。
ああ、聞きたくない。
それ以上は、なにも耳にしたくない。
言われずとも、碌でもない知らせと分かっているのだ。
ええい、もう少しばかり気が効かないのか!
少しだけ、少しだけ、仕事を遅らせればよいものを!
・・・感情が非合理的な判断をわめいていることはよく理解できる。
つい先ほど、軍人としての忠実さを賞したのだ。
よもや、その直後に前言を撤回するのは公平ではない。
それでも。
ターニャは喉をかきむしりたい衝動に駆られて仕方がなかった。
「停戦命令が出ました!参謀本部より全部隊へ最優先です!」
「停戦命令?停戦命令だと!?」
制止する間もなく、ヴァイス中尉が伝令に確認し始める。
おかげで、全将兵が耳にしてしまったことだろう。
これでは、攻撃を強行する事もできない。
単独では、さしたる戦果も出せない上に停戦破りで銃殺だ。
「大隊長殿、直ちに出撃を中止してください!」
伝令がこちらを制止するべく声を張り上げてくる。
ああ、よくわかる。
それが、貴官の仕事である以上それは尊敬を払われるべき行動だろう。
軍人として、一介の下士官としては理想的ですらある。
だが、ターニャとしては断じて呑めない話。
ほとんど、ある程度の処分は被る覚悟で独断専行の手はずをここまで整えたのだ。
今から、今から行動しては絶対に他の手段では間にあわない。
その時の表情は葛藤の極みにあっただろう。
行かねば、帝国の破滅という遅まきながらの破局が見えている。
だが、行けば一身の避けられぬ破滅。
つまり極めて単純な理由によって出撃はできない。
だが、出撃せねば緩慢な死を意味しかねない破局が待っている。
その可能性を完膚なきまでに粉砕し得る好機がすぐ目の前に転がっているのだ。
「・・・っ、中止!出撃中止!」
故に。
出撃を諦める声は、ほとんど絶望の色を伴っていた。
追記 外伝
皆さん今晩は。
WTN特派記者、アンドリューです。
ご覧になれるでしょうか?
カメラに写っているのはブレスト軍港跡地です。
これは、共和国政府特別の許可によって撮影が許可された貴重な映像になります。
さて、今は島の方に機能が移転しているここブレスト軍港跡地。
本日は、ここを舞台とした『歴史のIF』について考えてみたいと思います。
たった数分。
世界を決定的に変革し得たかもしれない時間の物語。
そのわずかな瞬間に歴史が変わりえたという事。
歴史を紐解けば、その転換点がいくつか見えてきます。
彼の戦争においても、それは同じことです。
そして、その時の人々は何を考えていたのか。
大変興味深い事例の一つを御紹介しましょう。
“『大陸撤退』プラン”と30分
その日、共和国の状況は極限まで追い詰められたと形容するほかにない状況でした。
ライン戦線における致命的な敗北と、建国以来最大の損害。
共和国軍はもはや組織的に帝国軍の侵入を阻止しえる状況にはないと誰もが判断していました。
最も早く動いたのは隣国に当たる連合王国。
講和の斡旋と即時停戦要請を付きつける最後通牒を交付。
これによって、実質的に共和国に味方する形で連合王国が介入する意図を露わにします。
ですが、すでに首都が陥落した共和国にとってそれは遅すぎた介入でした。
当時、帝国軍は首都パリースィイを制圧。
最後の抵抗を試みた共和国二個師団は、勝利の勢いに駆られた帝国軍によって奮戦むなしく降伏に追いやられていました。
ですが、歴史家たちは口をそろえてこの抵抗が稼いだ時間を讃えています。
彼らが持ちこたえたわずかな時間。
その時間は、世界を変えたのです。
当時、最も帝国軍との交戦経験が豊富であった共和国特殊作戦軍。
その指揮官として生き残っていたビアント中佐(当時)を中心とするベテランらの脱出に必要な時間。
それを彼らは稼ぎだすことに成功しました。
そして、最終的にビアント中佐の指揮する共和国特殊作戦軍の残存部隊はブレスト軍港に集結中のZ部隊へ合流します。
大陸撤退という軍事上、初となる本土放棄と並行しての反攻計画。
これらは当時国防次官兼陸軍次官であったド・ルーゴ少将(当時)によって急ぎ立案されたものでした。
組織的抵抗のために指揮系統を再編する必要性と時間的猶予の欠如。
それらを背景に、組織的戦闘による抵抗は一時的に断念してでも戦力を温存。
この凄まじいまでの国家理性が、この『大陸撤退』プランを生み出しました。
賛否両論が今なお強いこの共和国軍の行動ですが、確かにそれは意味ある行動でした。
今なお、批判する側の論者ですらその優位性については一定の評価を下しています。
最大の批判者であるMr.ゴールは、ド・ルーゴ氏の行いについて
『国民を守るべき軍が、国民を置き去りにして逃げ出すのは共和国の名誉を汚す行為であると思わざるを得ない』
とコメントしています。
Mr.ゴールは、その上で抵抗できない市民を戦火に巻き添えにしなかったことを強く評価する事でも知られている人物です。
同時に、Mr.ゴールは強力な愛国者でありました。
氏は、紛れもなく共和国を愛し、共和国という存在を信じていたのです。
だからこそ、氏にとってみれば国家理性に基づく本土放棄という行動を祖国が取らねばならないことは耐えがたい苦痛でした。
戦時中、レジスタンスとして活躍したMr.ゴール氏。
戦後は長らく共和国保守派の重鎮政治家として祖国の復興に尽くされた氏ですが、遂にド・ルーゴ氏との和解は叶いませんでした。
その氏ですら、祖国の解放においてこのブレスト軍港よりの脱出作戦が有効であったと認めています。
このことは大きな意味があると言えましょう。
まだ、祖国を奪還しようと誓った共和国軍は健在なのだ。
レジスタンス達にとって、このことは矛盾した思いながらも抵抗意欲を著しく高める効果があったとされています。
そして、その結果は皆さんもご存じの通り。
当然、この脱出計画に際しては最高の機密保持措置が施されていました。
なにしろ、兵員・装備を積載した大型船舶は非常に脆弱です。
加えて、連合王国の介入があるとはいえ帝国艦隊の哨戒網を突破する危険性はいうまでもないことでした。
万が一、作戦が露見した場合どうなるか。
集結した残存部隊が包囲撃滅されてしまえば、帝国はほぼフリーハンドを得るところとなるでしょう。
そうなれば、共和国の抵抗運動はその芽を発芽させることすらおぼつかない危険性すらあったのです。
機密保持措置が今だ解除されていないものの、連合王国司令部は“モグラ”の存在を確信していました。
モグラとは、情報機関では『潜り込んだスパイ』を意味します。
当時、連合王国情報機関は非公式の情報戦において痛打と形容するほかにない敗北を喫していました。
今なお正体が公表されず機密保持の分厚い壁によって囲まれている情報。
そこからの流出を危惧した連合王国情報機関は、ついに部隊がブレストを出港するその時まで報告を差し控えていた程でした。
同時に、共和国側も最大限機密保持に努めたのはいうまでもありません。
ド・ルーゴ少将の発令した命令は「逆襲のために集結せよ」。
脱出を意図したものと受け取られないように、将兵らには詳細を伏せたままの集結命令が出されていました。
ですが、そこまで。
そこまで配慮した機密保持措置も最後の時点で情報の流出を止めることが叶いませんでした。
きっかけは1本の電話だったと言います。
一本は間違い電話。
今だ、どこからかかってきたのか不明な電話は気象情報の読み上げを依頼するものでした。
拍子抜けした電話番は、それが軍用の回線であり全く違う番号だと親切丁寧に教えてやります。
漁師と思しき相手に対して、共和国軍人が取った対応は実にマニュアル的でした。
同時に、危険なので海に出ないようにと忠告を行いました。
ですが、これが露呈のきっかけとなってしまいます。
ブレスト軍港付近で何かがある。
そんな噂を耳にした帝国軍が哨戒中の潜水艦に偵察を命令。
そして、集結中の部隊が発見されてしまいます。
この時、ド・ルーゴ少将が発していた“逆襲用部隊”という命令が幸いしました。
帝国軍の主要な部隊はこれを、逆上陸による後方からの襲撃部隊と認識。
牽制にでてきた連合王国艦隊はそれの援護と認識し、北海方面の部隊に防衛基準体制を発令していました。
同時に、制圧した海峡の突破を許さないようにいくつかの部隊を移動させます。
このことは、最終的に脱出作戦を行う上で障害となる帝国軍哨戒網の弱体化を意味しました。
幸いにも、ド・ルーゴ少将の指揮する部隊は帝国軍に発見されることなく離脱に成功します。
同時に、共和国軍の停戦要請と連合王国からの停戦勧告によってしぶしぶながら帝国は交渉のテーブルに着くことになります。
共和国軍の残存部隊主力を温存する事で、交渉に際してのカードにする。
ド・ルーゴ少将の希望的な観測では、このことで帝国は譲歩を行う見込みもなくはありませんでした。
もちろん、実際にはそうならず覚悟していた通りになるのですが。
ですが、このように語られる物語に帝国側資料を付け合わせて歴史をみるならば破局の可能性は決して小さくありませんでした。
今日、お話するのはそのわずかな機会の物語です。
それは、帝国軍のある魔導大隊が出撃を強行しようとしたというもの。
今なお資料の散逸と関係者の沈黙によって、詳細はつかめていません。
ですが、当時魔導師の墓場と呼ばれるライン戦線初期の航空戦を生き残った精鋭らからなる有力な部隊だったと見られています。
案外、私達が追いかけている×××××××××××。
つまり、『11番目の女神』が関わっているかもしれませんが。
ともあれ、不明な状況が多いものの判明している限りにおいて有力な魔導師の大隊が襲撃を強く上申。
これが棄却されるとほとんど独断専行で襲撃を決行するために行動を開始していました。
彼らの行動は記録に残っていないものが多いために詳細は不明です。
ですが、残された交信記録、傍受された記録などからV1という特殊兵装によってブレスト軍港を直撃する計画と推察されました。
V1とは当時、帝国軍が配備したばかりの新兵装でした。
音速を超えて大量の爆薬と魔導師を敵陣に直撃させるという驚くべき特殊兵装。
幾度か使用され、そのたびに帝国軍に対峙する軍にとって頭を悩ませる事となる兵器です。
その最大の特徴は、ほとんど迎撃が不可能な音速を超える速度と搭載された大量の燃料と爆薬による破壊力。
仮に、大隊規模でV1を魔導師が運用した場合の数は36基。
当時のブレスト軍港と集結に成功した艦艇の対空防御網でV1は極めて迎撃が困難だったと推察されています。
同時に、V1の直撃は当たり所次第では戦艦すら轟沈し得ることが後に証明されるほどでした。
共和国の戦史研究家は、淡々と全滅したことだろうとコメントしています。
この恐るべき刺客部隊。
彼らは、ブレスト軍港から出港するわずか数分前に出撃態勢が整ったところでした。
そのとき、歴史が変わりませんでした。
『停戦命令』
それが下されたのです。
記録は、その時この部隊の指揮官が何を思ったかを物語っていません。
ただ、唯一残された資料は連合王国が傍受したという交信記録ですがこれは今なお公開されませんでした。
この戦争には謎が多い。
同時に、歴史の変わり目には多くの物語が無数に存在していたのです。
⚔️
あとがき
極東の皇国は~?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン
というご指摘を頂きました。
実は、困ってます。
あの国、一次と二次で立ち位置が違いすぎる(・_・;)
ド・ルーゴ少将閣下の御活躍はこれからだ!
あと、連合王国の介入始まります。
次回、“南方戦線”。
砂漠のバカンスをお楽しみください。
追記
感想でIFがでました。
なんとなくノリで外伝を書きました。
いつものと言われてorzと思いつつ誤字修正しました。←今ここ
あと、寧寧亭屋様としーさ様からコメントがあったので。
⇒ 基本的に、この幼女の中のヒト歪んでますので(・_・;)
・・・通常の手続きを踏む描写とか抜け落ちてすみませんorz
誤字修正
