✒ 大切な静寂

 

野獣死すべし ( 1980 年 )

シナリオ『 野獣死すべし 

SCENE 0087

» 線路

長い2本のレールの端から、2つの影がユラユラ歩いてくる。

バッグを持った真田と伊達。 線路脇に、大量の血のりが付着している。

その痕跡を追って、またもユラユラ歩いてゆく真田と伊達。眠い。

2人の行く手に森が見える。

闇は、端のほうから白みかけている。

 

SCENE 0088

» 森の中

伊達と真田が登ってくる。

ひらけた所に、大戦中のトーチカであろうか、崩れかけた廃屋がある。
その入口に、わずかな血痕。
伊達と真田、特に警戒する風もなく入ってゆく。
 

SCENE 0088

» 廃屋

に入ってくる伊達と真田。

人影はない。朽ち果てた鉄板のドアを閉めて、坐りこむ伊達。

真田 『 追わないのか 』

伊達、眠そうに目を閉じる。

伊達 『 ・・・・・・どうだっていいんだ 』
真田 『 あ? 』
伊達 『 関係ないだろ。何の関係があるんだ 』
真田 『 何を言ってるんだ 』

真田も坐りこんで、目を閉じる。

伊達、ポケットをまさぐる。

伊達 『 ・・・・・・煙草ないか 』
真田 『 吸わないんじゃないのか 』
伊達 『 お前には聞いてない 』

真田、呆れた顔で再び目を閉じる。

ポケットをまさぐりつづける伊達。

その内、自分の手が自分のものではないような錯覚にとらわれる。
その手を、ためつすがめつ眺めては、指を1本ずつ動かしてみる。

しのびよる狂気が意味のない言葉をボソボソと語らせる。


伊達『 ・・・・・・その時、俺はひとりだった。

     倒れた兵士もひとり。

     べイルートの南10マイル。
     兵士は国籍のわからない傭兵だ。
     腹に3発、機銃のナマリ弾をくらっていた。
     傭兵は自分でモルヒネを打った。
     腹を割いた。
     ハラワタにくいこんだ弾を探しているんだ。

     俺はシャッターを押しつづけた。
     やつはひとりだった。
     俺もひとりだ。・・・・・・

     生き残ったゲリラが来た。
     左足が吹き飛んでいた。
     ロシア製の銃を握りしめて、俺にズリ寄った。

     俺は叫んだ。・・・・・・俺は日本人だ! 関係ない! 俺はプレスだ! 』

その声の鋭さに、真田がビクッと目を開ける。

伊達 『 ・・・・・・ゲリラが俺に銃口をを向けた。
     ゲリラもひとりだ。
     俺は傭兵の銃をとった。
     ゲリラより先に撃った。

     ・・・・・・ゲリラが死んだ。

     傭兵も死んだ。累累たる死骸。
     ・・・・・・俺はひとりだった・・・・・・ 』

真田 『 ・・・・・・ 』
伊達 『 ・・・・・・ それが俺が最初に味わった本当のご馳走だった 』

伊達、真田にゆっくり顔を向ける。悪霊のような眼だ。

真田 『 ―― ! 』

伊達、拳銃を握りしめ、真田に向ける。

伊達 『 ・・・・・・最高のご馳走は、いい材料を丹念に下ごしらえする。
     真田、お前に出会った時は、心底うれしかった。
     最高の獲物に育ってくれた。

     感謝するよ 』

伊達、撃つ。
ガクッと横に倒れる真田。

伊達の眼が、陶然と濡れたように光る。

徐々に我にかえる。
真田のバッグをこじあける。
札束の山。自分が持っていたバッグから
 必要なものだけを取り出し、真田のバッグにつめる。


ふと、1枚のチケットが零れ落ちる。


令子から貰った演奏会の切符である。


伊達 『 ・・・・・・ 』


チケットをポケットに入れ、真田のバッグを持って、出口に向かう。
朽ち果てたドアを開ける。

同時に、大量の陽光が包み込む。


その時 ―― 銃声!


逆光の中に、伊達のシルエットが静止する。

―― 背後から瀕死の真田がオートマチックで撃ったのだ。

直後、絶命。


伊達のシルエットが、ゆらりゆらり揺れて、ドッと落下する。


グワーンとセリ上がる交響楽。
( オーケストラの音が被る )

SCENE 0090

» コンサート会場

指揮者の全身が嵐のごとく揺れ動く。
終章の盛り上がりである。

満員の席。その中にポツンと2つだけ席が空いている。
背後から、キャメラが寄る、寄る。2つの空席。

演奏が終了した。
深い静寂。


と、―― 空席の1つで、何かが少しずつセリ上がってくる。

髪、頭、男。


ゆっくり立上がった。
伊達。眠ったまま通路へ足を一歩踏み出す。
その顔に、一瞬光が、 ―― 当ったと感じた。

錯覚かもしれない。
伊達、拳銃をとりとめのない方向に向けて構える。


この静寂を大切にしたいと思う。
 だからもう少しやすませてくれ。


広い客席に ―― 客は誰もいない。

包帯をした柏木と、多数の警官が伊達を見守っている。
場内の無数の灯りが、ひとつずつ急速に消えてゆく。

そして闇になった。


一発の銃声! 最後の銃声である。




                         【 完 】