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 幼女戦記

⚔️ ああ

 

01. 02. 03. 04. 05. 06.
00 01 02 20 21 40 41 60 61 80 81 1₀₀  □

⚔️ 第三十九話    カルロ・ゼン 2012/04/12 02:09


その日のことを、忘れないだろう。
少なくとも、大地に還るその日までは。




晴れ渡った冷たい夜。
ヴォーレン・グランツ魔導少尉は、ウールの付いた野戦用外套を着込んで当直についていた。
久しくなかった静かな夜。
近くで砲弾が着弾する炸裂音も、浸透襲撃を警戒する警報もならない平穏な夜。
ライフルの音すら無い夜は随分と久しぶりであった。

尋常でない速度での追撃戦。
疲れ切った兵士を休ませるために、大隊長殿ですら進撃を控えられている。
おかげで、というべきだろうか。

いつもならば、まず間違いなく夜間迎撃戦闘や浸透襲撃対策に追われているはずの時間帯にもかかわらず平穏無事。
安全と分かっている後方の基地ですら、夜間の奇襲対策でもう少し張りつめていることだろう。
もちろん、部隊が緩みを抱えているわけではない。
疲れ果てて泥ですらベッドにできるほど擦り切れていたとしても、だからこそ即応命令に応じられるのだ。
ただ、やはりどこか気持ちに余裕ができていた。

理由は明快。
単純に、共和国軍の過半を包囲せん滅し降伏させしめたからに他ならない。
共和国はその堅牢な要塞線から飛びだした時点で、すでに滅んでいた。
今となって彼らができることは、最後の悪あがきに過ぎないだろう。

故に、いつになく穏やかな夜が実現したのだ。
明日から本格的な市街戦。
二度目だが、これで戦争が終わるかと思えば幾分気は楽になる。
共和国を崩壊させるとまではいかずとも、帝国の安全は確保できるだろう。
そうなれば、この戦争で傷ついた国土の復興が待っている。

・・・先のことを考える余裕すらない激戦の日々を思い出し、周囲から気遣うような目線をもらう。

思えば、周りの事にも関心を払えていたのは随分と前の事のように思えてならない。
実際には、さして長くもない期間なのだが。
それだけに、これまでの激戦を思い返すだけの時間があった。
気分を落ち着かせるために、少しさめた珈琲杯を手に取る。

今までなんとなく飲んでいたが、思えばいい豆が使われているのだ。
当直故にアルコールの類は禁じられているが、大隊長の趣味で備え付けの珈琲はかなり充実しているのはありがたい。
よほど買い込んでいたらしく、考えごとをする時に代用珈琲とは無縁で済むのは正直助かる。

こんなことにも気が付けるようになった。
本当に、余裕があるらしい。

・・・大隊は、度重なる戦闘の摩耗によって再編されている。

補充兵らを組み込み、一部を他部隊から吸収。
実際、グランツ達が補充要員として臨時に組み込まれたのもその時だった。
事実上、教導完了と同時に組み込まれた形だろう。
現在では、母体となった203大隊に基づき帝国軍臨時混成第203大隊と呼称されている。

与えられたコードフェアリー。
妖精に違いは無いらしい。
とはいえ、連合王国の童話に出てくる妖精とは桁違いに邪悪だと自分ながら思う。
もっとも臨時編成という形だ。

戦争が終われば、上は本格的な再編を考えているのだろう。

そんな風に思考をこねくりまわしながら、珈琲を静かにすすった。
戦場ではありえないほど穏やかな夜だ。
機関銃と夜間擾乱射撃の砲火が途絶えるというので、逆に落ちつかないほどに。

「・・・落ち着きたまえ少尉。さすがに、挙動不審だぞ。」

だが、さすがに度が過ぎると周りから忠告されてしまう。
いやはや。
鉄の暴風が吹き荒れるライン戦線でもようやく寝られるようになったと思っていたのだが。
まだまだ、自分は先任達から見れば卵の殻が付いたままなのだろうか。

「すみません、ヴァイス中尉殿。」

以前、アレーヌ市で被弾し負傷されたヴァイス中尉殿。
幸いにも経過良好でつい先日ようやく復帰されたのは、大隊をよろこばせる知らせだった。
穏やかな人柄と、あちこちに気を配るヴァイス中尉殿には皆が助けられている。
本来ならば、当直士官は自分だけでよかった。
それをわざわざ実戦経験の感覚と勘を取り戻すため、と手伝ってくださっているのもその一つだ。

「まあ、気持ちはわかる。自分も正直落ちつかない。」

肩をすくめる中尉殿。
被弾した右肩ももう問題ないようだ。
つい先日は、退院祝いとさび落としを兼ねて大隊長と模擬戦を行えるほどだったしいよいよ復帰なさるのだろう。

しかし、中尉殿も落ち着かないとは。

「・・・やはり、違和感がありますか。」

「もちろんだ。我が大隊は結成以来常に最前線にあり、殿軍を務めたのだからな。」

苦笑して手にされた珈琲杯を飲み干すヴァイス中尉殿。
顔に浮かぶ苦笑は、激戦を潜り抜けてきた士官として面白がるようなものだった。
いったい、何故?

そんな疑問を久しぶりに抱く。

これまでの人生で考えれば、ほんのわずかな時間。
しかし、戦場暮らしはほとんど其れまでの半生に匹敵するほど長く感じられてしかたない。

「ああ、貴官らは知らなかったな。」

そして、グランツ少尉の顔に浮かぶ疑問の感情にヴァイス中尉は思い出したような顔をする。
てっきり彼も知っているものと考えていたが、思い出せばグランツ少尉らはようやく着任したばかり。
大隊の編成当初から残っている古参ではなかった。

着任した部隊の逸話というものを先任から聞かされる。
そんなごく一般的なことにすら時間が取れない程駆け足で彼らは組み込まれたのだ。

「いい機会だ。少し昔話をしよう。」

せっかくだ。
いい機会であるので、意見を交わしておくべきだろう。

そのまま、代わりの珈琲を従兵に言いつけるとヴァイス中尉はデスクの上で昔を思い出すように上を見上げる。

その横顔をみるグランツ少尉は、中尉殿もこんな表情をするような人だったのかと咄嗟に思ってしまう。

・・・自分が知っている中尉殿は、やはり中尉殿の顔をされているのだ。

大隊に馴染んだといっても、所詮まだ日の浅いということを彼もまた今更ながら自覚する。

「元々、自分は中央軍所属だったと知っているか?」

「いえ、初めて伺います。」

グランツらが配属されたのは、促成教育直後。
ほとんど時間的な余裕は一切ない状況でだった。
今初めて、自分達の先任の所属を聞いているというところ。

そうか、と頷き中尉殿は笑いながら何事かを暗唱された。

「『常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈さず、常に戦場にある。
全ては、勝利のために。

求む魔導師、至難の戦場、わずかな報酬、剣林弾雨の暗い日々、耐えざる危険、生還の保証なし。
生還の暁には名誉と賞賛を得る。』」

聞き覚えは?と促す目線。
だが、答えを聞くまでもなく理解できていないグランツ少尉の表情。
聞くまでもないかと、続きが紡がれる。

「203大隊に志願する際にいわれたことだ。生きて帰れると思うな、とね。」

苦笑を浮かべるその表情は、色々な感情がこもっていた。
後悔の情に、わずかな自嘲。そして、溢れんばかりの懐古の思い。

「若かった自分は、力量を過信して愚かにも英雄になれると思った。魔導師というのは自分を過信する。」

「いえ、中尉殿。中尉殿にそのようなことは。」

「いや、いい。事実だよ。そして、少佐殿に叩きのめされた。あの訓練は本当に生まれ変わるようなものだったよ。」

問答無用で雪山で蹴飛ばされ、砲兵隊の的にされ、息も絶え絶えになりながら高高度を飛ぶ。
本当に、良くやり遂げたものだとおぞましい経験に慄きながらもヴァイス中尉は本心から呟いた。
二度も心肺停止になりかけるおぞましい何かを、訓練というならば訓練なのだろう。
実際、下手をすれば実戦よりも訓練の方が恐ろしいほど過酷を極めていた。

そして、其れゆえにヴァイス中尉は確信している。

なにかきな臭いのではないかと。

考えても見てほしい。
訓練というものは、金がかかるものだと中尉は立場上知悉している。
大隊の演習費用は下手な連隊並みに使っているほどだ。
無駄を極端に嫌う大隊長殿の下にあるにもかかわらずである。

あの無駄を嫌う大隊長殿が訓練の方が温いと感じられる程度の実戦を想定していたのだろうか、と。
デグレチャフ少佐殿の副官として理解しているのは、単純明快な原則だ。
実戦が温いならば、訓練はほどほどで前線に投入。
実戦形式の訓練を兼ねることで、出撃して戦果をあげつつ部隊の教導を図っても何ら不思議ではない。

というか、グランツ少尉らの教導はほぼその形式だった。
故に、大隊長殿の思考方針が大隊編成時には徹底した精鋭選抜主義だったのが促成栽培に変化したのには理由があると言っていい。
それは、一種の信頼と言い換えても良いだろう。

なにかあるのだ。

『とにかく、頭数でも良いから魔導師を必要とする理由』とやらが。

それだけに、ヴァイス中尉はグランツら新規加入組を気にかけていた。
グランツ少尉は良い士官になるだろうと。
大隊長殿はとやかくおっしゃらないにしても、彼らの様な新規加入組にもそれとなく現実を伝える。

それが、ヴァイス中尉なりの気配りだった。






おはようございます。
今日は。
おやすみなさい。

どの御挨拶が適切かは存じませんが、皆様ご機嫌よう。
本日は残敵掃討が続く帝国軍ライン戦線より親愛なる帝国の皆さま並びに世界の皆さまに御挨拶を申し上げます。
御挨拶は、帝国軍より魔導少佐を拝命しております私ターニャ・デグレチャフが行わせていただく所存。

ご覧になれるでしょうか。
ここが、これが、かつてのライン戦線です。
豊かな緑も、憩いの場となる小川もすべて砲弾によって掘り返されてしまいました。
私も多くの戦友とこの地で過ごし、ある者はここにはもういません。
彼らのある者は癒えぬ傷を負い、またある者はヴァルハラへ赴きました。

そして、私と私の大隊は一時期ここを後にしたのです。

ですが、ですが!
ついに私達はここに戻ってきました。
一時的に後退し、共和国軍主力を誘引。
包囲撃滅後、逆上陸を敢行した海兵隊と合流して遮るものとてない道をパリースィイへ。
そう、エスカルゴ共のパリースィイへ進軍しているのです。

さすがに、というべきか。
あるいはここまで抵抗がなかったのは不思議というべきか。
我々先鋒を努める魔導師らはパリースィイ外縁部でようやく共和国軍と接敵したところです。
これまで抵抗がなかった共和国軍による抵抗に遭遇。
このため進軍のペースはいつもよりもやや低調ですが、そこまで悪いものではないでしょう。

見る限りではパリースィイ駐屯の部隊を中心として、二個歩兵師団。
塹壕と重砲に援護された防御陣地であれば、脅威たりえたのでしょうね。
首都で市街戦をやるわけにもいかず、外縁部にでてきたばかりの連中に防御陣地構築の余裕を与えるほど間抜けでもありませんが。

「フェアリー01よりCP。事前情報通りだ。二個師団規模の歩兵が防御陣地を構築中。」

「了解。友軍機甲師団到着まで阻止行動に努めよ。」

最近は楽な仕事で実によい。
そう思っていたら、情報部が珍しくまともな情報を持ってきた。
曰く、パリースィイ外縁部に共和国軍が防衛線を構築中。

おかげで待機の予定が、偵察兼対地襲撃任務に変更。
手当が割り増しになることを喜ぶべきか、休暇が削減される事を嘆くべきか。

「フェアリー03より、01。諸元入力完了。砲兵隊へ観測諸元送信済み。」

「フェアリー01了解。以後、観測に専念せよ。」

どちらにしても、この空は実に平穏だ。
共和国の間抜けどもは、首都に対空砲をでかでかと設置するのは美観を損ねるとでも思ったのだろう。
あるいは、ここまで戦場になるという危機感を国民に与えてはならなかったのだろうか。
ともかく確認されている限りで対空砲火は極めて脆弱だった。

実際に飛んでみても、40㎜連装対空機銃が辛うじて若干程度確認できた程度だろう。
127㎜高射砲に至っては、全く見受けられない。

おまけに、本来魔導師が戦場において最優先で狩るべき敵重砲なぞ影も姿もない。
ついでに言えば、この戦場で見受けた最大の火力は旧式の野戦砲程度。
一番厄介だと思えるのは、歩兵が中隊毎に有する迫撃砲程度だろう。
近接戦闘時に、重砲では誤射の危険性が高い時に歩兵が使用しうる最高の火力として、警戒が必要だ。

最も、それも程度問題。
それとて飛んでいればほとんど脅威とは程遠い。

「フェアリー03より大隊各位。砲兵隊による観測射撃の射線に留意せよ。」

やれやれだ。

友軍の180㎜重砲に吹き飛ばされたくはない。
一応、安全圏のはずだが余裕を持って上昇を決断。

上昇によって、多少陸上の動きが視認できなくなるものの問題が生じる程でも無し。
幸いにも、80㎜を中心とした野戦砲が中心の敵師団を砲兵隊が釣瓶打ちにする間は高みの見物をしゃれこもう。
180㎜と80㎜では射程に違いがありすぎるため一方的な展開になる。

文字通りのアウトレンジ戦術。
これは、随分と楽ができる。
まあ、爆撃任務ではなく対地襲撃任務なので軽装故に少し寒いが。

それにしても、お出迎えが来ないとは。
・・・准将閣下の読みが外れたということだろうか?

「フェアリー01よりHQ。所定の空域を確保。抵抗なし。敵魔導師をみず。」

確かに、帝国軍は快進撃を続けてきた。
しかし曲がりなりにも首都パリースィイまで進軍されていながら抵抗がないとなれば何かがおかしい。
いや、共和国軍の抵抗が見られないというのは理解に苦しむ事態とも言える。

そして、首都上空で旋回飛行可能とは!
予想外を通り越して、信じがたい状況だ。
何か悪い策謀に引きずり込まれているのではないかと危惧したほうがまだ現実味があるほどにひどい。
というのも本来は予想されていない事態に他ならない。
従来通りの見込みでは、がちがちに固められているはずの空域。
魔導師というのは、伏撃や邀撃に際して隠蔽が容易な兵科だ。
だからこそ、わざわざライン戦線では強行偵察で穴倉から引きずり出していた。

当然、首都に対空砲といった目立つものがなくとも魔導師程度はいるに違いない。
誰もがそう考えていたし、今なお伏撃を警戒する声はかしこにある。

それこそ、帝都上空を共和国軍が飛べないように共和国首都上空は相応の迎撃があるだろう。
対魔導師戦闘を意識して飽和攻撃で防御膜と防殻を撃ち抜かんと弾雨が来るはずのエリアに違いない。

そんな事前予測はほとんど抵抗なく将兵にも受け入れられるものだった。
にもかかわらず、弾一発飛んでこない。
無抵抗主義者が過半を占めているとも思えない以上、敵がいないということだろうか?
インターセプトするべく上昇してくる魔導師どころか、対空砲すらいないとなるとむしろ不気味だ。

ペンウッド卿のように敵もろとも自爆してやるという義務に忠実な人格者でも立てこもっているのだろうか?

いや、一応首都だ。
自爆で吹き飛ばせるほど政治的には軽くないだろう。

「HQ了解。弾着観測を継続しつつ警戒せよ」

だが、それが気になるとしても今はまず別のことに専念しなくては不味い。
軍は市街戦を忌避し、市街地に敵が立てこもる前に粉砕することを意図している。
其れ自体には異論がない。意図は正しいと言える。
厄介な市街戦で一区画ごとに掃討戦を行うよりは、包囲せん滅の方がよほど楽だ。
なにより、効率的である。

しかし、砲兵隊が粉砕に手間取ると後退を許しかねない。
あるいは抵抗を断念した敵部隊が自発的に下がることもありえる。
そうなれば、後背を抑えることで退路を断つ必要が生じることになるだろう。

当然ながら、空挺部隊の手配はされていない以上魔導師が代役を申しつけられる。
下手をすれば、自分の部隊が降下強襲任務に従事する可能性もあるのだ。
もちろん塹壕戦に比べれば随分とマシなのは事実。
しかし、敵の支配下真っ只中の市街地で伏撃を受けるかもしれないという危惧は楽しくない。

やらずに済むならば、そちらの方が良いに決まっている。

敵の動きと、地形を頭に叩き込みつつ砲兵隊の活躍を祈念するほかにないだろう。
一応、対地支援射撃で退路に脅威を与えることで拘束できないか検討するべきか。

「フェアリー了解。引き続き、警戒に当たる。」




共和国国防次官兼陸軍次官、ド・ルーゴ少将はその端正な顔を苦々しく歪めながら船上にその身を置いていた。

自らが立案したことといえども、この事態は不愉快極まる事態。
『大陸撤退』プラン。
人生において、これほど屈辱的な仕事といえばド・ルーゴ少将には他に思い当たらないだろう。
誇り高き共和国軍人として歩んできたド・ルーゴ少将の胸中は屈辱感と憤りに満ち溢れていた。
共和国の栄光を信じて死んでいった兵士たちや戦友ら。

その挺身があればこそ帝国の注目を首都に引き付けることができていた。
彼らが懸命に稼ぐ時間。
それは、共和国の命脈をつなぐ何よりも貴重なものだ。
一刻たりとも無駄にはできない。

フィニステール県、ブレスト軍港。
それは残存する共和国軍艦艇の停泊地として知られる軍港だ。
そこに、ほぼかき集められるだけかき集められた船舶が帝国に悟られぬまま集結に成功。

重装備や希少資源を含む多数の物資を満載し多くの兵員と共に彼らは離脱する。
守るべき国土、守るべき人々を置き去りにしてだ。

東部方面軍の壊滅によって崩壊すると見られた対帝国戦線の再編問題。
不可能と見たルーゴ少将は本土放棄を決断し実行しているが、彼にしても国土を放棄することへの躊躇いは強かった。
せめて、せめて後2週間早く連合王国が介入を決断していれば。
いや、あるいは10日でもいい。共和国軍主力が包囲撃滅された時点で連合王国が動いていれば。

そこまで考えかけてド・ルーゴ少将は考えても埒の明かないことだと自分に言い聞かせた。

「・・・進展状況は?」

そして、過ぎ去った好機の事は思考から追い出すべく頭を切り替える。
帝国軍に撃滅された主力は訓練され武装された精鋭だった。
これを失ったことは痛恨の極み。

だが、まだ共和国軍には纏めれば相応の兵力がある。
もちろん、分散配置されたままでは各個撃破か武装解除の対象に過ぎない。
しかし、しかしだ。

これを組織的に脱出させることができれば纏まった軍団が温存できる。
それこそ、機会を伺えば帝国に痛打を与えることも不可能でない程度の兵力が。

「第三機甲師団乗船完了しました。現在、第七戦略機動軍団より集成旅団が乗船中」

虎の子の戦車師団
辛うじてロールアウトしたばかりの新型演算宝珠と新型主力戦車を装備する第七戦略機動軍団。
これらが合流できたのはこの惨事にありながら不幸中の幸いだった。
おかげで質的改善の著しい帝国軍魔導師にも対抗できる。

大半の魔導師は機動力にモノを言わせて既に集結済みだったが、首都近郊の第七戦略機動軍団の合流は微妙だったのだ。

これらの兵力を見ればド・ルーゴ少将ならずとも確信できるだろう。
まだ、戦える。
まだ、負けたわけではない。
と。

なにより、不完全燃焼にもほどがあるのだ。
確かに共和国軍の多くはライン方面に配置されたが、残存部隊とて決して無視できる規模ではない。

第一ラウンドは相手にとられたとしても、最終ラウンドで立っているのは共和国ということもありえなくはないと叫びたいところだ。

故に、反転攻勢を見越して彼らとしては手持ちの戦力をかき集めたいところである。
だが同時に、作戦の性質上時間の制約にも直面していた。
長引けば長引くほど機密が露呈する可能性は高まる。
そうなれば、今手元で集結しつつある反攻の中核となるべき兵力が悉く叩かれかねないのだ。

当然、指揮官としては時間と他部隊の集結度合いで決断を迫られる。

「・・・特殊作戦軍は?後どのくらいで合流できる?」

そのような状況下でも、なおド・ルーゴ少将が期待して待ち望んでいるのが共和国特殊作戦軍という精鋭らだ。
特殊な任務遂行を前提とした精鋭らからなる魔導部隊。
中でも、あのアレーヌから生きて帰ったビアント中佐らの力量と経験はこれからの戦いにおいて大きな力になろう。

彼らが合流に成功すれば、選択肢が格段に広がると参謀らも推察していた。
だが、それでもリスクも小さくないのが現状なのだ。

「10時間程度を見込んでいます。パリースィイからの急行となると追撃を受けている可能性すらありますが。」

・・・追撃を受けている場合、最悪のケースで追跡してきた帝国軍部隊にこちらの存在を感知されかねない。

そうなれば、これまでの努力が一瞬で崩壊しかねないだろう。
恐るべき可能性だ。
さすがに、このような状態で受け入れられるものではない。
彼らを見捨てていくべきではないだろうか?

一部ではそんな意見すら出かけている状況だ。

「・・・10時間後に出港だ。魔導師ならば洋上でも合流可能。時間内に最大限積み込みを行え。」

だが、ド・ルーゴ少将はぎりぎりまで待つ決断を下す。
積みこみと時間の制約。
その両者が許す限界まで待つことを決断したのは一つの賭けだった。

それはハイリスクではある。
そして成功すれば大きなリターンも意味した。

「それよりも、問題は海路だ。状況はどうなっている?」

「第二護衛艦隊よりの定時連絡ではオール・グリーン、と。」

だが、まずは退路を確保しなければならないのも事実。
そして船舶のルートは一応、帝国軍の影響下から依然として自由だった。
なにしろ帝国海軍は共和国海軍を圧迫したと確信しているが、それはいくつかの限定された条件下で辛うじて成立した状態だ。
正面から戦うだけが海軍の戦い方ではないと、教育してやれるだけの戦力は今だ健在である。

なにより、連合王国海軍を加えれば圧倒できるのはこちらなのだ。
帝国軍の戦略的柔軟性はあまり豊かではないと予想された。

「第14独立潜水戦隊より入電。ノーコンタクト。ルートはクリアです。」

そして幸いにも帝国軍はこちらの動向に感づいていない。
もしも、察知していれば物資を満載した船舶の逃走など許すはずもないだろうが。
今のところ、その様な兆候は一切確認されていない。
連中の行動基準からして、感づくのはしばらくたってからというのはありうる予想というところ。

もちろん一度脱出を成功させてしまえば、帝国は感づくだろうという事は予想できる。
だから、チャンスは一度。
たった一度の機会に賭けねばならない。
その一度が成功するかどうかは、共和国軍の動きを帝国に怪しまれてはならないという事が条件だ。
或いは、その目をどこかに逸らしてしまえばよい。

「在連合王国大使館よりレポート。敵主力は“演習中”の連合王国艦艇がホストを遂行中。」

そして、間抜けというべきか恒例というべきか。
突如として“抜き打ち訓練”という名目で連合王国本国艦隊が緊急演習を領海至近で敢行した。
おかげで、帝国軍の主力艦隊と航空・魔導戦力はそちらに張り付きこちらはフリーハンドを得ている。

集結中の船舶にほとんど損害が出るような妨害がないことからして、相手はこちらの動きに感づいてはいないのだろう。
現状、軍港付近で不審な帝国軍の軍偵といった不審人物の発見報告もない。
過信は禁物だが、決して絶望するには値しない状況だ。

「・・・ありがたい援護ですな。」

「なんとしても、生き延びて反攻を。」

「南方領域からの反攻作戦。臭くて耐えがたい連合王国の飯を齧ってでも戦い抜きますよ。」

部下らの戦意も衰えてはいない。
少なくとも、まだ、まだ戦えるのだ。
祖国を一時的に帝国の手に委ねることになろうとも、最終的には母なる土地を取り戻す。

「なんにせよ、これからだ。」

心中の固い決意。
その感情を抑制しつつも、呟く口に込められた思いは闘志に満ち溢れていた。
ド・ルーゴ少将は愛国者だ。
国を愛し、祖国を愛し、祖国の栄光を信じて止まない。
偉大で無い共和国とは、共和国ではないのだ。

なればこそ、なればこそ彼は共和国のために無条件の奉仕を行ってきた。
祖国の栄光と名誉のために半生を軍務に捧げてきたのだ。

⚔️ あとがき


システム情報風

共和国?
⇒ 大陸よりこっそり退却中
エスコンの大陸戦争序盤的な何か?
ド・ルーゴ少将閣下の活躍にご期待ください。

連合王国
⇒ 準備運動が完了したようです。
ジョンおじさんの愉快な冒険譚にご期待を。

アカども
⇒ アップを始めた模様です。
汚泥と泥濘の準備は冬将軍次第です。

民主主義の武器庫
⇒ 営業計画の策定を開始しました。
もちろん、孤立主義ですが大統領閣下はやる気の様です。

帝国
⇒ シューゲル技師が期待に応える準備を始めました。
『こんなこともあろうかと』!


※アンドリューWTN特派記者がロンディニウムで活動しています。
※ゼートゥーア准将が少将に昇進するかもしれません。
※存在Xが信仰心の充足度会いに満足しています。

※誤字加筆修正
ZAP