銀河英雄伝説の戦役

 

銀河英雄伝説の戦役

銀河帝国自由惑星同盟のファーストコンタクト

宇宙暦640年/帝国暦331年。同年の2月ごろ、銀河帝国自由惑星同盟は、戦艦同士の交戦という形で、最初の接触を果たした。

ダゴン星域会戦


ダゴン星域会戦
戦争銀河帝国自由惑星同盟の戦い
年月日宇宙暦640年/帝国暦331年7月14日~22日
場所ダゴン星域
結果同盟軍の完勝
交戦勢力銀河帝国自由惑星同盟
導者・指揮官ヘルベルト大公
ゴットリーブ・フォン・インゴルシュタット中将
リン・パオ中将
戦力 艦艇52,600隻
将兵4,408,000人
約25,000隻
損害 壊滅

宇宙暦640年/帝国暦331年7月14日~22日。帝国軍と同盟軍の、初めての本格的な艦隊戦闘。後述の戦闘経緯から「ダゴンの殲滅戦」とも呼ばれることがある。

帝国は、同盟の存在を認識し、これを討伐すべく軍を派遣した。司令官は皇帝フリードリヒ3世の3男ヘルベルト大公、兵力は艦艇52,600隻、将兵4,408,000人。この軍事行動には、有力な後継者と目されたヘルベルトに手柄を挙げさせ箔をつける意味合いもあった。ただし、彼は軍事の素人であり、彼が選んだ指揮官たちも半数は取り巻きの貴族子弟であった。残る半数はインゴルシュタット中将など相応の軍事能力を備えた幕僚ではあったが、叛乱や民衆蜂起を相手にしたことはあっても正規軍相手の本格的な実戦経験はなく、そして彼らもまた油断しきった驕れる貴族であった。一方の同盟軍もまた本格的な実戦経験はなく、兵力は帝国軍の半数であったが、この日を覚悟して鍛えられており、性格はともかく指揮能力の優秀さだけは誰も疑わなかったリン・パオ中将を総司令官に、ユースフ・トパロウル中将を総参謀長に据え、迎撃の準備を整えた。


7月8日、同盟軍の駆逐艦ヤノーシュがイゼルローン回廊の出口付近を哨戒中に帝国艦隊を発見、同14日に双方の先鋒がダゴン星域で戦闘状態に入ったが、お互い及び腰で長距離砲撃を行ったのみで双方とも損害は無かった。ダゴン星域は迷宮も同然の小惑星帯太陽嵐が吹き荒れる難所であったが、同盟軍は地勢を知り尽くし索敵においても勝っていた。一方、帝国軍の実質的な指揮官インゴルシュタットは索敵どころか自軍の位置測定さえ困難なダゴン星域の地勢を考慮し、密集隊形での迎撃に徹して同盟軍を消耗させる策に出た。16日の戦闘で同盟のオレウィンスキー艦隊が戦術的敗北を喫して3割の損害を出すと、リン・パオは帝国軍に相応の戦術能力がある事を認め、戦闘の勝利より相手の疲弊と撤退を優先させる事を考えた。

一方、この勝利に気を良くしたヘルベルトはインゴルシュタットの戦法を無視して17日に全面攻勢を命じ、敵情も把握しないまま全艦隊を放射状に分散させる愚を犯した。インゴルシュタットは命令に従いつつも各艦隊を連携させいつでも再集結できる体制を整えようとしたが、実戦経験の不足が災いして失敗し、帝国軍本隊は孤立した。一方、18日に帝国軍が動いたという「常識外の」報告を受けたリン・パオとユースフ・トパロウルは、最初は敵の周到な作戦かと疑い、同日の戦闘でも後手に回ったが、翌19日になって帝国軍が素人の感情論で動くリン・パオの言うところの「あほう」である事に気づき、ユースフ・トパロウルも即座に同意した。これをうけて両者は当初の宙域に残っていた帝国軍本隊のみを全兵力で攻撃する事を決断した。16時、リン・パオは攻勢に転じ、一旦は阻止されたものの、18日に特命を受けて帝国軍の後方を攪乱していた同盟軍エルステッド艦隊の活動がこの頃から奏功し始め、翌20日に帝国軍バッセンハイム中将の艦隊が崩壊、同中将が戦死した。激怒したヘルベルトは分散した艦隊に再結集を命じたが、同盟軍はそれを傍受し、敵が連携を欠いたまま集結したところを一挙に包囲殲滅する事を命じた。21日0時40分、同盟軍ウォード中将の艦隊が帝国軍左翼を攻撃し、さらに反対方向からアンドラーシュ艦隊が突進。帝国軍のハーゼンクレーバー提督は乗艦もろとも四散した。この攻撃によって密集隊形というより単に群れた烏合の衆と化した帝国軍に対して同盟軍は全面包囲攻撃を敢行、22日4時30分、帝国軍はほぼ消滅した。生存率は8.3パーセント。後世の同盟からは輝かしい戦勝と称えられているが、司令官は「自分たちは何度も失敗した。しかし帝国軍はそれ以上の失敗を繰り返したおかげで勝てただけだ。」と述べている。

ヘルベルト大公は生きて帰ることができ、皇族故に罪こそ問われなかったものの、そのまま精神病院に幽閉され、皇位を継ぐことができなくなった。そのヘルベルトの代わりにインゴルシュタット中将が敗戦の全責任を取らされて銃殺となった。一方のリン・パオとトパロウルはその後元帥昇進は果たすものの、若いうちに巨大すぎる功績を立てたことによって居場所がなくなり、決して幸福とは言えない晩年を送っている。

この一戦で、「自由の国」同盟の存在を知った帝国からは亡命者が相次ぎ、その数は同盟の国力を大幅に増大させるほどになった。しかしその中には、ただの刑事犯罪者や権力抗争に敗れた貴族も含まれており、同盟を徐々に質的に劣化させる一因ともなった。また、この敗戦によってヘルベルトが皇位継承争いから脱落し、代わりに即位した「晴眼帝」マクシミリアン・ヨーゼフ二世の改革によって、当時混乱の極みにあった帝国は立ち直ってしまった。

コルネリアス1世の大親

宇宙暦669年/帝国暦359年5月。コルネリアス1世による同盟領侵攻作戦。ゴールデンバウム王朝唯一の親征。帝国暦350年に即位したコルネリアス1世は、名君と呼ばれた先帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世の業績を超える事を企図して、自由惑星同盟領への侵攻作戦を決定する。いわゆる「距離の暴虐」を唱えていたミュンツァーは侵攻に反対するも、ダゴン星域会戦の報復を行うという名目があったため、積極的に反対する事は出来なかった。

侵攻作戦そのものは前回の遠征失敗とダゴン星域会戦の大敗を教訓とし、入念な下準備と同盟領への強行偵察、そして銀河帝国皇帝への臣従を前提とした3度にわたる和平使節の派遣までもが数年がかりで行われ、宇宙暦669年/帝国暦359年5月、コルネリアス1世自らが率いる艦隊が侵攻を開始した。同盟でもこの動きに呼応して迎撃艦隊を差し向けるも、入念な準備を行っていた帝国軍の構えは磐石で、「第1次ティアマト会戦」で大敗を喫する。その後も帝国軍の快進撃は続き、一気にハイネセンを制圧するかに思えたが、首都オーディンで宮廷革命が起こったため撤退を余儀なくされた。

この侵攻を切っ掛けとして銀河帝国自由惑星同盟は恒常的な戦争状態に突入するが、互いに決め手を欠いたまま150年もの長きに渡って戦争が続き、両国は急速に国力を疲弊させていく。

なお、名君ではあったが、友人知人に能力実績おかまいなしに元帥号を乱発する悪癖のあった「元帥量産帝」コルネリアス1世は、この戦いに59人もの元帥を引き連れて侵攻したため「元帥二個小隊」などと後世からは揶揄されているが、一連の戦闘でその内35人が戦死。以後、新たに元帥号を授ける事は無かった。

盟軍の戦いで帝国軍が敗北した。作中では戦いの経過詳細は記されていない。外伝「汚名」冒頭にて「銀河帝国にとって忌むべき歴史」の一つとしてその名が語られるのみである。

ジークマイスター亡命事件
宇宙暦728年/帝国暦419年。帝国軍大将マルティン・オットー・フォン・ジークマイスターが自らシャトルを操縦して前線から脱走。20日間の逃避行の果て同盟へ亡命した。

この事件自体は有名だが、ジークマイスターの亡命の動機、亡命後の動向は一般には知られていない。

フォルセティ星域の会戦
宇宙暦728年/帝国暦419年に行われた帝国軍と同盟軍の戦いで帝国軍が敗北した。作中では戦いの経過詳細は記されていない。外伝「汚名」冒頭にて「銀河帝国にとって忌むべき歴史」の一つとしてその名が語られるのみである。

ファイアザード星域の会戦
宇宙暦738年/帝国暦429年に行われた帝国軍と同盟軍の戦いで同盟軍の完勝に終わった。作中では戦いの経過詳細は記されていない。

ブルース・アッシュビーら730年マフィアの活躍が同盟軍を勝利に導いたとされる。彼らの活躍が同盟の政治の現実に失望していたジークマイスターに再び希望を抱かせることになった。

ドラゴニア会戦
宇宙暦742年/帝国暦433年に行われた帝国軍と同盟軍の戦い。戦いの経過や結果についての詳細は作中では記されていない。

ブルース・アッシュビーが指揮した戦いで、会戦後帝国軍に対し「おまえたちを叩きのめした人物はブルース・アッシュビーだ。次に叩きのめすのもブルース・アッシュビーだ、忘れずにいてもらおう」と打電して送っている。作中ではこの手の挑発的な電文は「帝国軍に勝利する度に送っていた」とあるので、これに基づけば同盟軍が帝国軍に勝利したものとなる。この電文はヤン・ウェンリーがアッシュビーを調べる際の資料として閲覧している。

第2次ティアマト会戦
第2次ティアマト会戦
戦争:銀河帝国自由惑星同盟の戦い
年月日:宇宙暦745年/帝国暦436年12月5日~11日
場所:ティアマト星域
結果:同盟軍の勝利
交戦勢力
銀河帝国 自由惑星同盟
指導者・指揮官
ツィーテン元帥 ブルース・アッシュビー大将
戦力
ツィーテン艦隊
シュリーター艦隊
コーゼル艦隊
ミュッケンベルガー艦隊
シュタイエルマルク艦隊
カイト艦隊
カルテンボルン艦隊
(56,000隻) 第4艦隊
第5艦隊
第8艦隊
第9艦隊
第11艦隊
(48,000隻)
損害
大損害 総司令官戦死
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宇宙暦745年/帝国暦436年12月5日~11日。帝国軍と同盟軍の戦い。

同盟軍の兵力は5個艦隊/艦艇48,000隻/363万6000人。総司令官は当時の同盟軍宇宙艦隊司令長官であるブルース・アッシュビー大将、35歳。艦隊司令官はウォーリック、ジャスパー、コープ、ファン、ベルティーニの各中将。総参謀長のローザス中将を含め全員が730年マフィアであり、各人の艦隊指揮能力は非常に高かったが、今回はなぜかアッシュビーが異様に高圧的な態度であったため、各提督(特にコープ)から不平の声が挙がっていた。これが後にヤンが調査を担当するアッシュビーの謀殺疑惑に繋がっていく。なお、当時19歳で軍曹だったアレクサンドル・ビュコックが砲術下士官として戦線に参加している。

一方、帝国軍の兵力は7個艦隊/艦艇56,000隻/将兵650万人(OVA版のデータ。原作小説では同盟側のデータとしてややあいまいな幅が記述されている)。総司令官は当時の帝国軍宇宙艦隊司令長官であるツィーテン元帥、55歳。艦隊司令官はシュリーター、コーゼル(以上大将)、ミュッケンベルガー(グレゴールの父親)、シュタイエルマルク、カイト、カルテンボルン(以上中将)。特にミュッケンベルガーは、この戦いを叔父である故・ケルトリング軍務尚書一族の弔い合戦とみなして必ず勝つよう将兵に訓辞したが、これに対しシュタイエルマルクは「敵将一人を討ち果たしてよしとするのでは、帝国軍の鼎の軽重が問われる」と批判的であった。またそのシュタイエルマルクも冷徹な孤高ぶりから、同僚や上官から敬遠され、さらに平民出身のコーゼル大将と、シュタイエルマルクを除く他の貴族出身の提督たちとは互いに嫌いあっている状態で、両軍ともかなりいわゆる「人の和」を欠いていた。なお、コーゼル艦隊の情報参謀として、クリストフ・フォン・ケーフェンヒラー大佐が参加している。

両軍は12月4日にほぼ正対し、翌5日9時50分から砲撃戦が開始された。艦隊運用による一進一退の激戦が続く中、6日14時30分、コープの同盟第11艦隊の攻撃によりミュッケンベルガーが戦死。その後も同盟軍はカルテンボルンを戦死させ、カイトに重傷を負わせるなど戦果を上げていったが、帝国軍もシュタイエルマルク艦隊を中心にコープの第11艦隊の突破を阻止する、ウォーリックの第5艦隊の後背を突いて迂回攻撃を撃退するなど善戦し、8日から10日にかけて戦況は膠着した。11日16時40分、帝国軍は繞回運動によって同盟軍を挟撃包囲しはじめ、同盟軍第9艦隊のベルティーニは敵攻勢の中戦死した。しかし18時10分、アッシュビーが強引に各艦隊から抽出編成した直属艦隊が帝国軍の左側面から突入して帝国軍を壊乱させ、同盟軍は帝国軍を逆包囲した。ここから50分までが、いわゆる軍務省にとって涙すべき40分となり、帝国軍はコーゼル、シュリーター両大将が戦死、シュタイエルマルク艦隊以外の全軍が総崩れとなり、指揮官層を多数失って再起に十年かかるほどの損害を受けて勝敗は決した。この戦いの中をケーフェンヒラーは辛くも生きのび、以後約半世紀を捕虜として過ごした。

だが同日19時7分、同盟総旗艦「ハードラック」に流れ弾が命中し、艦橋まで被害が広がった。アッシュビーは爆発によって飛来した破片で腹部を切り裂かれ、19時9分に死亡した。

アッシュビーの死後、730年マフィアは解散し、二度と華々しい武勲を挙げることもないまま個人的な交友も途絶えがちとなっていった。一方、アッシュビー戦死を聞いた帝国軍は、戦いそのものの惨敗を忘れるほど狂喜したが、上層部はより冷静に大敗北を受け止め、イゼルローン要塞の建設を決意した(完成は宇宙暦767年/帝国暦458年)。

そして、この敗北による指揮官層の喪失を補充するため、それまでは極めて珍しかった平民の将官登用が大々的に行われるようになった。だが、それはゴールデンバウム王朝の基盤であった貴族による軍事力独占を揺るがす両刃の剣でもあった。また、良き父、良き夫、よき当主でもあった貴族指揮官の大量死は当然貴族階級全体の衰退と劣化を加速させ、約二世代後のラインハルトと同世代の若手貴族たちは、敵として恐れるに足らぬどころか日常レベルでのモラルや軍規すら保てぬほどの醜態をさらすようになった。

パランティア星域会戦
宇宙暦751年/帝国暦442年。前年同盟軍宇宙艦隊副司令長官に就任したジョン・ドリンカー・コープが指揮した戦いで、彼が指揮をしたと思えないほどの精彩を欠いた指揮ぶりで帝国軍に惨敗し、30万人の戦死者を出しコープも戦死している。フレデリック・ジャスパーが援軍として駆け付け、撤退する帝国軍に撃ち一矢報いたものの、コープを見殺しにしたのではないかという疑惑が立ち、それを信じたコープ夫人がジャスパーを非難している。後に和解したが、両者の傷をより深める結果となった。

第5次イゼルローン攻防戦

 
第5次イゼルローン攻防戦
戦争:銀河帝国自由惑星同盟の戦い
年月日:宇宙暦792年/帝国暦483年5月
場所:イゼルローン要塞
結果:帝国軍の勝利
交戦勢力
銀河帝国 自由惑星同盟
指導者・指揮官
クライスト大将
ヴァルテンベルク大将 シドニー・シトレ大将
戦力
イゼルローン要塞
要塞駐留艦隊
(13,000隻) 第4艦隊ほか
(51,400隻)

宇宙暦792年/帝国暦483年5月。イゼルローン要塞を巡る帝国軍と同盟軍の5度目の戦い。


同盟軍の兵力は艦艇約51,400隻、総司令官は宇宙艦隊司令長官シドニー・シトレ大将。
帝国軍はイゼルローン要塞とその駐留艦隊約13,000隻。
要塞司令官はクライスト大将。駐留艦隊司令官はヴァルテンベルク大将。


5月6日に戦闘がはじまり、当初はトゥールハンマーの射程外に於ける艦隊戦で開始されたが、数に勝る同盟軍が圧倒した。
ラインハルトの指揮するエルムラントIIも、巡航艦を破壊するという戦果を挙げた後に後退している。劣勢となった帝国艦隊は、やがて要塞に後退を始めたが、この機を逃さずシトレが急速な前進を指示して両軍の艦艇が入り乱れる状態になり、帝国軍は敵が射程内でありながらトゥールハンマーが撃てないという事態が生じた。同盟軍は一気に要塞を攻略しようと要塞に肉薄、さらに無人艦を火船として次々と突入自爆させたが、進退窮まったクライストがトゥールハンマーの発射を命令、味方の帝国軍艦艇ごと同盟艦隊を砲撃した。これによって並行追撃作戦は失敗に終わり、同盟艦隊は残存兵力をまとめて撤退した。


敗者となった同盟軍では、それまで寄り付けなかった要塞壁に肉薄して大損害を与えたことから総司令官のシトレが高く評価された一方、兵力で帝国軍を圧倒しながらイゼルローン攻略に失敗した事から、ヤンはイゼルローンを外部から攻略することが不可能であると確信した。後にシトレはこの功績によって元帥に昇進し同盟軍制服組トップとなる統合作戦本部長に就任。半個艦隊でのイゼルローン攻略をヤンに命じる事になる。






ヴァンフリート星域の会戦
宇宙暦794年/帝国暦485年3月21日~。ラインハルトがグリンメルスハウゼン艦隊所属の准将、キルヒアイスが大尉として参加。

ヴァンフリート星域の会戦
戦争:銀河帝国自由惑星同盟の戦い
年月日:宇宙暦794年/帝国暦485年3月21日~
場所:ヴァンフリート星域
ヴァンフリート4=2宙域
結果:決着つかず
交戦勢力
銀河帝国 自由惑星同盟
指導者・指揮官
グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥 ラザール・ロボス元帥
戦力
艦隊総数約32,700隻 第5艦隊
第6艦隊
第8艦隊
第12艦隊
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宇宙暦794年/帝国暦485年3月21日0240分、ヴァンフリート星域にて対峙していた帝国軍艦隊と同盟軍艦隊のうち、帝国軍右翼部隊と同盟軍左翼部隊が衝突し、戦闘が開始された。ラインハルトの所属するグリンメルスハウゼン艦隊は帝国軍左翼に展開しており、ラインハルトは左翼部隊に敵の側面を攻撃させることを考えるも、老耄の人であるグリンメルスハウゼンは一向に動こうとせず、ラインハルトはただ戦況を傍観するしかなかった。

やがて艦隊戦は個々の分艦隊がバラバラに行動して相手の後背を狙って渦を巻くように移動したために敵味方が入り乱れて膠着し、結局両軍とも大した戦果を挙げられなかった。この艦隊運動をラインハルトは酷評しているが、数百隻単位の小艦隊指揮官でしかない彼には相変わらずどうすることもできなかった。

その後は膠着状態に陥った最中、ミュッケンベルガーはグリンメルスハウゼン艦隊に後方基地建設の任を与えた。その実は戦力として期待できない老害のグリンメルスハウゼン艦隊を戦略的には無用と思われた地域へ遠ざける厄介払いであった。なおミュッケンベルガーは、このころはまだ皇帝の寵姫の弟である成り上がり者ラインハルトを気にかけていなかった。衛星ヴァンフリート4=2に向かい、設営を開始しようとする同艦隊だったが、ヴァンフリート4=2には既に同盟軍が駐屯しており戦闘に至った。

帝国軍の攻撃を受けた同盟軍基地司令セレブレッゼ中将は艦隊に救援要請を発し、最も近くにいた同盟軍第5艦隊が真っ先に救援に駆けつけた。これに呼応してミュッケンベルガー率いる帝国軍本隊もヴァンフリート4=2に急行、衛星上空にて艦隊戦が展開された。艦艇数では帝国軍が上であったが航行可能空間の狭いヴァンフリート4=2宙域では数の利を生かせず、第5艦隊は単独でも互角に戦ったが、物量差を覆すことはできず、ビュコックは第12艦隊のボロディン中将に救援を求めた。

やがてボロディン率いる第12艦隊が救援に駆けつけるも、航行可能空間の狭さが災いし同盟軍も大兵力を展開できなかった。ボロディンは苦心しつつもビュコックの期待通りに狭い宙域に効果的に艦隊を展開させるが、展開を完了させる直前に後方から他の同盟軍艦隊[5]が大挙して押し寄せてくる。同盟軍の援軍は前方の第5、12艦隊を後ろから押す形になり、ボロディンの努力もむなしく狭い空間に大軍がひしめき合って身動きが取れない状態になってしまった。戦闘では両軍の艦艇が入り乱れる中、誤射や他の艦との衝突で撃沈されるなど同士討ちが多発した。その後は互いに大きな戦果を挙げることができないまま、4月末まで戦闘がだらだらと続いた。



第6次イゼルローン攻防戦
第6次イゼルローン攻防戦
戦争:銀河帝国自由惑星同盟の戦い
年月日:宇宙暦794年/帝国暦485年10月~12月10日
場所:イゼルローン要塞
結果:帝国軍の勝利
交戦勢力
銀河帝国 自由惑星同盟
指導者・指揮官
グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥 ラザール・ロボス元帥、ヤン・ウェンリー大佐
戦力
イゼルローン要塞
要塞駐留艦隊
(約20,000隻) 第7艦隊
第8艦隊
第9艦隊
(約36,900隻)
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宇宙暦794年/帝国暦485年10月~12月10日。ラインハルト・フォン・ミューゼルが少将として参加、2千数百隻の分艦隊を指揮した。所属した母艦隊は不明。

同盟軍の兵力は艦艇約36,900隻、総司令官はラザール・ロボス元帥。他には総参謀長ドワイト・グリーンヒル大将、作戦参謀ヤン・ウェンリー大佐、補給担当キャゼルヌ准将、駆逐艦エルムⅢ艦長アッテンボロー少佐、シェーンコップ率いるローゼンリッター連隊、本隊所属の空戦部隊にポプランとコーネフが参戦している。

帝国軍はイゼルローン要塞と駐留艦隊(約20,000隻)。
ミュッケンベルガー元帥が要塞で総指揮を執り、駐留艦隊はメルカッツ大将が指揮を執った。
参謀として装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将、ゼークト大将、シュトックハウゼン大将(当時から要塞司令官だったかは不明)、シュターデン少将が参戦し、前線指揮官として、ミッターマイヤー准将、ロイエンタール准将、ビッテンフェルト大佐、ケンプ大佐、彼らの部下としてレッケンドルフ大尉、オイゲン大尉が参戦している。
また、ケスラーが病気のグリンメルスハウゼンの代理として要塞に赴き、リューネブルク夫人が起こした事件とグリンメルスハウゼンが記した機密書類についてラインハルトと会話している。


ラインハルトに限らず、この戦いでは一個艦隊司令以上の上級指揮官よりも、ミッターマイヤー、ロイエンタールら下位の指揮官の活躍が目立った戦いであった。10月から11月にかけてはイゼルローン回廊同盟側出口付近にて宙域の争奪戦が行われた。ミューゼル分艦隊は前哨戦でワーツ分艦隊、キャボット高速機動集団を撃破するなど数々の戦果を挙げ、約36,900隻を擁する同盟軍を悩ませた。学生時代ヤンに敗れた秀才ワイドボーンもこの時ラインハルトの奇襲をうけて戦死している。同盟軍のグリーンヒル大将は作戦参謀ヤン・ウェンリー大佐に対策を命じ、ラインハルトの手の内を読んだヤン発案による時間差の包囲作戦を実施した。ラインハルトは危機に直面したが、同盟軍が戦力の出し惜しみをしたため助かった。その後、帝国軍は同盟軍を要塞におびき寄せるべく後退し、前哨戦は同盟軍の勝利に終わった。


12月1日に開始された要塞攻防戦で、同盟軍は過去5度の攻略失敗を踏まえてホーランド少将が立案した作戦を実施した。
これは要塞主砲トゥールハンマーの射程の境界をD線(デッド・ライン)と称し、同盟軍本隊がそのD線を出入りして帝国軍を挑発する「D線上のワルツ作戦」を展開して囮となり、帝国軍を退きつける間に、ホーランドが小型ミサイル艦隊を潜入させて要塞本体への奇襲攻撃を実行するというものであった。
だが、ホーランドの策を看破していたラインハルトはミサイル艦隊を捕捉撃破し、さらに同盟軍本体を側面から強襲して損害を与えた。同盟軍本隊とラインハルト率いるミューゼル分艦隊の戦力差は15対1と圧倒的に同盟が優勢であったが、同盟軍はトゥールハンマーの射界と回廊の航行不能宙域の間に狭い紡錘陣形でしか展開できず、ラインハルトは15倍の敵の先端部のみと互角に渡り合った。しかし、同盟軍の伸びきった陣形を見たミュッケンベルガーはトゥールハンマーの使用を諦めて他の帝国艦隊に側面を突かせた。対する同盟軍もヤンとグリーンヒルの発案で予備兵力を投入、結局戦闘は第5次イゼルローン攻防戦と同様の混戦となってしまった。

混戦の打開を図ったラインハルトは積極的な献策によってミュッケンベルガーの了解と密かな敵意を得て、同盟軍と帝国軍を引き離してトゥールハンマーを使用できるようにすべく、自らの艦隊を囮として同盟軍を要塞から引き離すことに成功し、それを見たメルカッツも艦隊を後退させ、同盟軍を要塞主砲の射程内におびき寄せることに成功した。策に乗せられトゥールハンマーを撃たれた同盟軍は大損害を受け、敗走した。ラインハルトはこの功績によって中将に昇進する。ヤンはラインハルトの意図を見抜き、自分でも精力的と思える程様々な作戦を立案したが、悉くロボスに却下され、同盟軍の敗退を傍観することしかできなかった。しかし、いくつかの作戦立案の功績が評価され准将に昇進している。圧倒的戦力差があった第5次と比較して、今回は帝国・同盟の艦隊はほぼ同数であり、その割に同盟は健闘したと言えるが、それは戦略面で何ら意味の無い事であった。