70

 幼女戦記

⚔️ ああ

 

01. 02. 03. 04. 05. 06.
00 01 02 20 21 40 41 60 61 80 81 1₀₀  □

⚔️ 第七〇話   カルロ・ゼン 2012.04.12 01:10


我はターニャ。ターニャ・デグレチャフ

主よ、僕として、一介の敬虔なる卑しい僕として、御前にて願い奉らん。

主よ、我御前にて、神聖なる御誓いをたてん。

祖国を、名誉を、誉れを誓わん。

主よ、理の乱れを正したまえ。

卑劣を、裏切りを、背教をただす力を我に与えたまえ。

主よ、我を恒久なる平和のための道具といたしませ。

我が身は、信仰の具象にして、真理の鍵。

帝国の清浄な門を犯せし、許されざる罪人を

帝国の善き人々にあだなす、口にするのも汚らわしい怨敵を

帝国の誇りと信頼を汚せし、名誉を知らぬ汚物を

帝国と主の王国の名において、我は一切地上より滅すことを御誓いいたす。

咎人地より消え、悪しき者絶滅されるよう、我が魂よ、主を頌えよ

──ハレルヤ

主よ、不義なる者を打ちのめしたまえ。

主よ、不義なる者を打ちのめす力を我に恵みたまえ。

主よ、この心の虚しさを正義の憤怒で満たしたまえ。 

主よ、輩を裏切りしイスカリオテを焼きつくしたまえ。

主よ、我に力を与えたまえ。

主よ、我に貴方の名を唱えることを許したまえ。

おお、主よ、主よ、主は偉大なり。

我は、ターニャ。ターニャ・デグレチャフ

主よ、我と我が朋友を。

主の王国を守らんと、御盾とならん信徒を御照覧くださりませ。

我が付き従えるは、帝国の防人。

裏切られ、名誉を汚された歎きの信徒にして

敬虔にして、信仰のための戦いに喜び赴く熱信者。



我らは信仰の守護者にして、帝国の処刑人。

すなわち、我らは神の代理人

神罰の地上代行者。

主は我を導き、剣は我に付き従う。

かくて主の助けによりて、我らは勝利せん──

我らが使命は

我が神に逆らう愚者を

その肉の最後の一片までも絶滅すること―――

主よ、あなたのまします天が下より彼を逐い、御怒りによって滅ぼしたまわんことを。

Amenエイメン



出典不明 『悪魔の囀り第一節』 ロマーニャ大司教座記録文章より。






ターラント軍港上空。
V-1を活用し、長駆襲撃を敢行した帝国軍二個航空魔導大隊。
対する連合王国は海兵魔導師一個旅団を投入。
質・量共に圧倒する連合王国に対し帝国側は劣勢を強いられる。

当初の目的達成は困難。

そう判断したイルドアヌス戦闘団指揮官、ターニャ・デグレチャフ魔導中佐は自ら予備隊を指揮。
ターラント軍港に終結したイルドア王国主力艦の無力化を行うべく長駆襲撃を敢行する。

「ルドラ01より、ルドラ特別攻撃隊。」

特別攻撃隊に付けられた臨時コードはルドラ。
デグレチャフが、直卒して強襲と聞きつけたレルゲン大佐命名によるものだ。

「目的は、イルドア海軍戦艦の撃沈ないし拿捕である。」

V-1間の通信状況から。短く簡潔なブリーフィングのみが行われる。
古参兵を2つの小隊長とし、自分の列員にもう一人を配置。
デグレチャフ突撃』と。
後に参謀本部をして唖然とさせる独断専行は、かくして幕を開けた。

「友軍の損耗に配慮する必要はない。任務を遂行せよ。」


対する連合王国側も用意に抜かりはなかった。
空母付き海兵魔導師らからなる部隊を指揮するドレーク少佐は、ベテランだ。
過去には、間にあわなかったとはいえデグレチャフ追撃戦も指揮。

帝国軍魔導師の特性をよく知り尽くし、相手の強いエリアでは戦わない狡猾な指揮官でもある。
そのドレーク少佐をして、飛び込んでくる報告は背筋をうすら寒くさせる代物であった。

「パイレーツ01より、パイレーツ海兵魔導団。」

目前では、緊急離脱を図る帝国軍魔導師らの姿。
二個大隊程度とはいえ、基幹要員の古参兵を除けば実質的には新兵の様な練度だった。
少々てこずる局面もあったものの、全体的には圧倒している。

いまなお、追撃戦を試みるべきかと指揮官らが思い悩むほどだった。
だが、ロマーニャ方面に展開している観測班からの警告でその必要性は一瞬でけし飛ばされる。

「悪い知らせだ。ネームド警報を確認。」

辛うじてとはいえ、やはり一部の観測要員だけでも北上させた甲斐があった。
間違いなく、保険というものは用意しておくべきだとドレーク少佐は安堵する。
迂闊な追撃戦を行っていれば、きっと丸裸の艦艇が餌食となっていた。

「観測班によれば、『ラインの悪魔』だ。」

ラインで、絶対防御線で、突破不可能と謳われた全ての戦線で。
全てを無理やり力ずくでこじ開けている帝国の先鋒を担う化け物だ。
長距離で相対速度が高速の信じがたい機動を双方が取るために、はっきりとした容貌は不明。

だが、辛うじて残っている交戦記録からすると小柄の女性という事までは判明している。

「帝国軍のネームドの中でも最悪の奴が突っ込んでくるらしい。」

笑えない話だが、『ラインの悪魔』とやらに接敵し生き残れた幸運な魔導師は子供嫌いになるらしい。
奴に接敵し、近接戦闘を生き残った魔導師が皆無に近いことから本当に子供かどうかは分からないとしても。
広域に垂れ流される奴の甲高い声を思い出し、思わず無意識のうちに演算宝珠を握ってしまうという事だ。

帝国軍が、根こそぎ動員で魔導師資格のある子供まで動員しているという事があるのだろう。
おそらくは、何かの誤認があるとは思うのだが。

なにしろ、『ラインの悪魔』は開戦当初から存在が確認されている化け物だ。

「今すぐにでも、母艦に帰ってティープディングを楽しみたいところだが仕事が残っている。」

その正体は、実際興味が無いわけではない。
だが、それよりもそんな凄腕を相手取るというのはベテランならばことさら厄介だとわかる。

「幸い、規模は中隊弱程度だ。」

数だけ見れば、さしたることもない連中。

だが。

侮るなかれ。

奴らが。
奴らこそが。

帝国の先駆け。

「無理はするな。時間を稼ぐだけでよい。援護を密にせよ。生き残れば、我らの勝利だ。」

だが、こちらとてむざむざと相手の舞台で踊るほどウブではない。
老女と揶揄される祖国だが、それだけに手管はいくらでもあるのだ。



かくして。

イルドア王国最悪の悲劇が幕を開ける。

だが、戦史は別の事を語る。
連合王国と帝国。

その運命の分水嶺だった、と。



『『エンゲージ!』』

接敵の感知。
それは、ほとんど全く同じタイミングだった。

強行偵察用特殊追加加速装置特有の高度及び速度。
ラインで使用されて以来、連合王国とて当然情報収集に余念がなかった。

故に、ドレーク少佐にとって方角とおおよその敵情が掴めていれば感知は容易い。

対するデグレチャフ中佐にとってみれば、その高速故に優れた索敵能力が活用し切れていなかった。
早すぎる速度故に、最大感知範囲に敵を捉える頃には近づき過ぎている。
故に、本来ならば最大の強みである圧倒的なアウトレンジが活用できていない。

だが、そもそもデグレチャフ中佐にとってみればそんなことは問題ではなかった。

なるほど、素人ぞろいの先行攻撃隊では碌に強行偵察用特殊追加加速装置なる珍妙な兵器は十全に使いこなせまい。
せいぜいが名前通りの運用ができれば御の字という練度。
なにしろ、V-1の突入角は最終的に魔導師が直接微調整してやらねばならないのだ。

実のところ、迎撃されるという緊張感で動揺すれば碌に当たりもしない代物。
故に、対拠点攻撃といった範囲を優先する攻撃に使用されることが多いおおざっぱな兵器。

『各位の最終調整を確認、諸君行動を開始せよ。』

だが、逆に言えば多少外れても構わない程の威力。
直撃させることができれば、その威力は本来の破壊力を存分に発揮し得る。
無論、それは理論上の話に過ぎないと言えばそれまでだ。

凶悪なまでの推進力。
加えて、鈍重な操作性。
これらを乗り越えて直撃させられるのは、ほんのわずかだ。

だが、そのわずかな連中が扱うとそれは恐るべき災厄と化す。


『対艦攻撃を最優先とする。目標、敵戦艦。』

高度10000フィートでの射出。
同時に、大量に散布される残骸と突進してゆく弾頭。
本来であれば、そこからHALO降下だが今回は突破を優先。

魔導師による対艦攻撃など、限定的な損傷しか与えられない。
だが、艦橋を叩けば事態はだいぶ変わってくるだろう。

機関区と艦橋の破壊。
それだけで、最低条件は達成し得る。
自沈されたところで、浅いターラント軍港ならばサルベージも容易。

故に。

ターニャは全く一切合財の躊躇をかなぐり捨ててイルドア戦艦群に襲い掛かる。
対して、ドレーク少佐はわずかながらも艦の拿捕阻止を意識し過ぎていた。
いや、決してその意図は間違ってはいないのだ。

なにしろ、本来のターニャの、帝国軍参謀本部の作戦意図はイルドア戦艦の拿捕だ。

手に入れられないと理解したターニャの行動は、ドレーク少佐をして予期しえないもの。


「迎撃!敵対艦兵装を止めろ!」

咄嗟に。
敵の意図を理解。
阻止を命令。

先発の帝国軍部隊が運用していた兵器。
さほどの命中率もないため、軽視していたソレ。

だが、その軌道は見事なまでに停泊中の艦艇に向けられている。

不思議と、誰が見ても直撃コース。
同時に、限界戦闘高度で限界降下速度を振り切って駆け下りてくる魔導師群。
規模だけ見ればバラバラに降下してくる連中に過ぎないだろう。

だが、ドレーク少佐は思わず舌打ちして悪態を思いつく限り叫びたかった。

想定よりも、遥かに速すぎた。

元々の最大速度に降下速度が加わった敵魔導師の速度はあまりにも素早い。
そして、そちらに気を取られた部下の迎撃火線は散らばってしまっている。
おかげで、突入してくる10基あまりの内迎撃できたのはわずか3基。


後の7基は容赦なく戦艦群へと降り注ぐ。

そのうちの2基は目標をそれて至近弾に留まる。
それでもヴィットリオ級が傾きかけるほどの代物だった。

だが、彼女らはまだ運がいい方だろう。
なにしろ直撃だけは避け得たのだ。

直撃を受けたドゥイリオ級2隻の運命は悲惨だった。
衝突の瞬間、信じがたい轟音が発せられたかと思うと煙と油しか跡には残っていない。

超弩級の誉れを持つヴィットリオ級ですら、運のない船は1基の直撃で急速に横転しつつある。

たった一瞬。
そう、たった一瞬でだ。

イルドア海軍の主力艦3隻が屠られている。

「・・・いやはや。これは、逃げる時間を稼ぐどころの話じゃないな。」

思わずドレーク少佐をして唖然とさせる敵の思い切りの良さ。
手に入らないならば、敵の手に渡さないように破壊する。
理屈で言えば、明瞭簡潔なそれ。

だが、こんな短時間でそこまで理屈で、合理性だけで動けるものだろうか?

「侮ったつもりはなかったが…、まったく割に合わない相手だ!」

こちらが想定する最悪。
それを常に選択してくる最悪の敵。
実に、実に敬意を持って殺してやりたい敵だ。

「パイレーツども!化物相手だ。まともにやり遭うな!適当にじゃれろ!」

怒号し、包囲し距離を取って嬲り殺しにすることを選択。
その時点においてドレーク少佐の判断は完全に正しかった。
選びうる最良の選択肢を選び抜けたというべきだろう。

彼は、誇ってよい。

なにしろ。

結果だけ語るならば。
パイレーツ海兵魔導師戦闘団は、やり遂げた。
少なくとも、残存艦艇が離脱するだけの時間を稼ぐことはできた。

なけなしの判断力を使ったイルドア海軍が抜錨。
遅きにしっした観はあるものの、ともかく行動は開始された。

戦略的に見た場合、この意義は少なからずのものが有る。

大半を。
部隊の大半をすり潰すという損害を許容するのであるならば、だが。

指揮官にとっては、究極のジレンマだろう。
目的達成と全滅を天秤にかけるというのは、最悪の経験だ。
それは、ドレーク少佐にとっても紛れもなく悪夢だった。

最も非情な決断にして、報われない戦いを彼は戦っている。



「包囲を崩すな!距離を保ちつつ、牽制しろ!」

中隊毎に分散しつつ、統制射撃。
公算の上では、十二分にラインの悪魔だろうとも阻止し得る筈だった。

緊密極まりない連携を叩きこみ、合州国から供与された新型で強化された火力を発揮。
理論上は、理論上はそれこそ連邦軍の新型演算宝珠が誇る防殻すら一撃で撃ち抜くそれ。

ひらりと。

軽やかにそれをいなされるのは、我が目で見ても信じがたい事態だった。

たった一人によって遊ばれる。
ありえることだろうか?
群が、個に蹂躙されえるなど?

たった一人を阻止するために中隊単位で火力を、火線を集中させているにも関わらずだ。

「各位へ、散開!直ちに散開せよ!距離を取りつつ、牽制に努めろ!」

一個旅団全ての防御火線だ。
加えて、遅まきながらもイルドア艦隊が接近を阻止するべく機銃を動かし始めている。
はっきり言って、こんなところに突撃するなど、狂気の沙汰。

だが、奴は止まらない。
止められない。

止められないのだ。

空間ごと爆破しようと、火線を4方向から集中させようと。
あの化け物は、そんなものを気にかける様子すらなく舞う。
光学系の狙撃式すら、回避されるとあっては限界だった。

「β中隊、σ中隊、信号途絶!畜生!もっと火力を集中しろ!」

「駄目です!止められません!早すぎます!」

「畜生!畜生!う、ウワァあああああ.....ッ!!!!」

飼いならすどころか、このままではこちらが檻ごと食い破られかねない。

既に、2個中隊が食い破られた。
加えて、奴が率いてきた部隊の練度も恐ろしく高い。
こちらを抑え込むために、貴重な数を割かねばならないのだ。

もはや、数の優位というものに依拠しての戦闘は泥沼の消耗戦でしかない。

損害を抑え込みつつ、敵を牽制しようなどという甘い発想自体が許されない因果な存在。
信じがたい規格外の化け物め。

どうする?
このままでは、檻は持たない。
そうなれば、結果は目に見えたも同然。

阻止せねばならない。

・・・何としても。

そのためにならば、損害を厭う事は許されない。

咄嗟に損害の抑制を視野から蹴り飛ばし、駆逐優先を決断。
損害の規模を考えたくないほど犠牲を覚悟し、近接戦で魔導刃を叩きこむことを選択。

ドレーク少佐は、その時点で為し得る決断を自己の責任で持って行う。

CQB用意!各位、奴を叩き落とせ!」

いくら。
いくら化け物じみた防御膜と防殻だろうと。

四方八方から斬りかかれば、損害を厭わねば。
どんな化け物だろうと必ず斬れる。
化け物とて、最後に勝利するのはいつも人間なのだ。

ドラゴンとて、最後は人の剣が斬り伏せる。

その必殺の意志を込めて放たれる魔導師らによる吶喊。
各位が、己の為しうる全てを込めた吶喊。
瞬く間に殺到する魔導師で、空域が狭められるほどの速度。

だが、信じがたいことに。
それすらも、それですら、あっけなく踏みにじられる。
いなされ、回避され、そして刃を返される部下ら。

「やってくれるッ!」

我知らず、歯軋りするドレーク少佐。

連合王国屈指の練度と統制がとれた彼らが、まるで十把一絡げのように。
あっさりと、あっけなく斬り伏せられていく。
それを彼は、指揮官は、ドレーク少佐は目の当たりにさせられている。
その光景は、ドレーク少佐をして思わず天を仰がせるに足る光景だった。

最早、我慢の限界だった。

次の瞬間、彼は決断していた。

直卒の部下らを引き連れ最大戦速にて吶喊。
部下らが、貴重な生命で稼いだ隙を穿っての一撃。
せめて、せめて一太刀でも浴びせてやらんという渾身の突撃。

一撃入魂、見敵必戦。

我が身を省みない捨て身の一撃。



「はああああああぁああああああああっ!!!!!」

裂帛の猿叫じみた叫び声。
我が身を省みず、突撃し続けてくる海兵魔導師にターニャは完全に戦慄していた。

先ほどから、辛うじて避け続けていたが敵はこちらの疲労を狙っていたのだ。
まだ、余力があるとはいえ全方位から近接魔導刃をチラつかされては良い気分ではない。

はっきり言えば、侮っていた。

突破し、敵艦艇を撃沈ないし座礁させしめられると考えていたが、今となっては希望的観測でしかない。
まさかとは思っていたが、連合王国魔導師の練度でコミー並みの人海戦術を取られるとは。

戦術的には合理的な思考だが、正直自由を重んじる連合王国軍人にそんな戦術が可能とは。
先入観と偏見から人間が如何に自由になれないかということかとターニャは切実に反省している。

「総員、散開!敗走中の友軍を取りまとめて、敵艦離脱を阻止せよ!」

とっさに、囮を使い自らの安全を確保することを決断。
蹴散らされて、盾にすらならない二個大隊だが纏めれば敵の注意を引くくらいの事は可能だ。
気に入らないが、コミーの躍進を防ぐという大義のためにも手段は選んでいられない。

連合王国ですらコミー並みの人海戦術をとってくるのだ。
仕方がない。

「隊長!?」

「こちらは、引き付ける!行動を開始したまえ!」

味方ごと、こちらを撃ち落とさんと言わんばかりの集中射撃。
敵も味方も程良い具合に狂気に染まっているらしい。

常識的に考えられる自分は、きっとこの戦場では少数派。
厄介なことに、敵味方共に後の事は知らんとばかりに火力を発揮。
しかも、妙に敵演算宝珠の性能が上がっているのか97式の防殻では凌ぎきれそうにない。
苦渋の決断だが、95式による防御を選択。

機動性と防御力の向上に伴う、若干の変速。
ジリジリと脳が焦がれるようなノイズ。
最悪の気分だ。

そんな時に、ライン古参兵が命令に対してなつかしむような口調で回線を開いてくる。

「・・・ラインもそうでしたな。」

言われてみれば、まさにその通り。

「・・・ああ、苦労をかけるな。」

そう言えば、奴らを囮にしたのは今回が初めてではなかったなぁと頭の片隅で思い出す。
確かに、ラインで強攻した時も被弾した連中やら何やらを囮にしたものだ。

苦労をかけるなぁと素直に、この時ターニャは考えていた。
なにしろ、デグレチャフ中佐という軍人にとって古参兵の価値は卓越しているのだ。
使い潰すにしても、必要な状況になるまで使い続けたいものだった。

「いえ。では、直ちに。」

そして、それ故に温存を考えた。
つまり、珍しく少しは援護してやるかと考えてしまう。
援護射撃は、一応程度のおざなりな光学系術式による速射での牽制。

だが、そのために射線を少しばかりずらすこととなる。




ほとんど、ほとんど無駄のない教本通りの動き。

だが、そのわずかな間隙はドレーク少佐にとって十分すぎた。

右斜め下後方。
死角からの完全なサイレントアサルト。
全速で、そして躊躇なき吶喊。

部下らが、盾となりそこまで辿りついた刃。
異常なまでに分厚い防殻すら貫く為のエストック。
その一撃は、ドレーク少佐にとって渾身の一撃だった。

事実、それは尋常では考えられないほど強固な防御膜をいとも容易く貫通。
魔導刃が濃密な存在で持って押し通り、防殻すら切断。

そのまま、加速した勢いで持って右肩ごと頭まで串刺しにしてくれん。
ここで、何としても落さねばならないという危機感。
なにより、部下らの敵討だった。

エストックに力を込め、押し切らんと踏み込む。
だが戦勘が悲鳴を上げ、ドレーク少佐は咄嗟に衝動を抑え込む。

完全な死角からの強襲。
魔導師の相対速度で衝突したのだ。
現実の時間で言えば、ほんの一秒足らずの間。
『ラインの悪魔』にエストックを突き刺した瞬間とすら言い換えてもよいほどの刹那。
手ごたえはあった。

だが、それは本来あるべき手ごたえではなかった。

まるで、魔導刃を叩きつけ合うような鋼の様な感覚。

・・・馬鹿な!?

それでは、まるで。

「ドレーク少佐殿っ!?上です!少佐殿!!」

「っ!!!」

刹那の警告。
ほとんど、咄嗟に動く体。
それが幸いし辛うじて間にあう。

交差する陰は、『ラインの悪魔』。

だが、それ故にドレーク少佐は見てしまった。
気が付けるだけの力量があってしまった。

ドレーク少佐は眼の前の存在が正真正銘の化け物であることを理解する。

確かにエストックで突き刺した筈の肩。
そこから、漏れ出るべきは赤い血だ。
だが、そこから漏れ出ている血には魔力しか感じられない。

そんな筈はないと、笑いたくなる。
なにしろ、真実彼が叩き切ったのが『ラインの悪魔』の肩だ。
断じて魔導刃ではない。

ところが、手の感覚はそこに確かに魔導刃が存在したことを物語っている。
つまり、奴は肩に魔導刃を仕込んだ。
ほとんど理解しがたい精神力としか思えないが、ともかくそう推察するしかない。

「・・・化け物め。自分の腕に魔導刃を発現する?」

エストックの一撃。
それは、確かに奴の肩にまで達した。
なにがしかの防御が取られねば、間違いなく奴を屠っていただろう。

故に、その一撃を防ぐために魔導刃を展開するのは一つの選択肢だ。
実戦において、敵魔導師から身を守るための近接格闘戦においても念入りに教わることである。
それ故に、合理的か非合理的かで比べれば防御のために魔導刃を発現するのは正解だ。

実に合理的極まると言ってもよい。

だが、少し視点を切り替えてみれば異常極まりないだろう。

「・・・まったく、我が目で見ても信じられない。糞ったれめ。」

思わず吐き捨てて距離を取る。

首を守るために、腕を捨てる。
合理的すぎて、非人間的なまでの効率主義者でもない限り為し得ない行動。
首に届く刃を阻止するために、自分の腕に刃を差し込み発現。
痛みという根源的な本能を押し殺して?

それを、この眼の前の餓鬼が?

自分で目にしない限り、報告者を狂ったと自分ですら断じかねないような事態だ。

"・・・我らは、我らは神の代理人。"

「・・・・ん?」

だが、自分が狂っていると断じられる材料はまだ増えるらしい。
最早唖然とするほかにないが、先ほどエストックを突き刺した瞬間に奴の雰囲気が激変した。

一撃を受けたことで怯えた、というならば話は簡単だろう。

だが、見たことのない反応だ。
それでも、古兵としての経験がそれはヤバイということを教えてくれる。

"主は我を導き、剣は我に付き従う。"

虚ろな、空虚な瞳。
手にしている演算宝珠が起動していると思しき術式は何と4つ。
最悪の化け物だった。

ネームドである以上、万全の態勢で挑んだ。
叶う限りの工夫もしてのけた。

"かくて主の助けによりて、我らは勝利せん──"

だが、アレは規格外。
想定すら、しえない程の化け物。

まさしく、空虚な化け物。

"我らが使命は"

謳うように口ずさまれる戦唄。
だが、おぞましい。
集束密度など、考えたくもないレベルだ。

聞くもの全てを、地獄に誘わんとする最悪の誘惑だ。

"我が神に逆らう愚者を"

空虚にして、恍惚とした表情。
餓鬼の浮かべる表情ながらそこにあるのは、清廉にして慈悲深い微笑み。
聖女の様に清らかで、悪魔のごとき妙なる調べ。

全く似つかわしくない微笑みとはこれの事だろう。

だが、全くもって忌み嫌われる存在だというのは理解できる。

"その肉の最後の一片までも絶滅すること―――"

『ラインの悪魔』は、文字通り言い得て妙というわけだ。

しかし、それでも。

ドレークとしては足掻く。

海賊というのは、諦めが悪いものだ。
なればこそ、ドレークの隊はパイレーツと呼ばれている。

手にしたエストックを叶う限りの速度で投擲。
同時に、手持ちの兵装で全力攻撃。
命中など端から期待していない。

だが、相手が対応するわずかな間に演算宝珠への魔力供給をカット。

当然、高度を維持できなくなった身体は高度6000から急激に降下を開始。
だが逆に言えば、感知されることなく緊急離脱しえる脱出方法。

海面ぎりぎりで演算宝珠を再起動。
全速で逃げ出すべく再加速。
海賊の一撃離脱戦法に倣ったソレだが、この場では少なくとも上手く行った。

こちらを追撃するか、対艦攻撃に転じるか一瞬迷った敵影に対し長距離から牽制を兼ねて射撃。
同調する部下らが火線を集中させ、何とか動きを再び封じ込める。
だが、その集中する火線の規模はつい先刻に比べればはるかにまばら。

「パイレーツ01より、パイレーツ海兵魔導団!」

まだか!?

ドレーク少佐ですら、この状況には思わず叫びたくなるほどの焦燥感に駆られてしまう。
腹立たしいまでに遅いイルドア海軍の動きだが、ようやく出港が始まっている。
同時に、まだ完全に速度ができっていない上に隊列もバラバラな艦影は時間が必要だ。

後わずかな時間さえ稼ぎだせれば逃げ切れるのは時間の問題。
そう、時間の問題だ。

ただ、そのためにはあの化け物じみた猛獣ともう少しだけじゃれねばならない。

「死んでくれ。あの間抜けどもが逃げ出す時間のために、死んでくれ。」

肺から吐き出した言葉は、ドレークの胸を容赦なくえぐる。
この、他の誰でもない自分が命じるのだ。
誰もが命じてほしくないであろう命令を、この自分が命じるのだ。

『死んでくれと』

馬鹿な誰かが考え違えた為の戦闘で。

・・・・・・・・糞ったれとは、まさに、このことだ。





あとがき
お恥ずかしいことに、ちょっと所用が立て込んでおります。
夜にもう一度、ちょっとあとがき追記+コメント等に対応しますのでご容赦ください。

コメント対応(部分的です。本当に申し訳ありません)

oimo様
orz...すみません。
何とか改善できるように努力したいです。

寡兵様
誠意ある解答を疑われる旨、誠に残念です。

アリア様
アイドルの定義を差支えなければ、御教授ください。

ななん様
・・・ひょっとして、チラ裏からって取ってよいものだったのですか?

現在、反動コミー分子カルロ・ゼンをZAP中です。
誤字が修正されています。
ZAP