旧日本海軍強化兵士計画





  .

父 中村留吉 儀


三月十一日自宅にて、九十五歳をもって永眠いたしました


故人は旧海軍二等兵、空母瑞鶴で零戦整備のち機関部転属


本人の同意なしに改造人間化の実験に利用されたが失敗し、心身に後遺症が残った


ここに生前のご厚情を深謝し、謹んでお知らせ申し上げます


北海道札幌市 喪主 中村旦宏


  ( 3 / 17  朝日新聞朝刊 より )



i






井上純弌氏による「萌え絵/エロ絵」講座・第一部


ということで講座本番です。講座中にプロジェクターで図表を使いまくってたのに、手元にあるのはメモ書きばかり(状況は記憶と想像に任せる他ない)とか、井上氏がライブで喋ってるからこそネタとして成立してる黒いトークやディープなネタが、テキスト書きになると角が立ちそうでデトックスを考慮した(途中で断念)とか、余りにも多方面のオタネタ総動員なトークで筆者としてはメモからの講座再現が難しかったり(実は「攻殻機動隊」オープニングについては具体的解説があったけれど、私自身初号試写を観たっきりなので再現を断念)とか、難航させていただきました。

予め前回投稿の「批評について」の項を一読した上で(それを前提に)読んでいただくのをお勧めします。個人的に「余りに断言の目立つ主張は疑ってかかれ」という意識があるのですが、自分の才能や、努力で底上げする力量に限度があるのを分かった上で、それでも確実に萌えなりエロなりでイラストや漫画を描いていくための考え方であり、一つの割り切り方なのかな、と捉えております。

5)講座第一部・構図と歪(ひず)み

a)萌え絵とエロ絵
中国嫁日記」を始める前に、僕フィギュアを沢山やってたでしょ。その切っ掛けになったのは「同人誌って一体何だろう」と考え始めた事で、それから10年以上経つけど何も変わってない。「同人誌って何だろう」っていうのは、「エロって何だろう」という疑問に繋がるんです。

「萌えって何だろう」と「エロって何だろう」は、この際区別しません。
それは何故か。僕が今から言う事の「エロ」を「萌え」に置き換えても何ら問題が無いから。ここで大事なのは、エロと萌えがイコールだって話じゃない。エロと萌えは明確に違うものなんです。でも同じ文法で扱っていいものなんです。舌に感じる痛覚を「辛さ」と捉えているのと同じです。その辛さと痛さに通底する痛覚を僕は語ろうとしている。エロと萌えの違いは強弱の問題。でもこの違いがとても大事で、境界が凄く難しいから、エロを萌えに投入しても失敗したりする。筆の喩えを使うなら、大作用筆には面相筆の代わりはできないんです。
基本的に今日僕はエロについて語ります。萌えについては、強弱の問題としてエロを弱くすれば萌えになると言えるんだけど、弱くする作業が物凄く大変なので、これは僕以外の誰かが語るべきです。萌えとエロは同じ文法でも別な論理を持ってるんです。でも同じ「筆」だから、僕は共通文法にあたる「筆」を語るんです。

b)構図論:スーパーマン2人
プロジェクターに今表示してる絵は山本貴嗣先生の「本気のマンガ術」から引っ張ってます。
これは素晴らしい本です。主観に満ちあふれている(笑)。「ホーリーランド」でグレイシー柔術を使う奴だったかが舌をペロリとやって「おいしい」って言うような心境です。「どんな主観で俺を振り回してくれるんだろう。おいしい」(笑)。

山本先生は素晴らしい技術の持ち主です。「レンズ」=世界を見る目と言うか、世界を描き表す目を、沢山持っている。
この目=レンズは、普通の漫画家は1本しか持ってないんです。あの安彦良和さんも1本。これは(スタジオ)カラーの人から教えて貰った話。その人は2本くらい持ってた。プロダクションIGの凄いレベルの人だと3本持ってるんだって。で、山本さんはと言うと、3本持ってるんです。この人はだから、IGの凄いレベルの人並みの実力を持ってるんです。
端的にそれはどういう事かと言うと、レンズを変えるのに合わせて、身体の描写を綺麗に歪ませる事ができるんです。

ではこの本、どんな主観なのか。具体的に言うとこうです。
2人の剣豪が立ち会って勝負って状況で、キン!と暗闇のコマが入って、次のシーンで2人が離れてる。片方がチンと刀を収めると、もう片方が倒れる……って演出。「もういい加減にこんな詰まらない演出は止めよう」って言うんです。代わりに、この剣豪は刀をどう握るのか、どう振るのか、どう当てるのか…といった事を考えて描くべきだって。僕はいくらでもこの演出描いちゃうべきだと思いますけどね(笑)。そんな事言ってたら「BLEACH」は描けない。だったらチンと刀を収めた後のリアクションにバリエーションを増やすとか、引き出しを一杯作っておいた方が、実際に描くのには役に立つ。でも山本さんの言ってる事は全て正しい。正論なんです。他にも、自動式拳銃とリボルバー式とでは、握ってる手の持ち方が違うのに、皆ごっちゃにしていてけしからん、とか書いてある。確かに違うんだよ。グリップ握ってみれば分かる。でも拘り過ぎじゃないかと。

拳銃絡みで余談ですが、ソノケン(園田健一)さんの場合。同じ自動拳銃を持ってるのに握りが違う場合がある。どういう事かと言うと、キャラクターそれぞれで指の長さが違うから、指の出方がそれぞれで違っちゃってるんです(笑)。
ソノケンはねえ、コミックマスターJが(岡昌平の二次創作で)内股になって泣きながら逃げ出した男なんですよ(笑)。この間も「最近のガキは」ってボヤいてたんで聞いてみると、アシスタントが車の絵を描いた。それに没を出した。でも何故か分からない。聞いてみると「頭使って描いてるのか? この車には人が乗ってねーだろ」。更に分からなくて聞いてみると「サスが凹んでねーだろ」って。画面に描かれた車の絵を見ても、我々にはサスが沈んでるかどうかなんて判別できません。園やんには分かるんです(笑)。「園田さん、その描き分けができる奴って?」と聞いてみたら、挙がってきたのが「ことぶきつかさ」。それだけの腕があれば、ガンダムAで連載持てるわ!

…それはともかくとして、山本さんはそれぐらい凄い人なんですが。
その「本気のマンガ術」の中にあったこの図が分かりやすい。

(プロジェクターで3種の構図を比較する一覧を表示)
上段が広角レンズの構図、中段が標準、下段が望遠の構図です。

どういう事かというと、この広角の画面の一部を切り取ったのが標準で、その一部を更に切り取ったのが望遠なんです。広角の中に要素が全て入ってるんです。
広角ってのは何かと言うと、「全体を描く」事なんです。広角ってのは3Dです。画面に奥行きと長さがある。標準だとそれが無くなってきてる。望遠にまでなると全く無い。望遠の世界は全て平行な世界。この世界では絵は歪みません。広角だと歪むんです。
「あれ? 広角>標準>望遠って、被写体に段々近づいてきてるじゃないか」とか思うでしょ。でも違うんです。これは近づいてるんじゃなくて、レンズが違うだけ。背景を見比べれば分かる。あと広角の構図を見ると、奥側の人物が広角だと凄い奥でしょ。手前側の人物が凄い近いでしょ。これが歪んでる状態。反対にこっちの望遠構図は歪んでない状態。

最近のアニメーターは画面の構図が望遠なのに、手前の要素だけを大きく伸ばしてたりする。これはデジカメによって「レンズ手前の物は歪む」って新しい感覚が生まれたんです。でも本当は、この広角の構図みたいに綺麗に歪ませなきゃいけない。これは人間の肩のラインとか見ると分かるんです。
これがちゃんと出来る人が少ないんですよ。山本さんにはできる。でも普通の人間にはできない。
これに関して山本さんが「これはやってはいけない」って言ってるのを挙げましょう。それは「1つのコマに違うパースを混ぜないようにしよう」。広角の人間を望遠の画面の中に入れると書き割りみたいに見えてしまう。広角の画面の中に望遠の人を入れると、望遠の人は歪まないからやっぱり違和感がある。
では広角の画面に望遠の人を入れた構図を見てみましょう。……見ててそんな違和感無いでしょ?(笑) それが分かるのは山本さん、あなたが凄いからなんです。スーパーマンじゃない僕たち一般人には分からない。それにこっちの方がなんか収まりが良く見える。格好いい。
実際、士�欖正宗先生は背景を広角で描いてる中に、人物を望遠で描いている。だから彼の美少女絵はどっから見ても同じ「ハンコ絵」なんですけど、それは別に士�欖正宗が僕たちを騙してるとか楽をしてるって話じゃないんです。そっちの方がいいんです実は。

c)構図論:萌え絵とエロ絵は望遠
(プロジェクターで自作の、男女の情交シーンのラフ絵を広角構図・望遠構図で比較)
(まず広角レンズの構図を写して)
AVって基本的に広角レンズで撮影してるんです。特に沢山の人とやる場合、物凄い広角レンズを使う。何にでも対応できるように、全てが画角に入るように。だから手前の人物が拡大されて、奥の人物が小さくなる。

で、こうして見てみると、広角の方が迫力あるように見えるでしょ?
でもね。3Dだと迫力はあるけど、突き放した感じがするの。読者を冷静にさせる。後、絵が下手だと奥の人物が小さいって思っちゃう(笑)。これ皆笑ってるけど、すっごい重要な事なんですよ。絵が上手くないとエロ漫画描けないなんて、そんな信じられない事があるかって話で。
そして3Dは客観性が入るんで、なんかバカっぽい。
世の中には凄い絵の上手いエロ漫画家がいて、こういう広角の構図を多用する人がいるんだけど、大抵そういうのはバカっぽい話になっている。これは実は、絵の上手い人がバカっぽい話にしようと思ってるんじゃないんです。こういう構図を多用したネームを切る事で自分に客観性が生まれて、キャラやシチュエーションを客観的に冷めて見てしまうの。「こんなのあり得るか?」って笑えてきちゃう。で、ハハと笑ってギャグ話にしちゃうの。沙村広明先生のギャグ漫画なんかそうですね。「無限の住人」で有名な沙村さんですが、あの人はくだらないギャグ漫画も描く。なんで描くかというと、あの人は絵が余りにも上手すぎるから。

(画面を望遠構図の絵に替える)
次は望遠です。
近くに見えるでしょ? 2つのモチーフ(絵の中の男女)との距離感が無くなって近く見えるんです。これで何が違うかって言うと、ヤってる感じが強い。絵が下手でもそれなりに見える(笑)。これは非常に重要な事です。皆エロ漫画ではこういう構図で描きますけど、中には絵が描けなくてこういう構図にしている人もいる。
そして客観性が飛んで、臨場感が出る。これがエロなんです。これが重要なんです。
昔キムタクが出てた「HERO」ってドラマあったでしょ? あれ見てると分かるんですけど、最初はずーっと遠景で撮ってるんですよ。クライマックスになってくると、ずっと顔のアップを写してるんです。アップって何かというと、望遠レンズ。アップっていうのは、感情移入させたい構図なんです。パースを殺した方が、その人が(心理的)仲間になる。

押井守監督はこれを逆手に取って、魚眼レンズを使って撮る。押井さんの映画には一定の法則があって、魚眼レンズで撮ってると、これは必ず誰かにスパイされてるの。誰か監視者がいる場合に魚眼を使うの。魚眼の構図で客観性を入れると同時に、誰かが見てるぞと告げる記号として使ってるの。
攻殻機動隊」のオープニングもそう。もうワンシーンで素子が人形遣いに出会って次の段階にシフトする物語を予め説明している。それは凄い事なんだけど、こんなの普通理解されない(笑)。俺だけが喜ぶ(笑)。

…話を戻すと。
「その人のつもりになれる」のが望遠なんです。だから望遠は多用すべきなんです。

(プロジェクター画面、18禁同人誌の抜粋に切り替え)
これはbolze.さんの新刊。なぜ新刊かというとbolze.さんは常に進化してるから、新刊を使わないと悪いと思って。bolze.さんはコミケの最大手で何千部も1日で売っちゃう方で、僕なんかは下の下です。
で、大体毎回似たような感じの本を作るんですね。それを指して「手抜きだ」とか言う人がいる。でもそれは違うんです。彼は選んでそうしているから。実際に彼の同人誌は確かに凄くエロい。それは何故か。
画面を見てください。彼の絵には構図が無い。パースが無いんです。望遠と同じで、こっちの方がエロいんです。臨場感があるから。彼はそれをよく分かってるんですよ。何故なら、彼は昔はパースのある絵を描いていたから。敢えて止めたんですよ。
(画面、別の同人誌に)
こちらは私の大好きなMTSPさん。極端なパースなんて全然無いでしょ? 全部同じ。

売れてる同人誌ってパースが無いんです。要らないから。
それは彼らが楽をしようとしてやってるんじゃなくて、彼らは分かってるんです。その方がエロいって。
エロというのは、基本望遠なんです。望遠でなければエロは描かれない。

これ実は「萌え」もそうなんです。
次の資料は「萌え絵の教科書」(refeia)なんですが、これも非常に面白い本です。
萌え絵の描き方が端的に書いてある。あまりにも端的なんで、「難しい構図は描かないようにしましょう」とか書いてある(笑)。素晴らしい本です。なぜならスーパーマンでない我々に凝った構図とかできないから、入門編としてはこっちが正しい。
顔の描き方として参考に、「正面でない顔の描き方」。

(プロジェクターで内容を表示)

顔のパーツ全部平行に揃ってるでしょ? つまり全部望遠なんです。
この本、丸々一冊読みましたがパースの話は出てきません。一切。萌え絵にパースは無いって、この本の彼は知ってるんです。だから説明しなかった。必要なら説明しますよ。萌え絵にパースは要らないんです。
でもそれは「手口」じゃない。これは重要な事なの。思い入れってのは基本的にエロ絵と同じですからパースが要らないんです。わざとパースを消してるんです。
次にこちらを見てみましょう。
(プロジェクター、美少女のトゥーンシェード3DCGを表示)
トゥーンシェードです。3DCGを萌え絵風に処理した物です。これ、3Dデータだからカメラなんて幾らでも切り替えられるんです。
ところが、ゲームの世界では全部望遠が使われてるんです。アイマスもそう。
アイマスは舞台の上のアイドルをカメラで追う設定になってるから、プレイヤーは「臨場感ある見せ方」として捉えてますけど、それなら別のゲームでは望遠である必要性が無い。普通に撮ればいいじゃんと思う。でも、やらないんです。
やると何が起こるか。これは重要な事です。これは本当に3Dをやってる人に聞けば分かるんですけど、実はこれらのゲームは、わざとこうして望遠にしてるんです。3Dで望遠にしておかないと、顔が崩れるからです。望遠にしておかないと、顔にパースがついておかしくなっちゃうんです。そうすると、「萌え絵」だと僕たちに認識できなくなっちゃう。そのキャラだと認識できなかったり、もしくは「可愛い」と認識できなくなる。
さっき士�欖正宗さんの話したでしょ? 背景は広角で描かれてるのに、キャラは望遠だって。それは、彼が「それが一番キャラが可愛く見える」って事を知ってるんです。「可愛い」って文法の中には、実はパースが無いんです。なぜならパースの無い絵こそ、我々の中に培われたエロというものだから。

d)構図論:古今東西エロスは望遠
これ、今だけの話じゃないんですよ。次に昔の「春画」と呼ばれた江戸時代の絵を見てみましょう。

……ビックリするでしょ? みんな望遠なんです。「この時代にはカメラが無かったから当たり前だ」と言うかもしれない。でもその頃、既に西洋では遠近法が開発されてるんですよ。勿論日本では遠近法が開発されなかったからだという事もできるけど、この頃既に西洋絵画とか入ってきてたから、描く人がやろうと思えばできた筈なんですよ。やっても良かったのにやってない。広角で人間の大きさを変えて描く事もやってない。

それは、これがエロ絵だから。
抜く時に使われるものだから。だからパースを消してるんです。

古来我々は、抜く時・使う時には、常にパースの無い絵を選択してきてるんです。その証明なんです。
……あのね、今日持ってこなかったけど、西洋絵画でもエロっぽい奴って望遠で描いてあるんです。「泉」とか「裸のマハ」とか。あれは、歪ませたく無いんですよ。人間の身体を。その方がエロいって分かってるから。

……という所で1時間経っちゃったから、第一部はここでお終い。