92

 幼女戦記 Tuez-les tous, Dieu reconnaitra les siens

⚔️ ああ

 

01. 02. 03. 04. 05. 06.
00 01 02 20 21 40 41 60 61 80 81 1₀₀  □

 第九二話          カルロ・ゼン 2013.06.06 20:32


問い。

旧態然とした反動主義者に対する連邦の見解とは何か?

答え。


せいぜい、私がイデアと戯れ、三千世界の愚者を殺し尽くす日まで恐れという感情と仲良くやりまえ。

さあ、恐怖したまえ。
さあ、震えてびくびくうずくまりたまえ。
貴様らには、陽光のあたる場所などありえない。
旧態然とした旧人類には、進歩の足音で怯えるのがお似合いだ。

内務人民委員代表同志ロリヤ






私が、『火の三週間』について語るのはおそらく初めてだろう。
というのも、アレは、あの大戦末期、もっとも熾烈にしておおよそ考えうる最悪の戦場だったからである。
その場に踏み入ったことのあるものならば、誰だろうともアレについて語りたがるとは思いえない。
あのアレーヌを、地上で三週間繰り返したかのような惨劇。
人が焼け、肉が焦げ、ただれていく匂いで大地が満ち溢れたそんな戦場。

直後に現地入りした記者の中には、それ以来ベジタリアンに転向せざるを得ないほど肉を受け付けなくなる者も続出したほど。
最前線の部隊に同行したある記者に至っては肉の匂いすら拒絶していた。
曰く、人間が焼ける嫌なにおいを思いだしかけて吐き気を催す、と。

地獄が地上に顕現したかのようなラインですら、『火の三週間』に比較すれば可愛い。
それは、ラインで、過酷な消耗戦を体験してなお私が確信し得る一つの事実。
対帝国報復感情に満ち溢れた自由共和国・連邦軍
生存競争を賭けた帝国軍。
倫理が崩壊し、ただ戦理による支配された破滅的な闘争。

結果は、言うまでもない究極の煉獄そのもの。

私達の追っている謎の帝国軍将校、通称『11番目の女神』。
その存在について、我々は特番で報道した時、既にその痕跡が如何なる公式文書からも消失していることに気が付いていた。
本来ならば、それは苛烈を極めていた戦争末期に人知れず壊滅したと考えるべきなのかもしれない。

戦史においては、帝国軍残存戦力の抵抗むなしく帝都は連邦軍に攻囲されるに至った、と短く記される。
だが、現実には帝国軍を包囲しつつあった連邦軍とて万全の態勢とは程遠かった。
当該方面に対し、ロリヤ内務人民委員代表が執拗な圧力で尻を蹴飛ばし、無理やりこぎつけた攻勢。

なりふりかわまず焦土作戦を敢行する帝国軍と、損害を度外視して進撃する連邦軍
両者の損耗は必然的に甚大な規模に及び大地を焦がし尽くす。
だが、其の狂気の結晶じみた戦場こそが、狂人たちの表舞台だった。

連邦の狂気。
鉄の男の、悪意の塊。
悪意の天才。

おぞましきロリヤ内務人民委員代表はこの惨劇を見て嗤ったという。

曰く。
泣き叫びたまえ、旧人類ども。
今宵、貴様らの信ずる神が居場所はラーゲリだ、と。
無神論者と自他ともに認める彼ら、連邦のドグマ通りに。
彼らは、帝都をソドムの都として焼きつくそうといったイデオロギー的情念に駆られていた。

無論、大義名分は美麗字句に満ちているというのだろう。
だがあのとき、あの戦場において事態を招いたのは完全に連邦のロリヤ内務人民委員代表の責だ。
彼が、連邦が、我々の同盟者であった社会主義者が招いた事態である。

“Gotterdammerung” アンドリュー著 第6章『火の三週間』より








帝都攻防戦第一週目。
バルバロッサ司令部にとって、そこで阻止する計画だった東部防衛線は既に崩壊。
再編のためのわずかな猶予を贖うことすら叶わず、怒涛の混乱に押し流され主導権を喪失。

何より致命的だったのが防衛指揮を担うべき東部軍の防衛司令部が根こそぎ核で刈り取られていることだ。
ある意味で、帝国軍お得意の外科的一撃による首狩り戦術を、無茶苦茶ながらも行われたに等しかった。
おかげで、残存部隊の再編すらままならず帝都への接近阻止に使えたのは教導隊や実験隊、そして残存部隊からなる混成連隊のみ。

急遽指揮を委ねられたレルゲン准将は、最大限最善を尽くすもそもそも彼我の物量や戦力差が隔絶していた。
わずかな戦術的勝利など、意味を為さないような戦場において彼らが稼ぎだせた時間はほんのわずか。
そのごくわずかな時間を贖うために、士官学校の学徒や予備役兵まで投入し高い代価を支払う羽目になっている。

それでも、辛うじて数個師団を集結させることに成功したのは、もはや帝国軍の意地だった。
世界に冠たる列強としてのライヒ
彼らが、世界に誇った堂々たる大陸軍

そのわずかな残滓に過ぎないとしても、疲弊し打ちのめされた参謀らは義務を履行すべく人智の限りを尽くす。

だが懸命の遅滞戦闘むなしく、ついに連邦軍の帝都への接近を帝国軍は許す。

残された最後の希望は帝都を死守しつつ進駐してくる筈のパルトン軍団へ投降することだった。
当然のことながら、本来の計画ならば十二分に余裕がある筈のそれ。
だが、現状は余裕があるという事とは程遠いほど追い詰められている。

そのような状況下にあって、大半の指揮官は余裕綽々としていられるほど精神が図太くはない。
レルゲン准将とてその例外ではなく、ごっそりとやつれた顔面において眼だけがギラギラと異相を放つありさまだった。
疲れ果てた彼をしても、異常な緊張感と現状への形容しがたい感情が意識を戦場に向けさせて止まない。

それは、レルゲンという軍務官僚にとって初めての衝動である。


レルゲンという個人にとって、軍務は定められた通りに定められた任務を遂行するものだった。
少なくとも、平時においては義務を果たし、有能な軍務官僚として、また有能な管理者として勤めあげている。
戦時にあっても、レルゲンという個人は有能な軍政家として、また幕僚として上を良く補佐した。

だが、野戦指揮官としての洗礼を浴びた時、戦場について士官学校で誰も教えてくれない真実があることに気づく。
例えば、己の決断というものは、決断というよりは必然的に迫られる判断に過ぎないというソレだ。

「地下に敵歩兵の浸透。第七降下猟兵中隊より、即時注水を要請。」

帝都防衛線周縁部。
バリケードと簡易ながらも構築した野戦陣地で帝都への侵入を阻止せんとするもくろみ。
だが、帝都の整備された交通網は地下まで網羅し、侵入してくる連邦軍は地下を経由して防衛線の迂回を試みつつあった。

当然ながら、地下のルートに割く防衛線力が枯渇している以上敵侵入を阻止するために注水するというのは当初から想定されている。
故に、後方から眺めていれば『注水』という選択肢は極めて単純な解決策として浮かんできたに過ぎないだろう。
だが、前線において『選ぶ』ということの意味を考えるのは簡単ではない。

「…第216野戦憲兵分隊より報告。避難民多数の移動に時間を要する見込み。」

地下は、空からの航空機や魔導師による襲撃を逃れるための防空壕として多数の避難民が逃げ込んでいた。
当然ながら、レルゲンにとってみれば彼らは護るべき帝国の臣民である。
迷うことなく本来であれば、レルゲンは彼らを避難させるべく手配し、かつ護衛を付けて避難誘導を行わせただろう。

つまり、『避難民を保護する』という選択肢もレルゲンにはあるのだ。
言い換えれば、『注水』するか、『保護』するかとなる。
時間さえあれば、或いは『保護』しつつ『注水』という選択肢も有ったのだろう。

…時間さえあれば。

「レルゲン閣下、緊急です。第七師団より、防衛線放棄の通告が。」

「司令部からはなんと!?」

「ゼートゥーア閣下は、戦線の即時再編を要求されております。」

戦場におけるあらゆる、決断。
戦場におけるありとあらゆる事象が、決断を制約する。
いや、決断というよりは、選ばざるを得ない中から必然的に選ばざるを得ないソレ。

「工兵隊より、即時注水申請。」

「…許可する。直ちに、予備のラインまで後退させろ。残存戦闘団を遅滞戦闘に投入する。」

選択肢など、あるようでないも同然。
最良の未来や可能性等というものは、戦場においては希望的観測だ。
いかほどに才覚に恵まれていようとも、選択し得るものはそもそも選べるほど豊富にない。

戦略での劣勢は、戦術でいかように奮戦しようとも覆しようが無いのだ。

「複数の小隊が、包囲されたまま取り残されつつあります。死守命令を出されますか?」

「残弾ある限りは、抵抗を命じる。撃ち尽くした後の進退は任意だ。投降も含む。」

「はっ。」

物量に富む軍は、補給の欠乏した軍に勝る。
兵員が多い軍は、定数割れの甚だしい軍を圧倒する。

そんな戦場下において、常識的な選択肢など選んだところで、一体どうか。

士官学校で教わる常識的な、教典。
それは、彼我の戦力差がほぼ均衡にあると言う事程度を前提としているものだ。
酷かろうと、3倍程度までしか想定していない。
それ以上となれば、遅滞戦闘に努めつつ損害を最小化して撤退せよと教わる。

なにしろ、それほど戦力差が隔絶している戦場など戦略的大敗でも為さない限りありえないのだ。

では、彼我の戦力差が1:10の戦場において取るべき選択肢とは一体何か?

「…デグレチャフ式か。笑えんな。いや、笑うしかないのか?」

奴の下した決断の悉くが。
この糞ったれの状況下における最適解だと知らされてみろ。
後方の司令部で、唖然とした思いでもたらされる報告?

馬鹿馬鹿しいことで、かつ何ともふざけた話だ。

驚くほかにないが、奴が正解だった。
忌々しいと言うべきか、呆れるべきか判断に迷わざるを得ないが、何れにせよ奴は合理的ですらあった。
奴の事を狂人と内心で恐れ慄いていた自分の『常識』とやらは、どうやら奴の戦場でまるで役に立たないらしい。

そう自嘲したレルゲン准将は内心の葛藤をただただ切り捨て、軍事的合理性にのみ重きを置く錆銀の方針を模倣する。
このように、狂った戦場においては奴を模倣せざるを得ないのだ。

狂わねば、狂った方策と罵られようとも、そうでもしなければ支えられないような末期なのである。
言い換えれば、他にどうにかできると言うならば、して見せろと叫びたいような状況。

そして、そこまでして禁じ手である市街戦を帝都で繰り広げてなお敵を喰い留めようもない現実。
ビルを爆破し、歴史的建造物をトーチカと化さし、重砲の標的とされることに甘んじてなお抗うことすら叶わない連邦軍の奔流。



そして、帝都攻防戦第二週目に突入した時、レルゲンの手元に残っていた戦力はわずか定数を割る大隊規模程度の戦力に過ぎなかった。
重囲化に置かれた個々の小隊や分隊を救出することすら叶わず、死兵と化した連中が伏激戦をあちこちで繰り返してなおこれである。
しかも嗤うほかにないが、部下の半数は今や他部隊からの流入した敗残兵。

まともな組織的抵抗は、すでにほぼ崩壊しつつあった。

辛うじて、ゼートゥーア大将指揮下にある第一、第七の両師団が組織的抵抗線を維持しているとはいえ既に帝都の東半分は制圧されている。
連絡線はズタズタに刻まれ、すでに伝令が市街地の瓦礫を乗り越えて、あちこち走りまわって辛うじて維持できている状況。
教導隊を中心に、ごくわずかな魔導師を機動防御に投入した甲斐があって戦局が小康状態にあることはもはや奇跡に等しかった。

損耗を度外視した攻勢を繰り広げていた連邦軍が、単純に砲撃スケジュールの関係で部隊の再編を開始した為に得られたほんのわずかな小康状態。
敵砲兵隊が砲口を開いた瞬間に再び、帝国軍は煉獄もかくはあるまいと思えるほどの鉄のシャワーを浴びせられる事となる。
奴らの謳う進歩主義とやらがどのようなものか興味はないが、少なくとも鉄と火薬の味がするのだろうというのがレルゲンや参謀らの一致した見解だった。

そして、ごくわずかな小康状態を無駄にすること無く、司令部は部隊の掌握と防衛線の補強に勤しむ。
今更笑うに笑えない話だが残っている将校らは総出で無線機に齧りついている。
崩れかけの防衛線で、絶望的な戦力差だろうとも、ここで稼いだ時間がライヒを救うとなれば否応はなかった。

参謀モールを誇らしげに吊るしていた連中ですら、今となっては疲弊しきった顔を無線機や受話器に押し付けて、あちらこちらにかけまくる。
ほんの数年前には想像すらできなかっただろうことであるが、准将や高級佐官ですらその例外ではない。
レルゲン自身、最前線の部隊を呼び出すべくあちこちへかけ続けるしかなかった。

最も、大半の通信は途絶しており、繋がること自体が稀。
それでも、指揮下にあるであろう部隊が何処からか命令を待っていれば指示を出すことが仕事なのだ。

「ああ、やっとつながった。閣下、閣下、聞こえていますか!?」

だから、初め交信が回復した時は、まだ前線付近に動ける部隊があるのかと驚く思いだった。

「閣下、爆破を停止してください!まだ、避難民が中に!」

そして、次の瞬間に使える駒が戻ってくるのではなく厄介事が生じたという事を理解して顔面にしかめっ面を浮かべる事となる。
何だこれは?
一体、何を叫んでいる?

理解したくないが、疲れて果てていようとも鋭敏な頭脳はアホの存在をレルゲンに否応なく理解させる。

「誰だ?」

「野戦憲兵分隊長カトラゼウス少尉であります。閣下、直ちに、爆破を停止してください!」

「少尉。無理だ。そもそも、小官は96時間以上前には貴官ら憲兵に避難民の誘導を命じてある。時間的猶予は十二分に与えられている。」

最前線で、軍団規模の敵に相対する状況下で。
このようなアホを相手にする羽目になるとは、士官学校だろうと陸大だろうと、高級参謀育成過程だろうと、全く習わなかった。
解っていれば、きっと無能を駆逐することこそが防疫官としての義務だとのたまうたデグレチャフを心底応援していたことだろう。

ああ、理解できる。
無能を軍から追いやらなければ、ならないという事は、軍が崩壊しつつあるこの時に深刻なまでに理解できた。
いやはや、世の中というものは随分と皮肉なものだとレルゲンとしても思わざるを得ない。

「ご理解ください、閣下。このような戦況下で、民間人が外へ出たがるはずがありません!」

「だから、私の部下に死ねと命じろと?冗談ではない。それに、爆破処置までは時間があるだろう。さっさと誘導したまえ。」

部下を殺すことは、正直に言えば軍人としての職務に含まれるのだろう。
だが、部下に効率的に死ねという事は最低限度の義務だ。
こんな狂った戦場においてこそ、人命は最も効率的に消耗されねばならなかった。

言い換えれば、こんなアホのために浪費できるほど安くはない。
コストの問題から言えば、敵の阻止ではなくアホのしりぬぐいのために投入するのは完全な無駄だ。
費用対効果、象徴的効能。
その何れも皆無の目的のために、死すべき運命にある兵であろうとも、死ねと命じるのはこの地獄にあってなお許されざる愚行。

敗軍の指揮官とて、その程度の良識と矜持くらいは持ち合わせがある。

「家財を運び出す時間が…」

「少尉。誘導したまえ。できそうにないかね?」

いっそ、穏やかな声色でレルゲンは相手の精神状態を見極める。
使い物になりそうにもない、泣きごとと現実離れした要請。
最前線の区画を爆破しないことには、遮蔽物を連邦兵に与える上にビルが狙撃拠点と化しかねない。
ただでさえ彼我の戦力差が明白なのだから、ブービートラップを仕掛けてさっさと後方で伏撃の手配をしてしかるべきなのだ。

野戦憲兵だろうが、憲兵だろうが、そもそも軍人であれば自明の理である。

そんなことも理解できないアホ相手に時間を無駄にしていること自体がレルゲンには耐えがたかった。
この小康状態が、いったどれほどの将兵の生命で贖っているのか。
それを考慮すれば、無駄なことをしている時間など寸秒たりともありはしないのだ。

無論、軍人として悪戯に帝国の臣民を危機に晒すべきではないと言う事程度は理解している。
すでに帝室が秘密裏に低地地方へ亡命しつつあることを考慮すれば、あとは帝都を死守しつつ人々を逃がすだけというのも道理だ。
なればこそ、すでにわずかながらも余裕があるときに避難を度々勧告してあった。

まあ、勧告する程度なれば、誰にでもできる事なのだろうが。
だけれども、他に何もしようがないのだ。
泣きごとを言う暇があれば、行動を行う時ということも奴は理解できていないと言うのか。

「無理です、閣下。私には、私にはできそうにありません。」

得られた回答は、もはや何の建設的な案すら内包していなそれ。
時間の無駄であり、喫緊の行動が要請されると言う事を理解もしてない其れ。

・・・・・・・・・・・・、いやはや、デグレチャフが議論よりも行動を重んじる訳だ。

ああ、素晴らしきかな、単純明快な合理性。
奴は狂っているかもしれないが、それはそこまで割り切れることこそ異常なのだろう。
いったい、いつから奴はこんな終末戦を想定していた?

一介の軍人に、そんなことを思う機会が、契機が一体どこにある?

「そうか、良しわかった。何とかこちらでしてみよう。」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「ああ、憲兵軍曹いるかね?」

戦場において、熟練の下士官というのはその全身が、同じ重さの純金並みに価値がある。
そのことを理解できねば、野戦における機微など理解出来る筈もない。
あのデグレチャフが、下士官受けするという時点で、奴が常在戦場にあったという事をレルゲンは嫌でも認識させられる。

「…はっ。」

「よろしい。その無能を不服従で排除しろ。排除後は、君が指揮を取れ。良いな?」

「了解いたしました。直ちに。」

うんざりした口調で、命じたレルゲン。
そして、ようやくといった口ぶりで即答する下士官
こんな戦場において、基本となるべきルールを弁えた行動にレルゲンとしても満足を覚える。

いや、こんな統制の箍を緩めるようなことすら、必要だと割り切れるほどに野戦擦れしたというべきか。
まさか、北方で暴走した奴の真似ごとを小規模とはいえやる当たり、もはや極まっていると言うしかない。

「…それにしても最悪だ。まさに、奴の行動そのものではないか。」

「閣下、いかがされましたか?」

「いやなに、ゼートゥーア閣下が奴を気にいるのが理解できた。なるほど、確かにこれなら気にいることだろうよ。」

いつからかは知らない。
何故かも知らない。
奴が卓越した戦略眼を有していた事は理解していたが、本質を見誤っていた。

奴は、あの化け物は、化け物ではなく必然の産物なのだ。
あの無謀と狂気に満ち溢れた行動は、ある意味で戦争の究極形態を合理的に体現したに過ぎない。
狂っているどころか、順当に適応したにすぎないというわけである。

なるほど、恐るべき慧眼をおもちのゼートゥーア閣下が気に入る筈だ。
あの、ロメール将軍が手放しで称賛する訳である。
ここまで、狂った戦場において戦争するという事を前提においているなど、他に誰が理解し得よう。









その日、ゼートゥーア大将は軍というにはあまりにも無残な状態にある第七師団長からの決別電を受け取り嘆息した。
鉄量に頭を押さえられ、市街地で区画ごとに血みどろの戦いが続く帝都防衛戦を戦い抜く事、すでに15日あまり。
その15日ですら戦える兵士どころか、予備役の老兵、学徒動員で投入された若者というよりは子供達をすり減らし辛うじて稼いだもの。

航空優勢下にありながら、辛うじて空軍に散発的な抵抗を行わせることができたのは10日までだった。
残存航空機部隊は、単なる残骸と訓練生の残骸に過ぎない。
魔導師部隊に至っては、動けない半生半死魔導師に宝珠を握らせ拠点防衛に従事させる始末。

機動防御を行おうにも、運動戦が可能な部隊は払底。
動くどころか、防衛拠点から頭を出した瞬間に鉄量で粉砕される。
予備隊などというものは、最早彼岸の彼方に存在する概念と化した。

そして、帝都に進駐する筈だった連合王国合州国の先陣は未だ2日程度の距離。
進路上にある拠点に対してはなりふり構わず、無防備宣言を出すように下命し、使える部隊を根こそぎ引き抜いていた。
故に、これは純粋に機甲部隊の進撃速度と補給兵站線の状況に依拠せざるを得ないものだろう。

戦後の事を思えば、断じて連邦に屈する形で降伏する訳にはいかない。
だが、そのために支払った代価は既に甚大な規模に及んでいた。
人的資源は払底し、いまやライヒはその在りし日のかけらも帝都には留めていない。

若者達が、愉快気に笑っていたクラブは既に爆砕された。
壮年の男たちが、社交場にしていたビアホールはトーチカに転用されるか、砲弾の的と化した。
そして、そこで楽し気に笑っていた人々は悉く肉塊と化して連邦の鉄量に削られている。

『戦後』

それは、覚悟して議論していたつもりだ。
戦後というのは、要するに昨今の情勢下においては帝国の敗北以外にありえない。
辛うじて均衡を保ちえた、消耗抑制ドクトリンが崩壊後は決断せざるを得なかった。
この末期にあればこそ、戦後という事を見据える必要性は理解できる。

言い換えれば、戦後のためにこの事態を招いている。
自らが描いた結末のため、帝都を焼いている。

この全てに、ゼートゥーア大将は携わっている。
戦後の対連邦政策という、ライヒの一体性維持という、デグレチャフの囁きに乗ったのだ。
概念として、戦略論としての正しさはゼートゥーアにしても理解している。


『祖国の分割阻止』

それを、頭では理解し、犠牲を厭わず阻止すべく動いている。
連邦軍のなりふり構わぬ進軍を見れば、敵国に協調性という言葉が辞書から欠落している事程度は理解できた。
なればこそ、軍人としては屈辱ながらも西方をがら空きにして誘導している。

敗北の憂き目を甘んじ、その中で最良の未来を模索するという意味においては合理的な決断だった。
しかし、それでもなお連邦の意図と能力を甘く見ていたのだろうか。
或いは計画そのものが、楽観的な前提に依っていたのではないだろうか。

今更、考えても埒の明かないことだった。

ライヒのために』

全ては、其れが為に。

ライヒに再び黄金の時代を取り戻すべく如何なる犠牲を払おうとも抗う。

だが、現実は唾棄すべき事にゼートゥーアに為せることはごくわずかだった。
残り少ない部隊をすり減らし、祖国のために銃を取る若者を散らせ。
そして、敵である合州国のパルトン将軍に縋らざるを得ないのが現実。

これが、世界に冠たるライヒの、世界列強最強を謳われた大陸軍の末路なのだ。
そこでは、自己の運命すら、自ら定めることは叶わない。


⚔️ あとがき


取りあえず、次で帝都が終わります。
終戦は、もうちょいかと。

後は、戦争に参加した腕白ボーイズが、小道具を回収したり捨てたりするだけです。

今週中には、次の投稿ができるようにベストを尽くす所存です。
まあ、どうなるか解りませんが。