幼女戦記 Tuez-les tous, Dieu reconnaitra les siens
⚔️ ああ
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⚔️ 第八九話 カルロ・ゼン 2012.05.31 00:03
誰もが、その日の事を。
あの日まで事を、記憶している。
ただ、公式の記録のみがその事実を沈黙しているのだ。
その日の事は、連邦の情報関係者の間では今も伝説として語り継がれている。
プロパガンダがどうであれ、難渋していた連邦軍の醜態と混乱ぶり。
当時、対帝国強硬策を主張する同志ロリヤは四六時中苦虫をかみつぶしたような表情であった。
モスコーの秘密書庫に封印されているという当時の写真という写真がロリヤの鬼気迫る表情で埋まっていると言われたほど。
なにしろ、大魚を逃しつつあったのだ。無理もない。
誰だろうと、目の前から勝利の女神が離れていこうとしてれば手を伸ばしたくもなるものである。
手が届かねばそれは、不機嫌にもなるだろう。
そして、連邦内部において勤勉な内務人民委員の長官が不機嫌であるということほど露骨に危険なこともない。
勤勉な死神が、文字通り癇癪を炸裂させながら執務している傍に立つのはギロチンの傍に立つのと同義だった。
すでに怠惰な現地軍の幾人かが、もちろん幸運にもというべきだが、執務室にアルコールの匂いを持ちこんだ咎で再教育だ。
ピリピリしきった室内にあっては、冷酷非道で持ってなる内務人民委員らですら誰もが一心不乱に職務に逃避するほかにない。
早く自分の仕事を終わらせて逃げ出そうと懸命なまでに仕事へ逃避する以外に、選択肢がそもそもあるのだろうか?
地雷原は他人に渡らせるべきであって、自分が足を踏み入れるべきものではないのだ。
そんな緊張しきって呼吸すら重苦しくなりつつあった内務人民委員の建物。
その一角にある会議室で、ロリヤと高級官僚らが定例会議を行っている時にその情報はもたらされた。
ある意味で不興を狩った場合の生贄となるメッセンジャーに選ばれた若い士官が、厳封された通信文を手に会議場に乱入。
もちろん規則にのっとり、礼儀正しく、かつ職務に忠実な行動なのだろうが誰もがロリヤの暴発を覚悟した。
いかほどの朗報だろうとも、不機嫌なロリヤを遮ってまで報告したいと思うだろうか?
実際、運搬役に選ばれた若い士官の運命は当の本人も含めて誰もが悲観してたことだろう。
だから、通信文を手渡し、死を受け入れんと悄然とした若い少尉はロリヤに肩を叩かれた時意識を失っていた。
誰もが次の瞬間のロリヤによる罵声を予期し、身をすくめる。
「…啓示だ!そうだとも、まさに、そうあるべきだ!」
そして、確かにロリヤの大声が会議室に響き渡った。
音量に関して言うならば、さほど大柄でもないロリヤが発するとは思いもつかないほどのそれ。
だが、参加者悉くの予想を裏切ったことにその表情には満面の笑みすら浮かんでいた。
「素晴らしい!まさに、完璧だ。素晴らしいとしか形容しがたい!」
そして、歓喜の叫びと共にケラケラと大声を上げて笑いだす始末。
一瞬の事だが、思わず彼が壊れたのではないかと誰もが口に出せない疑念を抱くほど常軌を逸脱した笑い声だった。
「……同志ロリヤ?」
渋々。
嫌々。
そんな表情で、同僚から厄介極まりない仕事を押し付けられた官僚の一人が問いかけるまで、調子を外したような笑い声が響き渡る。
「素晴らしい結果だ。合州国にモグラを潜ませた甲斐があるというものだろう。」
「諜報の成果が?」
そして、感激の表情も露わに彼は心からの笑みを浮かべる。
今まで彼が直面していた難題を撃ち破るであろう奇跡が手に入るのだ。
傲岸不遜にして、冷酷非道なロリヤして、それは歓喜せずには居られなかった。
「その通り。上手く誘導すれば、おそらくこれでこの戦争は終わりだ。」
「・・・すでに、終戦は時間の問題では?」
そう。
帝国の崩壊という公算はほぼ確定している。
だが、ロリヤにしてみればそれでは不十分なのだ。
そもそも、それでは意味が無い。
彼個人としても、連邦としても。
故に、此処しばらくロリヤは極めて不機嫌とならざるを得なかった。
西側の連中に、良いところを奪われた挙句、妖精を手に入れ損なうのだ。
その未来は、ロリヤにとって断じて許容できないもの。
如何ともしがたく見えたそれ。
其れが、打開できるのだ。
恋が、夢が、理想が、イデアが叶うのだ。
今、全身から彼は歓喜している。
「いや、連邦が決定的な役割を担えるだろう。」
「…どういう事です?」
現状は、帝国をどう切り分けるかという単純なパワーゲームだ。
連邦にとって、前線を押し上げることが、そのまま終戦後確保できるラインとなるだろう。
そして、そのラインの位置で今次大戦に果たした役割が図られるのだ。
当然、このままでは帝国を打倒したという栄光は合州国が掠め取っていくことになりかねない。
なにしろ、連邦が手古摺っている間に著しく戦線を伸ばしているのだ。
それを阻止するためには、連邦としてはこれ以上の足踏みは許されない。
決定的な役割を担うという事は、帝国の防衛線を連邦は突き崩さねばならないのだ。
それも、迅速かつ速やかに行う必要がある。
それこそ、西方の戦線が再編されて再攻勢を発起する前に。
故に、誰もが思わずロリヤの言葉を訝しむ。
決定的な役割を、担えるだろうとは、如何なることか、と。
それらの疑問は、ロリヤの察するところでもある。
だが、ロリヤにしてみればソレは、解決されたもの同然だ。
そこで、疑問に対し、ロリヤは端的にそのカギを口にする。
「合州国の連中、新型爆弾を使ってみたくて仕方が無いらしい。」
「新型、でありますか?」
それ以上を、ここで話すつもりはなかった。
なにより見渡す限りにおいて、新型爆弾というモノにピンとくる連中は乏しいらしい。
ロリヤは内心、科学技術に関する教育の停滞はここまで悪影響があるのか、と歎きたかった。
連邦内部の科学関連の停滞は、今後に響きかねない。
だが、少なくとも、今の喜びに水をさすものでもないだろう。
「まあ、現場はともかく上は使わせたいものだ。せっかく開発した以上、コンバットプルーフを望むのも無理はない。」
開発に成功した合州国首脳陣と、開発首脳陣は巨額の費用を投じた機密プロジェクトの成果を示さねばならないのだ。
言い換えれば、実際に使えることを証明しなければならない。
当然、良くわからないものを押し付けられる現場はともかく上は使いたくて仕方が無いのだ。
「これは、我々にとっても実に都合がよい。」
「情報収集でありますか?追加の人員派遣であれば、時間が必要となりますが…」
実戦で使用された新兵器というのは、情報が流出しやすい。
なにより、実際に使われた側に存在を秘匿するのは不可能だ。
そういう意味においては、新型兵器の情報収集を予期した部下は無能ではない。
だが、彼らが完全にこの『爆弾』の本質が理解できていないという事もロリヤには理解できていた。
「いや、我々が有効活用してやろうではないか。」
「は?」
「素晴らしいとは思わないかね?上手く誘導すれば、だいたいの事にけりがつけられそうだ。」
理論値に過ぎないとしても、その威力、性能。
たった一発で、文字通り連邦に帝国への門をこじ開けてくれそうではないか。
まさに、連邦にとってそれは福音であり、ロリヤにとって最高の贈り物だった。
その日、ジョンおじさんはごくごく真っ当な仕事の一環として古い友人たちを訪れていた。
与えられた仕事は、ごくごく穏当かつ真っ当なモノ。
ちょっとばかり前線に近いために外交官では危ないので、ジョンおじさんがメッセンジャーを代行しているだけである。
まあ、簡単な仕事なので、他の部署にわざわざ知らせる必要はない。
ついでに言えば、内部の部署に関しても、他にいくらでも仕事があるので絶対に煩わせてはならないと厳命されていた。
まあ、これはジョンブルなりの思いやり精神である。
誰だって自分の仕事で忙しいところで、さして重要でもないメッセンジャーに行きますというだけの業務連絡を大仰に流されれば億劫に違いないのだ。
当然気配りできてこその紳士である。
疑いの余地なく紳士であると自負するジョンおじさんにとって、他部署を煩わせないというのは造作もないこと。
誰にも余計な気を使わせることなく、あっさりと本国から出国しメッセージをえっちらおっちらと運ぶべく頑張ったのである。
こうして、共和国内部に位置し大陸方面を管轄するアイゼントルガー将軍の司令部で、ジョンおじさんは暖かく歓迎されていた。
そうなれば、旧交を温め直したいと、ジョンおじさんでなくとも思うところ。
だが、悲しいかな彼は一応メッセンジャーなのだ。
そういう訳で、ジョンおじさんは実に悲しげな顔でちょっとした疑問を口にする。
「…どういう事ですかな?何故、この時期に東部に対して貴国の戦略爆撃隊が全力出撃の徴候を示しておられる?」
「馬鹿な。陸軍航空団にそのような命令を出した覚えは」
ああ、やっぱり『ちょっと』の『ヒューマンエラー』による『連絡』の『行き違い』があったのか。
そう理解した、ジョンおじさんは善意からヒューマンエラーの齟齬を改善しようとちょっとばかりフォローしてあげることにする。
友人たちの間でちょっとした『連絡ミス』が『ヒューマンエラー』で起きてしまうのは悲しいことだ。
でも、人間というものは過ちを犯してしまう事があることもジョンおじさんたちは知っているのである。
だから、友人たちのミスはそっとフォローするのだ。
「ドレスデニアを更地にしてのけると豪語されているとか。いやはや。憎き憎き帝国軍の抵抗拠点を叩くという意味では実に合理的ですな。」
もちろん、人の問題に首を突っ込むことは無礼極まりない行為だ。
ジョンおじさんも、上司で怒りんぼのハーバーグラム中将だってそんなことはしたくない。
だから、最初耳にした時頭越しに怒鳴りつけるのではなく、やんわりと知らせてあげることにしたのである。
「御理解いただきたい。私達は、連邦と共通の敵として帝国に対峙しているのです。もちろん、貴国の軍事的貢献を貶そうとは思っていません。」
もちろん、公式に敵対関係にある国家の軍事拠点を空爆するのは実に合理的な選択だろう。
国際法は大規模戦略爆撃を公的には批判しているし、禁じてもいるが国際法は解釈に多義性が認められているのだ。
例えば、事前に爆撃を予告するビラをばら撒いておけば、後は自己責任であると豪語してもまあ戦勝国ならば問題に目をつぶれる程度には。
「ですので、応援しているのですが、ええ、ちょっとばかり意気込みすぎているかと思いまして。手負いの獣は手強いですからな。」
まあ、そんなわけでジョンおじさんとしては友人達に狐狩りや狩猟の経験上知悉している事象を助言しようという寛容さがあるのであった。
「それに、気になることが一点。」
「お伺いしようか。」
「先立って、帝国東部都市の内いくつかの都市が1カ月にわたり爆撃を被っておりません。」
ついでに、微妙に不審なことに注意喚起を行う。
もちろん連邦と交戦している帝国軍を支援するためには、東部を爆撃すべきだろう。
だけれども、その爆撃対象は人道的見地と戦術的価値から軍事目標を優先すべきなのは自明だ。
だから、都市が爆撃されないと言われても別段そこまで不思議でもないのだろう。
問題はちょっとばかり、対象の都市が市街地の形を綺麗に残している事や、標準的すぎる都市である事位だろう。
「…ふむ、興味深い話ですな。ひょっとして、軍事的に何ら価値が無いだけやもしれませんが。」
実際、軍事的価値が高い目標ならば他にいくらでもあるだろう。
ついでに言えば、うっかり連邦軍に誤爆してしまうといけないので、軍事的目標があっても前線付近で爆撃するのも避けねばならないのは当然だ。
だから、爆撃目標をイルドア王国などに絞って効果的に帝国軍を叩くという戦略を検討していると連邦には通達してある。
アイゼントルガー将軍らにとってみれば、はっきり言って黙約を遵守しているつもりだ。
その観点からして、全力出撃の案件はともかく、空爆が止まっている事そのものは別段問題とは思えない。
実際、帝国側は契約を順守するつもりらしいのだ。
すでに、帝国軍から複数の部隊が投降してきた上に、前線の防衛線は意図的に解体されてはじめていた。
パルトン将軍に至っては、即時進撃を主張するほど道から障害は取り除かれつつあるのだ。
陸軍航空団が戦果を焦っているというのは懸念要因ではあるものの、命令すれば良いではないか、というのが彼らの見解である。
別段、此処まで人眼を憚ってまで伝達すべきことなのか、と誰もが訝しむ。
いや、訝しまざるを得ない。
連絡将校を通じて、一言告げてくれれば良いだけの案件なのだ。
本来ならば。
「いえ、その通りならば宜しいのですが気になることを耳にいたしまして。」
だが、ジョンおじさんという人間は実に面倒くさがりでもある。
いや別段本人に怠惰な気があるわけではないのだが、多忙すぎて無用なことには手を出したがらないという性質が理解してもらえぬだけなのだと本人は自負している。
とはいえ、ノコノコやってきた以上は、相応の理由があるのだ。
「我々は軍人だ。単刀直入に言ってもらいたい。」
「結構、ならばお言葉に甘えましょう。」
まあ、無駄は嫌いだ。
仕事もたくさん残っているし、ティータイムも削るわけにはいかない。
「…貴国が先立って実験に成功したという原子のおもちゃ。使ってみたいとお考えではないでしょうな?」
「何のことだ?理解しかねる。」
「新しいおもちゃですよ、ロースアラモーで開発されていたのではないのですか?」
帝国側とのちょっとした外交折衝で手土産として渡された噂話。
他愛もないおしゃべりだが、新しいおもちゃの事を帝国側が噂していたのでちょっと興味がわいただけの事。
それを、おはなして注意喚起しておく必要があっただけの事だとも言い訳できる程度の関与。
ジョンおじさんのミッションは、結構あやふやな基盤によるものだ。
まあ、いつもの事だが。
「ロースアラモー?そこは確か、陸軍装備局の耐久試験場だ。なにか、勘違いしていないか。」
「…御存じないのか、我々の情報が間違っているのかは理解致しかねるところではありますが、確認を願いたい。」
そして、仕事の一環として義務の範疇は十分に満たしただろうとこの場で退くこともジョンおじさんにはできた。
本来ならば、深入りし過ぎていらぬ腹をみられるのもおっくうな話なのだ。
「一応、お伝えする分には構わないが調べても何も出てこないと思うがね。」
「私としては、間に合えば一向に構わないつもりです。何も無ければ、それはそれで良いでしょう。」
だから、面倒くさがりだと人から言われるジョンおじさんも常ならば此処で退いた。
しかしながら、別段面倒くさがりではなく効率論者なジョンおじさんである。
もしも、それが事実であればというリスク分析を行った結果としてもうひと押しすることも考えられた。
だが、しかし。
そのためには、確証が必要なのだ。
あの化け物が囁いた噂が、真実であるという確証が。
無い以上、ジョンおじさんは躊躇せざるを得なかった。
一応とはいえ、信頼関係を構築し得ているアイゼントルガー将軍らとの関係を損なうべきだろうか?
そこまで、あの帝国軍人を信頼し得るのだろうか?
そもそもの話、連合王国の国益を優先する立場からして、これ以上の深入りは許容されるのだろうか?
故に、その一押しは遂に為されることが無かった。
否、為せなかったのだ。
その日、ゼートゥーア大将はやむを得ない事情により帝都へ帰還していた。
本来であれば、防戦最中の方面軍指揮官が現場を離れることそのものが銃殺刑に匹敵する愚行だろう。
だが、のたうち回る連邦軍の前進を辛うじて抑え込み小康状態を維持していたことが幸いした。
状況の安定化を見た参謀本部と帝国政府は、初めて公式に『戦後』と『講和』を議論する事を決断。
ある意味で、最も卓越した戦略家として消耗抑制派どころか決戦論者からも評価されていたゼートゥーア大将の頭脳を帝国は渇望していた。
誰もが、この苦境下にあって辛うじて東部を安定させ、なおかつさしたる損害を被ることなく西方で引き分けた知将を欲するのである。
実際のところ、諸外国から見た場合西方遊撃戦は帝国にとってさほども高くついていない。
なにしろ、損害を偽装するべく行動した『バルバロッサ』関連部隊が多数の損害も演出してあった。
確かに、反帝国的なコミー分子は実際に帝国の盾として散らさせたものの、全体としては『攻勢』の割には、『安く』とどめられたと参謀本部ですら考えていたのだ。
しかし、この認識のギャップは本質的には帝国の継続戦闘能力に対する誤解からなるものだ。
確かに帝国軍は数だけ見れば、まだ遥かに敵国の予想を上回る数を揃えているだろう。
精密極まりない戦争機械は、イルドア王国という占領地域からなりふり構わず武装を徴発し部隊に割り当てていた。
錬成された魔導師の数に至っては、戦前の倍に届かんとする規模の部隊が編成されつつあるほど。
なにより、新型のエレニウム工廠製97式後期生産型『突撃機動』演算宝珠に至っては、彼我の戦力差をキルレシオで1:20に為し得ると期待されている。
実のところ、これらを試験運用していたザラマンダー戦闘団の中核が西部で失われたことだけが参謀本部にとっては惜しまれる程度なのだ。
このように、主観から見た場合、帝国軍は圧迫されているとはいえ小康状態にあるとすら言えた。
だからこそ誰もが、この膠着状態を活用して講和による解決を模索しようと『帝都』では考え始めているのだ。
しかし、馬鹿馬鹿しい限りだと前線に立てば嫌でも理解出来るに違いない。
西方攻勢は、東部防衛のために切り詰めてある。
だからこそ帝都では、誰もが余力を帝国が残していると誤解しているのだ。
そして、ぎりぎりの攻勢であったがために交戦国らは帝国が崩壊に瀕していると想定するのだ。
数ならば、いる。
だが、数に過ぎない。
それが、精強を謳われた帝国軍の末路だとゼートゥーア大将は嫌というほど実感している。
デグレチャフによれば、現在の補充魔導師は『弾避け程度にもならない』という。
実際、教導を兼ねて行われた新編の魔導大隊と古参による小隊の模擬戦では戦闘にすらならなかった。
傍で観戦していたデグレチャフが吐き捨てるところによれば、そもそも飛べない魔導師が多すぎるという。
それどころか、防殻の展開を維持できないレベルの魔導師が多数を占めつつあり、歩兵と防御力は同程度とのこと。
碌に訓練されていないことを考慮すれば、同数程度の連邦軍歩兵を押しとどめられれば僥倖程度の技量だという。
エレニウム工廠製97式後期生産型『突撃機動』演算宝珠はなるほど優秀だろう。
その技術水準については、ゼートゥーアとしても感嘆したほどだ。
だが、明らかに使用する側が付いていけない兵器だとも痛感している。
歴戦の魔導師ならば、嬉々として使いこなせるだろうが、新兵には過ぎた代物。
ためしに使わせてみるには見たが、飛行術式と観測術式の同時展開に失敗して墜落する始末だった。
敵兵から回収した連邦制宝珠の方が、まだしも補充連中には有効だろうと前線では判断されている。
少なくとも、雑に扱える上に細かい制御を望まなくて済む。
しかも、この宝珠の生産のために機甲師団の補充部品が滞っていた。
希少資源を豊富に投入するために、生産効率も悪すぎる。
こんな状況にありながら、上は幻想に生きているという事を前線に嫌でも悟らせていると言えよう。
だから、ゼートゥーア大将は単刀直入に幻想を打ち砕くべく発言した。
「善後策を議論される方々の参考のため前線から申し上げましょう。帝国軍は最早、帳簿上にのみ存在する軍隊にすぎません。御考慮いただければ、幸いに存じます。」
厳密に言うならば、東部において最後の遅延戦闘を行うための手筈は整えてある。
防衛に徹する限りは、東部においても一定程度の戦力が残存しているとも言い得た。
だが、少なくとも全体としては、帝国軍は消えているのだ。
現実に、もはや帝国軍とは帳簿上の存在に過ぎない。
ゼートゥーアは、そう確信していた。
少なくとも、衝撃に打ちのめされ感情が表情から抜け落ちた自分の部下が会議場に乱入してくるまでは。
「・・・・・・・・・・・ゼートゥーア閣下。ヴィエナ司令部より東部軍に関し至急報が。」
事の重大さから、余人には割って入れない会議。
その会議場に衛兵の制止を振り切り乱入してきた高級将校の顔は、亡霊の様な表情だった。
それは、ゼートゥーアがレルゲンという良く知っている男だと悟るのにしばし時間を必要としたほど。
重大な会議への乱入者であるにもかかわらず、レルゲン准将はその雰囲気と亡霊じみた表情で誰もが制止しえなかった。
「ヴィエナ司令部?プダベスト司令部ではないのか?ケーニヒス軍管区でもなく?」
「はい、閣下。遺憾ながら、ケーニヒス・プダベスト両司令部より至急電が来ることは最早、ありえないでしょう。」
そこにある表情は諦観。
そこにあるのは、希望を完全に砕かれ、不条理に直面した男の顔だ。
「なに?レルゲン、それを寄こせ。・・・・・・・・・・・・そんな、馬鹿なッ!?」
事態の深刻さを瞬時に悟ったゼートゥーア大将が通信文をひったくった瞬間に抱いた感情。
それは、彼の長い軍歴においても稀な、純粋な驚嘆と有りえないという願望じみた感情だった。
一切合財を合理的に考え、人間性ではなく効率で事態を考える総力戦を誰よりも理解した将軍。
その将軍をして、もたらされた知らせは、理解の範疇を越えていた。
否、その事実を容易には認められえない。
「事実です閣下。つい今しがた、情報を持参したヴィエナ司令部の伝令将校は直接現地を視認しております。」
だが、その俄かには信じがたい報告は部下の愕然とした表情によって急激に現実と化す。
それが、どれほど信じがたかろうとも化さざるを得ないのだ。
「…防衛線は、敵新型爆弾によりもはや消失いたしました。」
⚔️ あとがき
最近、多忙でちょっと手間取ってます。
なんとか、きっちり終えたいと思うので今しばらくお付き合いのほどを。